第55話

 12歳くらいの女の子だった。


 黄色の浴衣をまとって、髪をオシャレにしている。

 ちょっぴり背伸びしたよそおいが初々しい。


「かき氷、食べる?」


 アキラが声をかける。

 もちろん、女の子は反応に困ってしまう。


「どうして、かき氷を?」

「君が迷い猫みたいな目をしていたから」

「ッ……⁉︎」

草履ぞうり鼻緒はなおが切れて困っていたんでしょ。僕が直してあげるよ」

「ですが……」

「いいから、いいから」


 この人、何者⁉︎

 なんで一人称が僕なの⁉︎


 疑問符が浮きまくりの少女から、アキラは草履を奪い取った。


 巾着をひらく。

 取り出したのは、赤いリボンと五円玉。


「これをこうして……」


 五円玉の穴にリボンを通して。

 草履の穴に下からさして。

 切れた前つぼを修復。


 あまりの手際の良さに、女の子の表情が華やいだ。


「はい、完成!」

「ありがとうございます!」

「これから彼氏とデートなの?」

「ええと……そうじゃなくて……」


 懐かしい友人と会うらしい。


「あのっ⁉︎ 連絡先を教えてくれませんか⁉︎ リボンと五円玉を返しますので!」

「いいよ、いいよ。大したものじゃないし。電車賃かかるし」

「ですが……」


 アワアワする女の子をアキラは優しく抱きしめる。


「どうか君に良いご縁が待っていますように。幸運のおまじない」

「ッ……⁉︎」


 おい、こら!

 やめろって!


 リョウはえり首を引いて注意したが、もはや手遅れだった。


 じぃ〜〜〜ん、と熱っぽい視線を向けられる。

 恋に落ちる瞬間というやつだ。


 アキラのアホ〜!

 5歳くらい年下の女の子をれさせやがった!

 いつかロリコン警察に捕まるぞ!


「責任を取れないのに、優しくしすぎなんだよ」

「えっ? 責任? 何のことかな?」

「無自覚とか、もはや凶器だな」


 人気のないところで注意しておく。


「でも、今日の僕は女の子だよ。女の子が惚れるって変でしょう」

「世の中にはGLとか百合という言葉があってだな……」

「うはっ⁉︎」


 少しは自覚したらしい。


「違うの! 違うんだよ! あの子がかわいそうで、放っておけなくて、楽しい思い出にしてあげたくて!」

「はいはい、アキラは困っている子を助ける天才だよ」

「本当にスミマセン……」

「いや、謝るな」


 なんだろう……。

 あまり口うるさいと、リョウが嫉妬しっとしたみたい。


「次からは気をつけるって。あ、かき氷が溶けちゃったね。新しいのを買ってくるよ」

「いいよ、別に」


 リョウはジュース状になったかき氷を一気飲みする。


「かき氷はドロドロが一番うまい」

「そんな格言、初耳だよ」


 アキラがクスクスと笑う。


 近くの住宅街を散歩した。

 屋台で買ってきた唐揚げにかじりつく。


「あ、猫だ。さては肉の匂いに釣られたな」

「しかもアメショ! かわいい!」


 大興奮したアキラは、ネコジャラシをむしって、手なずける作業にかかる。


「ニャンコは絶対的な正直さを持っている」

「なんだそれ? 有名な文豪の名言か?」

「うむ、正解なのです」


 アメショはふさふさの腹部を上に向けた。


「幸せが何なのか、ニャンコに訊けば分かるさ」

「それはアキラが即興で考えたな」

「うっ、バレましたか」


 リョウはメモ帳を取り出した。

 印象に残ったことを書き記しておく。


 お面やベビーカステラを買ったこと。

 久しぶりに型抜きで遊んだこと。

 泣きそうな少女を助けたこと。


『幸せが何なのか、ニャンコに訊けば分かるさ』

 というアキラの人生訓らしきもの。


「それって、もしかしてネタ帳?」

「ネタ帳の前段階だな。ここに集めたネタを、後でネタ帳にまとめる」


 この習慣は、マンガ家の先生じゃなくて、小説家の先生を参考にした。


「わざわざ手書きなんだ? スマホがあるのに?」

「手書きの方が良いアイディアを閃きやすい」

「おおっ、プロっぽい。感心感心」


 コンビニで線香花火を見つけた。

 家からバケツとライターとロウソクを持ってきて、近くの公園でパチパチやる。


「あ、途中で落ちちゃった」

「俺の勝ちだな」

「むぅ〜」


 20本入りだったので、10回勝負することに。

 アキラは運を使い切ったらしく、リョウの8勝1敗1分に終わった。


「完全に運ゲーだな」

「それでも楽しい」

「たしかに」


 次は打ち上げ花火を見たいね、なんて話し合った。

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