第53話

 葉っぱがこすれる音で目を覚ました。


 アキラがいる。

 赤ちゃんみたいにクークー寝ている。


 風と雷雨が怖いから。

 そういって一時退避してきたが、けっきょく、自分の寝室に戻らなかったらしい。


 信頼されているのか?

 男として意識されていないのか?


 起こさないよう気をつけながら、リョウはそっと部屋を抜け出した。


 浜辺の空気を肺いっぱいに吸い込む。

 風がびゅーびゅー吹いており、泡みたいな海水が飛んできた。


「さて、朝食でもつくりますか」


 まずは冷蔵庫をチェック。

 卵と青ネギが残っている。


 雑炊ぞうすいにしよう。

 消化に良さそうだし。


 ダシ醤油しょうゆ、お水、ご飯を鍋に入れてひと煮立ち。

 お米が水分を吸ったところで溶いた卵を投入する。


 ゆっくりとかき混ぜて、卵が固まってきたら完成。

 リョウにしては100点の出来だろう。


「アキラ、入るぞ」


 部屋をのぞくと、体の向きを90度変えてクークー寝ていた。


「…………リョウくん?」

「朝ご飯の用意ができたぞ」

「僕のために料理してくれたの?」

「昨夜、そういう約束をしたからな」

「そうだっけ?」


 猫みたいに目をクシクシ。


「起き抜けの顔を見られるの、恥ずかしいな」

「心配するな。十分かわいいから」

「あぅあぅ」


 雑炊をさらっと流し込む。


「うん、おいしい」


 アキラが嬉しそうだと、リョウも嬉しい。


「掃除するか」

「そうだね」


 流し台や風呂場をピカピカに磨いた。

 エアコンのフィルターについたホコリも落としておく。


「ガスの元栓、閉めておくぞ」

「ありがとう。ベランダに物が残っていないか確認をお願い」

「はいよ」


 途中、アキラの携帯がピコンと鳴った。


「サナエちゃんからだ」


 今日、近所の神社で小さな夏祭りがあるらしい。

 アキちゃん、お祭りを探していたよね、とも。


「浴衣を着てみようと思います。リョウくん、付き合ってくれる?」

「もちろん」


 また携帯が鳴った。

 今度はトオルから。


「こっちに移動中だってさ」

「妹想いの兄貴だな。仕事が忙しいのに車を出してくれるなんて」

「えへへ」


 12時ごろ。

 エンジン音が聞こえた。


「悪いな。俺のスケジュールが空いていたら、夕方くらいに迎えにきたのに」

「いいって、いいって。忙しいところごめんね。あと、これ。ささやかなお礼ということで」


 妹から兄へ、お守りをプレゼント。


「アッちゃんが手づくりしたの?」

「うん、成功お守り。中に成功と書いた紙を入れています」

「へぇ〜、やるじゃん。昔から手先は器用だもんな〜」

「落ちぶれるトオルくんを見たくはないのです」

「ば〜か」


 トオルがアキラの額をツンツンする。


「運に頼らなくても、ちゃんと実力で成功するって」

「トオルくんみたいな自信家、絶滅危惧種だと思うよ。ある意味、才能だよね」


 二人きりのとき、こっそり、


「トオルくんが大口を叩くの、一種のファッションだから」


 と教えてもらった。


「はい、これ、リョウくんのお守り」

「もらっていいのか?」

「女の子からの好意をドブに捨てる気か〜」

「いや……つい……驚いちゃって」


 手芸品をプレゼントされるの、たぶん初めて。

 だから死ぬほど嬉しい。


「まあ、神社のお守りじゃないから、ご利益があるのか不明だけどね」

「ハリボテじゃないってことを俺が証明してやるよ」

「むっふっふ。リョウくん、格好いい〜」


 アキラのマンション前まで送ってもらった。


 車内でJ-POPを流しており、兄妹の美声も聴かせてくれた。


「アッちゃん、これをやる」

「なになに? お小遣い? 図書カード?」

「牛丼の無料券5枚。もう少し太った方がかわいい。特に胸回り」

「むかっ! 余計なお世話だ!」


 トオルくんのセクハラ野郎〜!

 そんな声に送り出されて、レンタカーは去っていった。


「じゃあ、また連絡するから」

「おう、またな」


 リョウは家に帰って、もらったお守りを取り出した。


 ちりめん生地をっている。

 まるで市販品みたい。


「ストラップと鈴まで付いているし、アキラ、本当に何でもできるな。アイディアマンかよ」


 二泊三日だけでも楽しかった。

 その上、思い出のプレゼントまでもらえるなんて。


 今度、アキラにお返ししないと。

 何よりマンガで結果を出さないと。


「よしっ! 描くぞ!」


 不思議なエネルギーが湧いてきたのは、ご利益のせいだろうか。

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