第40話

 都会デートのトリを飾ったのはラーメン屋。


 大盛り。

 味玉つき。

 臭みのある魚介スープの香り。


 これが歩き疲れた体にスルスルと入っていく。


 そういや昔……。

 父から教わったラーメン雑学がある。


『臭いラーメン屋は9割がた美味しい』


 臭い ⇨ 古い ⇨ 常連客が多い

 だからハズレが少ない、という理屈らしい。


『ラーメン屋と女房にょうぼうは古い方がいい!』


 そういってリョウの母にぶん殴られたけれども。


 とにかく目の前にある一杯は、創業から25年生き延びたのも納得できる、折り紙付きの味だった。


「しかし、アキラがラーメンを食べたいと言い出すのは意外だったな」

「男の子と一緒じゃないと、こういうお店は利用しにくい」

「なるほど」


 アキラはいちいち蓮華れんげに盛ってチュルッと吸い込む。


「うん、ダシが効いておいしい!」

「そういや、今日はあまり男性に怯えないな」

「えっ? そうかな?」

「いまだって……」


 二人で店内をキョロキョロ。


「お店にいるの、ほとんど男性客だ。でも、アキラはずっと平気な顔をしている」

「たぶん、ラーメンの誘惑のせい」


 そういって麺をチュルッと吸い込む。


「あと、周りが見えないくらい楽しいから」

「そんなに秋葉原のムードが気に入ったのか?」

「リョウくんと一緒だと楽しい。あと、夏休みの魔法みたいなやつ」

「おう、俺も楽しい」


 完食したら眠気が襲ってきた。

 それはアキラも同じらしく、帰りの電車でウトウトしている。


「おい、次の駅で降りるぞ」


 呼びかけるも反応なし。


「もしも〜し、ふぅ子さ〜ん」

「ふぇ? 降りるの? もう着いちゃった?」

「座った瞬間、ぐっすり寝ていたな」

「だって……」


 アキラがむくれ顔になる。


「昨夜、そんなに寝つけなかったから」

「遠足が楽しみな小学生かよ」

「むぅ〜」


 別れ際の、じゃあ、またね、がちょっと寂しい。

 これも夏休みの魔法だろうか。


 そして深夜。

 リョウは繰り返し、繰り返し、悪夢にうなされていた。


 レンガの道を全力疾走している。

 向かった先はとんがり屋根の教会。


 バタンッ! とドアを開けた。

 100人くらいの瞳が一斉にこっちを向く。


 ウェディング姿のアキラが立っていた。

 左手の薬指にはキラリと光るものが見える。


「アキラ! 待たせてすまない!」


 リョウはマンガ本を突き出す。


 とうとうプロデビューを果たして、待望の一冊目が発売されたから、プロポーズしにやってきたのだ。


「俺と結婚してくれ!」


 しかし、アキラの左目からは……。

 すうっと一筋の線が落ちてくる。


「リョウくん、遅すぎるよ」


 タキシードを着た男と腕をつないでいる。


 そっか。

 この男と結婚するのか。


 呆然ぼうぜんとするリョウ。

 そこにトドメを刺したのが……。


「僕のお腹の中にはね、この人の子どもが宿っているから」


 はっ⁉︎

 頭が真っ白になる。


 だって……。

 恋人がいるなんて一度も。


「嘘だろ……」


 黒服の男たちがやってきた。


「悪いが、帰ってくれ」

「あんたは招待客のリストにない」


 リョウの腕を抱えて教会からおっぽり出す。


 待ってくれ!

 アキラ!


 約束を守れなかった!

 ヘタレな俺を許してくれ!


「うわぁっ‼︎」


 と叫んで夢はフィニッシュ。


 時刻は4時32分。

 心臓がバクバクしている。


「うぇ……変な夢を見た……」


 これって……。

 恋なのか?


 動悸どうきじゃないなら恋。


 ヤバい……。

 つまり、アキラを。

 そういう目で?


「プロデビューしたから結婚してくれとか……」


 ああっ! 恥ずかしい!

 結婚式に殴り込んで、つまみ出される妄想とか、死ぬほど恥ずかしい!


 ロマンチスト!

 いや、ナルシストかよ!


 消えろ! 消えろ! 消えろ!

 このまわしき記憶よ!


「うおぉぉぉぉ〜」


 マンガ家デビューが……。

 遅かったせいで……。

 あんな未来が……。


「変なスイッチが入ったかも」


 マンガを描かないと。

 練習でやっている四コマじゃなくて。


 新人賞に応募するやつ。

 20Pとか40Pの読み切り。


 紙か?

 デジタルか?


 クオリティと生産性を両立させるなら、紙に描いて、デジタルで仕上げるのが良さそう。


 賞は無数にある。

 つまりチャンスは無限大。


「やるか……」


 リョウはノロノロと起き上がった。

 ノートを広げて、あらすじを考える。


 恋愛モノにしよう。

 いくら創作とはいえ、人を殺すのは苦手だから。


 時代は? 舞台は?

 現代か近未来の日本。


 主人公は? ヒロインは?

 中学生か高校生がベター。


 設定はどうする?


 心の声がダダ漏れとか。

 政府が交際相手を決めるとか。


 両方ともベタだけれども、それなりに面白く描けるはず。


「う〜ん……」


 ヒロインのラフスケッチ。

 何回やってもアキラに似てしまう。


 でも、かわいかったな。

 ウェディング姿のアキラ。


 鎖骨さこつのあたりが露出するドレス。

 本当にお姫様みたいで……。


 て、アホか! 俺は!

 アキラの花嫁姿を描いてどうする!


 煩悩ぼんのうめ!

 消え去れ!


 手近にあったハリセンで顔面を思いっきり叩いた。


 けっこう痛い。

 おかげで目が覚めた。


「学生服だから……たしか参考資料が……」


 描いて、描いて、描きまくった。

 ノンストップで7時間描いて、エネルギー補給して、仮眠して、またノンストップで7時間描く。


 これで設定とネーム原稿は完成。

 もしかしたら自己ベストの早さかも。


「うっ……さすがに無理した反動が……」


 電池が切れたように倒れたとき。

 ピコンと携帯が鳴った。


『いま何やってるの? もしかしてヒマ?』


 差出人はアキラだった。

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