第51話

 夕方のセミが鳴いていた。


 いつもならサヨナラをいう時刻だ。


「だ〜れだ?」

「アキラ」

「正解」


 アイドルみたいな顔がニカッと笑う。


「もう本を読み終わったのか?」

「まあね〜」


 アキラは文庫本を頭にのせると、器用にバランスを取りながら、リビングを一周した。


「ここにくる途中、本屋らしいものが見えたな。いってみるか?」

「おっ、リョウくん、気づいたんだ」


 リョウは徒歩で。

 アキラはゆっくり自転車をこいで。

 この町に一軒だけあるという本屋へ向かった。


「いらっしゃい」


 ウトウトしていたおばあちゃんが目を覚ました。

 でっぷりと太った白猫もおり、ピクッと反応したが、何事もなかったかのように寝入っている。


「おおっ、オブライエンの短編集だ。なつかしい」

「思い出の本なのか?」

「小学四年生のとき、市の図書館で借りようとしたら、司書のお姉さんから……」


『君の若さでオブライエンをたしなむなんて、小さな文豪さんだね』


 と褒められたらしい。


「オブライエン先生はね、33歳という若さで戦死したため、日本における知名度は低いけれども……」


 EエドガーAアラン・ポーの後継者だとか。

 近代SFの先駆けだとか。


 夏休みモードの頭にはちょっと難しい熱弁を聞かされた。


「おっ、これは……」


 次に手にしたのは一冊のマンガ本。


「リョウくんの終生のライバルを発見しました!」

「おいおい、恥ずかしいから勘弁してくれよ……」

「どこかで見たことがある表紙絵だ。そっか。学生さんなんだ」

「いま日本で一番ホットなマンガ家の一人だよ。ぶっちゃけ、同じ高校生なのが信じられないレベル」


 作品名、斬姫きりひめサマ。

 作者、四之宮しのみやレン。


「何歳の人?」

「17歳。しかも、女の子だ」


 帯のところには、


『鬼才あらわる』

『天才高校生マンガ家』

『重版出来! 10万部突破!』


 みたいな華々しいメッセージが並んでいる。


「リョウくん、この子に勝っちゃってよ」

「お前なぁ……猫にライオンを倒せって注文をつけるようなものだぜ」

「ニャンコとライオンが戦うなら、僕は命がけでニャンコを応援するね」

「ボロ雑巾みたいに傷つくのは、アキラじゃなくて、ニャンコなんだけどな」


 レジのところへ向かった。

 オブライエン短編集、斬姫サマ、他一冊。

 それからレジ横のアイスクリーム二個をお買い上げ。


「俺が四之宮先生に勝てない理由は、少なくとも三つある」


 別荘に戻ったリョウは、アキラの鼻っぱしらをへし折る作業にかかった。


「理由その一。四之宮先生は美少女マンガ家だ」

「はっ⁉︎」

「つまり、ルックスが良いってことだよ」

「いやいや! 作品のクオリティと、作者の容姿は、関係ないじゃん!」

「あのなぁ、美人だと取材がくるだろう」

「まあ……」

「小説業界だって、アイドルが本を出して、10万部売れたりするだろう」

「たしかに……」

「話題性があるんだよ。スポーツ選手だって、見た目がいいと、たくさんのファンが応援してくれて、スターダムを駆け上がったりするのに似ている」


 リョウはネットで拾った四之宮レンの写真を見せてあげる。


「男性消費者ってやつは、美少女マンガ家という肩書きにけっこう弱い。しかも、わりとガチな美少女だ。知的で物静かで清楚なタイプ」

「ぐぬぬ……なんか卑怯だ……正々堂々とマンガの内容だけで勝負しろ!」


 アキラは悔しそうに足をバタバタ。


「まあ、美少女といっても、アキラほどの美少女じゃないけどな」

「えっ⁉︎ そう思う⁉︎ 照れるな〜」


 ぐいぐい身を乗り出してくる。

 安定のチョロさだな。


「容姿の差が一個目の理由だろう。そして二個目の理由というのが……」


 四之宮レンのご両親は、どちらも国民的なマンガ家。

 つまり、熟練のアシスタントを好きなだけ周りに置けるのである。


「これをやられたら、俺たちのような弱小は、勝ち目がないと思った方がいい。向こうは五人とか六人のチームで、こっちは独りぼっち」

「むかっ! 結局、生まれかよ!」


 アキラが机をバシバシ叩いて怒る。


「そして三個目の理由が……」

「待って! 待って!」


 頬っぺたをサンドイッチみたいに挟まれた。


「さっきから勝てない理由ばかり並べているけれども……。お前は一生四之宮レンに勝てないっていわれたら、リョウくんは悔しくないの?」

「そりゃ、死ぬほど悔しい」

「それは、つまり……」


 アキラいわく。

 100%勝てない相手には、悔しいという気持ちすら湧かないらしい。


「リョウくんには僕がついています。いつでも僕の知識にアクセスできます。だから、独りぼっちじゃありません」

「わかったよ。四之宮先生が相手だと勝ち目がないとは、もう絶対にいわない」

「それでこそ、マンガ王になる男だよ」

「その呼び方、人前では勘弁な」

「むふふ〜」


 ペンを握りしめたニャンコが一匹。


 天才ライオンに挑み始めたのである。

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