第26話

 テストの前夜。

 リョウが息抜きのためマンガを読んでいるとき。


『恋愛のロードマップ』


 という図解が目についた。


(1)目が合う

(2)話をする

(3)付き合う

(4)手をつなぐ

(5)肩組みする

(6)腰に手を回す

(7)キスする

(8)ペッティング

(9)やるところまでやる

(10)愛の結晶をさずかる


 みたいな感じ。


「アキラと手をつなぐとか、想像したことないが……」


 歩くときに袖口を貸している。

 あれの進化版だろうか。


『リョウくんの手、おっきいね〜』


 そんな反応を見せてくれそう。

 悪くないかも……。


「ダメだ、ちゃんと勉強しないとアキラに怒られる」


 マンガをたなに戻した。

 コーヒーを一口飲んでペンを握る。


 それから数日後……。

 テストが終わり午前中に下校した日。


「リョ……リョウくん……やっぱり恥ずかしいよ……」


 ここは宗像家のリビングである。


『今日は両親がいないから俺の家に来いよ』


 そういってアキラを誘ったのだ。


「本当にやるの?」

「もちろん。俺のためだと思って我慢してくれ」

「でも……」

「照れる表情もいいな」

「うるさい……リョウくんのいじわる」


 アキラの白い手がワンピースの裾をつまんだ。


 今日は美少女バージョン。

 かわいい妖精みたい。


「疲れたらいってくれ。好きに動いていいから」

「うん……」


 アキラが本を手にとる。

 リョウはその姿をスケッチする。


『期末テストが終わったら一枚描かせてほしい』


 あらかじめ交渉しておいたのだ。

 もちろん嫌そうな顔をされた。


『協力してくれたら、俺のやる気も跳ね上がると思う』


 アキラは渋々折れた。

 下手くそに描いたら怒るから、と。


 鉛筆のカリカリ音だけが響く。


 ときどき目が合った。

 アキラが勝手にそむける。


「よし、描けた」

「えっ⁉︎ もう出来上がったの⁉︎」


 スケッチブックを見せてあげた。


「すごい! しかも二種類ある!」

「左のがリアルに描写したやつで、右のがデフォルメしたやつ」


 デフォルメした方には何種類か表情のイラストを付けてある。


「リョウくん、天才だ! これはプロの技だよ!」

「いいや、練習したら誰だってこのくらいは描ける」

「でもでもでも! 僕がマンガのキャラになったら、こんな顔ってことだよね!」

「そうなるかな」

「うはぁ」


 アキラが瞳をキラキラさせる。


「もしかして、実物より三割増でかわいく描いた?」

「宮廷画家みたいなことはしない」


 リョウは咳払いする。


「アキラは普通にかわいい。知的で、清楚で、無垢っぽい」

「すごい! すごい! すごい!」


 道具を片付けているとき。


「ねえ、これ、もらってもいい」


 思いがけない一言が飛んできた。


「欲しければやるが……」

「宝物にしよっと」


 ページを千切って手渡す。


 いつ以来だろうか。

 イラストを友人にプレゼントするのは。


「リョウくんのサインも入れてよ」

「はぁ? 俺のサイン?」

「うんうん」


 宗像リョウじゃなくて。

 ペンネームの無量むりょうカナタの方。


「将来、リョウくんは偉大になります。すると無量カナタ記念館が建てられます。これを隅っこに飾っちゃうんだ〜」

「いくら何でも夢を見過ぎだろう」


 もうねぇ……。

 アキラの中で、リョウは、日本を代表するマンガ家になることが確定しているらしい。


「絵の題材になった人物として、僕の名前も半永久的に残ります!」

「なるほど、それは悪くないアイディアだ」


 サインをほどこす。

 もちろん人生初。


「リョウくんが想像より上手いから、びっくりしちゃった」

「褒めたって、なにも出ないからな」


 アキラがぎゅ〜と背伸びしながら、


「リョウくんの部屋でゴロゴロしよう」


 と提案してきた。


「マンガの匂い、リョウくんの部屋って感じだよね」


 天井まである本棚の前でうっとりする。


「この少女マンガ、懐かしいな。小学生のとき、ハマっていたやつだ」

「自由に読んでいいぞ。最新巻までそろっているから」

「ではでは、お言葉に甘えまして」


 アキラが一冊手にとり、ちょこん、とベッドに腰かける。


「少女マンガを買うときって、堂々とレジへ持っていくの?」

「当たり前だ。他の商品と混ぜてカモフラージュみたいなことはしない」

「男らしいね。でも、そのシーンを想像したら笑っちゃうな」


 それから5分後。

 アキラが、ころん、と横になる。


「リョウくんが描いたマンガを、本屋のレジへ持っていくのが、僕の将来の夢だな」

「そうだな。白髪が生えるより先に実現したいな」

「僕がおばさんになっているじゃん!」


 さらに5分後。


「ねえねえ、僕と手をつないだら、リョウくんのインスピレーションは刺激されちゃうのかな」

「おい、そういう冗談はアキラらしくない」

「ううん、僕は本気だよ」


 花が咲くように微笑ほほえみながら、アキラは手を伸ばしてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る