68.親子

(信じられない……けど、本当なんだ)


 国王の話は非常に具体的だし、さすがに真実なのだろう。しかし、サザは気になることがあった。


「ユタカが王子であることと、イーサの領主であることは関係あるんでしょうか?

 陛下は、世継ぎとしての経験をさせるためにそうしたのですか?」


「それは、全く無い。

 あまりに出来過ぎた話だから疑う気持ちも分かるが、あいつが王子であることと、国一の剣士としてイーサの領主となったことの間には何の関係もない。

 すべて、ユタカが自分の剣の腕一つで成し遂げたんだ。


 あいつは国の剣術学校を主席で出たから、同じように魔術学校の主席だったアイノと卒業の時に謁見しに来たんだ。毎年そういう決まりだからな。十八の時だ。

 おれはもう一生会わないと思っていたユタカがそんな形でおれに会いに来るとは露とも思っていなかったから、本当に驚いたんだ。

 あいつはどちらかというと女っぽい綺麗な顔をしてるけど、あれは女王にそっくりだしな。黒髪に黒目も母親譲りだ。

 その後すぐ戦争に行って、腕の立つユタカはヴァリスを抜いて、おれの直下の護衛の配属になったんだ。


 おれは正直、危険な目に合わせたくなかったはずの息子が戦地のど真ん中でおれを守ってくれている状況が堪らなく不安だったよ。

 でも、ユタカが自分の意思と力でそうしたんだ。それを止める権利はおれには無い。


 でも、それを見てるうちに、おれはユタカに王子として戻ってきて欲しいと思うようになったんだ。

 自分から捨てておいて、なんて自分勝手なことをしているのかとは自分でも分かっているよ。でも運命の悪戯か、こうやって再会して戦場で共に長い時間を過ごしているのに本当の事を言わない方がおかしいと思ったんだ。


 王子であると告げた時、ユタカは怒って泣いてたな。

 小さい頃から親の事を考えて涙した夜は何度もあったのに、何故早く言ってくれないのか、尊敬する国王が父親だと聞いて悲しむと思うか?と言って。

 孤児のサザにこんなことを言うのは忍びないが、おれは自分がユタカにどれだけ酷いことをしたかを思い知ったよ」


「……」


 サザも同じように、どこかで生きているともしれない両親のことを考えて泣いた子どもの時の悲しさは今でも覚えている。

 今はもう諦めもつくが、二十四年間孤児だと思って生きていたのにいきなり国王が父だと聞かされたら、混乱するのは当たり前だろう。

 ユタカはあの日、そのせいで目が腫れていたのだ。

 

 サザは思った。

 もし、本当に神がいるなら。

 それはユタカが本当に生きるべき運命を自分の力で取り戻せるように、深い心の優しさと恐れられるほどの剣の強さを一緒にユタカに与えたのだ。

 その二つの共存はユタカを大いに苦しめたが、ユタカはそれに打ち勝って二つを自分のものにし、ちゃんと自分が通るべきだった道へと戻ってきた。

 それがユタカ・アトレイドの強さなのだ。


 ユタカは数奇な運命を辿って悩みながらもそれを背負い、サザと一緒にいてくれたのだ。

 サザは早くユタカを抱きしめたかった。


「……話を戻そう。

 おれは法律に背いても、息子の命を救ってくれた人を死刑にすることは出来ないし、ユタカやアイノや国民に無駄な血を流させることも出来ない。

 そのためには、こうするしかないんだ。


 それに、おれがサザを処刑したら、おれが妻を失った時と同じ苦しみを、自分の手で息子に与えることになる。

 そんなことは絶対にあってはならない。


 ユタカは信頼していた上司に裏切られた上に、酷い怪我をしてまで守ろうとした妻を、命がけで仕えた君主……父親に殺されるんだ。

 あいつは何も悪くないのに。

 それはあまりにも不憫だ」


「でも、陛下は罪人になります」


「そうだな。

 おれは法を破るから、国民による弾劾裁判にかけられる。おれを死刑にするも追放するも、判断は一旦国民の手に委ねられるんだ。国民には、そこでおれから説明しよう。

 だが、おれの国の国民は、慈愛と聡明さに満ちた、素晴らしい人達だ。

 きちんと説明すれば、暗殺者のお前のことも、王子のユタカのことも、おそらく、おれの犯した間違いのことも。きっと、理解してくれる。

 お前が死刑になるのは誰がどう考えてもおかしいと、ちゃんと分かってくれるはずだ。

 お前はユタカとリヒトと一緒に、今と変わらず生きていけるだろう」


「……ありがとうございます」


「礼を言うのはおれの方だよ。サザ。

 全ては、正義の心を持つ優秀な暗殺者のお前が、ユタカと一緒にいてくれたおかげだ。

 お前は、そのままでいいんだ」


 国王は優しく微笑んで言った。

 

 サザは自分が暗殺者であることを、こんなにもちゃんと認めてもらえたことが本当に嬉しくて、我慢していた涙がついに溢れてしまった。

 自分の存在を、誰かに「それでいい」と言ってもらえることが、こんなにも嬉しくて、心が暖かくなるなんて思わなかった。


「この間、ユタカに来てもらった時に、謁見の前に先に意向を聞いたんだけど。

 ユタカは王子になるつもりだが、家族がいる身では一人で決めていいことではないから、最終的にはサザとリヒトに聞いて決めると言っていたよ。

 ユタカは背中の怪我が上手く治らなくて、まだあまり動けないらしいんだ。

 回復魔術は患者の中に元からある精神力を増幅させて傷を癒すんだけど、あいつは拷問にぎりぎりまで耐えていたせいでそれを消費し切ってて、ネロでもなかなか治せないらしい。

 お前がそばにいてくれたらユタカも安心して、幾分早く治るだろう。リヒトだってきっと今頃、お前を想って泣いているよ。

 外にいるアイノ達にはおれが直接、判決について説明しておこう。

 お前は早くイーサに戻って、みんなを安心させてやってくれるか?」


「はい……」


 サザは頬を流れていた涙が顎まで伝ってぽたぽたと床に落ちているのをそのままに頭を下げた。


 もう、二度と会えないと思っていたユタカやリヒト、カズラやアンゼリカや大切な人達にまた会えるのだ。

 嬉しさを通り越して涙にしかならなかった。


 国王は泣いているサザを見て微笑み、もう一度立ち上がって抜刀すると、サザの後ろに周り、手を縛っていたロープを切った。


「行くんだ。

 皆、お前が帰ってくるのを待っているよ」


「ありがとうございます」


 サザは立ち上がって国王に深く礼をすると、涙を拭って駆け出し、王の間を後にした。

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