第11話

「ギルバート、文学史に残るイケメンだな……」


 渡された紙袋に入っていたものは三種類。


 有名ブランドのフィナンシェ六個入り。

 メチャクチャ美味しかった。


 アキラからのお礼のお手紙。

 何気に女子からは人生初。


 そして外国文学の本が数冊。

 タイトルを並べると次の通り。


『赤毛のアン』

『リトルプリンセス 小公女』

『ガリバー旅行記』

『トム・ソーヤの冒険』

『ウンディーネ 水精霊』


 ちょっと違和感がある。


 五冊目のウンディーネ。

 ドイツ文学の傑作なので、読んで損はないだろうが、小学生の中に一人だけ大学生が混じっている感じ。


 アキラのミスだろうか。

 いや、本好きのあいつが、平凡な失敗をするとは思えない。


「あっ!」


 そして気づく。

 イニシャルを並べると……。


「粋なことをしやがって」


 これは読む順番の指定。

 赤毛のアンから入ってウンディーネで終われという暗黙のメッセージだろう。


 そして俺は思う。


「ギルバート、文学史に残るイケメンだな……」


 細かいエピソードは省くが、赤毛のアンを長文タイトルにすると、


『超絶イケメンのギルバートが、孤児院出身の私にしつこく迫ってきますが、簡単になびくと思ったら大間違いです!(by 元祖鉄壁ヒロイン アン・シャーリー)』


 という具合になるはず。


 アンと喧嘩して先生に叱られたときも、『悪いのは僕です。アンを叱らないでください』と直訴するギルバート。(この直前、怒ったアンがギルバートの頭を石板でぶん殴っている)


 うん、日本の小学校にこんなイケメンはいない。

 恐るべし、ギルバート。


 借りた本は数日かけて読むことにした。

 アキラにSNSで進捗しんちょくや感想を送ると、すぐに返信がきて、しかも長文だったので嬉しかった。


 ひらり、と。

 本のページからカラフルな紙が落ちてくる。


『本を貸してくれてありがとう。また遊ぼうね。サナエより』


 そっか。

 小学生のとき、アキラはこの本を友だちに貸したのだ。


 当時は普通の女の子として生活していた。

 このサナエという子が読書仲間だった。


「そうだよな。俺だってアキラにとっては五代目の親友とかになるわけで……」


 いよいよ最後の一冊。

 ウンディーネにたどり着く。


 愛想がよく、気配りがきいて、美しい妻のウンディーネ。

 けれどもその正体は精霊であり、一族のおきてのため、最愛の人の命を奪ってしまう。


「アキラ、こういう悲劇の良さも理解できるのか」


 作品の特徴はなんといっても美しすぎる文章。

 リョウが読んできた作品で一二を争うレベルだ。


 水を描写させたらドイツが世界一かも。

 ウンディーネは絶世の美女だから、その清らかさを表現するために、作者と訳者が心血を注いだと思われる。


 すげえな。

 やっぱり文章って才能なんだ。


 ウンディーネのセリフのところで、アキラの声が脳内再生してしまい、罰当たりなことをした気分になる。


「たしかに秘密めいたキャラクター性が似通っているけれども……」


 通説によると、ウンディーネにはモデルがいる。

 作者が18歳のとき、軍務からの帰途で出会った、高貴なる15歳の少女エリーザベト。


 初恋が文豪の創作欲に火をつけた。

 そんなエピソードは枚挙にいとまがないが、これもその一例だろう。


 しかし、困った。

 本を読み終わったら、アキラとのSNSのやり取りが減ってしまった。


 いや、ここ数日が異常なのだ。

 つまり平常運転に戻っただけ。


 なにか送りたい。

 でも、ウザがられるのは嫌。

 恋のジレンマみたいなやつに片脚を突っ込んでしまう。


 リョウがん〜ん〜悩んでいると、アキラから唐突にムービーのURLが送られてくる。


「おっ……」


 反射的にタップ。

 すると予想しない映像が流れはじめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る