Ⅳ.誇りと誓い
50.出会い(*)
「おい。そこの三人。下っ端は『事後処理』だろ。何でここにいるんだ」
夕食の時間に食堂に来た三人の女の子を指さして、暗殺組織の幹部が強い口調で言った。
少女はテーブルに付き、盆にのせられた食事を前にして三人の方に目をやった。
夕食と言っても薄いスープとすかすかのパンが常であったが、食事の時間は組織の子供達が唯一心待ちにしている瞬間であった。
今組織にいる子供は五才位から一五才位まで二十人前後いる。
「位」を付けざるを得ないのは、年齢は会話しないので分からないし、人数も毎日変わるので分からないからだ。
ただし少女以外は、殆ど男の子だ。女の子は男の子に比べ、ここでは中々生き残れない。そもそも暗殺の仕事自体が体力のある男の子の方が有利だし、女だと暗殺の仕事以外に意味もなく身体まで要求されることもある。
心が傷ついてどうしようもなくなり自分から死を選んでしまった女の子もいた。
女の子達は初めて見る顔だ。同時に三人も来る事はかなり珍しい。
一人は金髪のお下げ、一人は真っ直ぐな黒髪、一人は深緑の酷い癖毛だ。
癖毛の子は少し年下そうだが、他の二人は少女と同じ十才位に見える。三人は指をさされ、抱き合ってぶるぶると震えている。
『事後処理』というのは組織の暗殺者が返り討ちにされた場合、身元の証拠を残さないように死体を回収し処分する作業のことだ。戦争中の今は大抵は戦地の中に捨ててくることが多い。
子供の暗殺者の死体なら子供でも十分運搬できる。初めてここにきた子は暗殺の仕事をさせられるまでは暫くその作業に充てられるのが常だ。
他の子達と同じように何処かから無理矢理連れてこられたばかりの三人は、ここが何処なのかも分からず、ただ人の流れと食べ物の匂いに沿って食堂に来てしまったのだろう。ここの人は皆いちいち説明なんかしてくれないのだ。
「仕事をさぼろうとしたんだな。来い!」
幹部の男は怯えきった瞳で震える三人の髪を掴んで引っ張り、食堂の奥の部屋へ連れて行こうとする。三人は恐怖と痛みで悲鳴を上げた。
やっと今日の食事にありつけた他の子供達は見て見ぬふりだ。ここでは他人に付き合っても自分の命が減るだけなのだから仕方ない。
「待ってください」
しかし少女は咄嗟に、立ち上がって幹部に向かって声を上げていた。
「その子達は今日来たんです。知らなくて当たり前です」
男が女の子達の髪を掴んだまま、歩みを止める。
「サザ。俺に向かって言ってるのか?とんだご身分じゃないか。
そういうなら、お前がこいつらの代わりに罰を受けるんだな。三人分だから三百回な」
「分かりました」
男は女の子達の髪を離すと少女につかつかと歩み寄り、服の首元を掴んだ。少女は奥の部屋へ連れて行かれ、男はドアに鍵をかけた。
―
「……はあ……」
明かりのない小さな部屋で、高い位置にある小窓からの月明かりが、少女の腕を吊すロープの影を冷たい床に浮かび上がらせていた。
少女は上半身の服を脱がされ、天井の梁から下ろしたロープで両手を吊るされている。
繰り返し鞭を打たれた背中は強い熱を持ち、心臓の鼓動と一緒にずきん、ずきんと波を打つように激しく痛む。自分では見えないが皮膚が張り裂けて血が流れている感覚がある。
男は少女をそのままにして部屋に鍵をかけて出ていった。明日になれば回復魔術をかけてもらえるが、今夜はこのまま一晩放置される。
痛みをこのままに耐えるまでが罰なのだ。
悲鳴を上げ続けた喉はからからに掠れ、息をするたびにひゅうひゅうと呼吸の通る音がした。
隣の部屋で鞭の音と悲鳴が聞こえ続けても、知らぬ存ぜぬで食事をする。それがここの子供達が上手く生き抜くための方法の一つだ。
だから、三百回の鞭打ちの罰が終わった時、少女は女の子達を助けたことをはっきりと後悔した。
見ず知らずの子を身代わりに助けて、少女に良いことなんて何も無い。あの子達も今頃、周りと同じように少女のことは気にかけず食事して部屋で寝ていることだろう。
しかし、それでもあんなことを言ってしまった理由は、ここに来た女の子は男の子よりずっと酷い目に合わされるからだ。
この状況で眠ることなど出来ないが、まだ夜明けまではかなり時間がある。
こうやって吊るされていると一秒一秒が圧倒的に長く感じてしまう。
少女が進まない時間に絶望していると、急にきい、と扉が軋むような音がした。
音の方に目を向けると、小窓が開いた。さっきの女の子三人がするりと入ってくる。
「ねえ! 大丈夫なの!?」
女の子達は少女を縛っているロープを解いて、自分たちの羽織っていた上着を床に敷き、その上に横向きに寝かせてくれた。居室から持ってきたらしい薄い毛布で身体を包んでくれる。
少女はその行動に驚いて言った。
「こんなことしたら怒られるよ。
ここで大人に逆らったら痛い目に遭わされるだけだよ」
「それでいい。君は私達を助けてくれた。私達も助けたい」
黒髪の子がきっぱりと言った。
「おねえちゃん、大丈夫? 酷い怪我……ごめんね」
酷い癖毛の子が少女の頭を抱きしめてくれた。
「痛みと血を抑える薬の葉っぱ貼るね。私は薬屋の娘なの」
そういうと金髪のお下げの子がポシェットから紙に包んだ不思議な形の葉を出して背中の傷に当ててくれた。すうっとした独特の匂いのある葉は確かに少し傷を楽にしてくれた。
「君、女の子だったんだな。てっきり、男の子かと」
寝かせられた少女に黒髪の女の子が申し訳なさそうに言いながら、夕食のパンをポケットから出して食べやすい大きさにちぎって渡してくれた。
「いつも間違えられる。髪短くされちゃったし、身体つきがどこもまっすぐだから」
「すっごく勇敢なんだね。あたしが会ったことのある女の子の中で一番。
本当に、ありがとう」
金髪のお下げの子が少女の手を握り、涙ぐんで言った。
「でも、おねえちゃんは、どうして私達を助けてくれたの?
初めて会ったのに」
「女の子はみんな、男の子より酷い目に遭わされる。
私も女だから、最初くらいは助けたくなった。
でも、次は助けられないから」
「うん、大丈夫。君みたいに、ちゃんと強くなる」
「あたしも。がんばる」
「私もだ。
名前を教えてくれないか?私は、カズラ。十一才」
「レティシア。七才」
「あたし、アンゼリカ。十才よ」
「私は……サザ。十才だよ」
「サザ。本当にありがとう」
「ありがとうサザ」
「サザおねえちゃん。大好き」
三人は口々に言うと少女の手を握り、労うように頭や身体を撫でてくれた。そんな風に優しさを持って人に触れてもらったのは、少女が覚えている限り、生まれて初めてのことだった。
少女が静かに涙を流したのを見て、三人の女の子は優しく微笑み、つられて泣いた。
しばらく泣いた後、少女は三人の顔を真っ直ぐに見て言った。
「ここで生き残りたかったら、あいつらに教えられる『技術』だけは、しっかり身につけて。あと、何をされても、自分の心だけはしっかり持って、失くさないで」
「技術……?」
三人はサザの言葉の意味が分からないようで、不思議そうな顔をしている。
「明日になれば、すぐ分かるから。
いくら辛くても、やるしかない。ここで生き残るには」
「……分かった」
三人は少女の強い口調にただならぬ物を感じたようで、真剣な表情で頷いた。
少女達は窓から差し込む月明かりの下で、ただ、夜明けを待った。
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