「サザ様、またお手紙が来ていましたよ。お友達から。ずっと仲の良いお友達なんですね」

　ヴァリスが報告をしに来て数日後、夕食の前に部屋に居たサザのところへローラが手紙を持ってきてくれた。

「そうなの。大好きな友達。ありがとう」

　サザはヴァリスが来たその日の内に、カズラとアンゼリカにユタカの件が解決したと伝える手紙を書いた。きっとその返事だ。サザが手紙を開けると、落ち着いたことだし、次の週末に三人でレティシアの墓参りをしないかと書いてある。折角なので久しぶりに二人と話がしたかった。

（ユタカに行ってもいいか聞いてみよう）

　―

「勿論良いよ。近衛兵ももう付けなくて良いだろうし」

　夕食の席でサザがユタカに聞くと、ユタカは微笑んで二つ返事で了承してくれた。

「ありがとう。前に結婚式に来てくれた友達二人だよ。暗くならない内に帰ってくるから」

「ああ……求婚状を送ってきた例の二人か。おれは丁度その日、国王陛下に呼ばれてるんだ。サザが出かけるんだったらリヒトはおれと王宮まで一緒に行くか？　打ち合わせはおれと国王しか入れないけど、その間に王宮を案内してもらうように頼んでみるよ」

「王宮!?　行きたい!!」

　リヒトは椅子から大きく飛び上がって喜んだので、サザにたしなめられた。

「あれ、でも、もうすぐ謁見の予定があったよね？　確か来週」

　週末の謁見は二十五の誕生日の節目として行われるものだ。王族と同じ様に二十五までに結婚する決まりのあった領主のユタカに対してお祝いと、今後の抱負を述べさせる形式的なものだという。領主はやることがいろいろあって大変だ。

「そう、その事で下話があるって」

「前の謁見の時もだけど、国王陛下は随分念入りな方だね」

「はは……そうだな。まあ、いい加減よりは良いんじゃないか？　それに謁見だとゆっくりは話せないから、今回の件が解決したことも十分お礼をしてくるよ。リヒトもちゃんと紹介したいし」

「それもそうだね。謁見の時のリヒトの服の準備をローラに頼んでおこうね」

「うん！」

　リヒトはもう待ち切れない様子で、美しい銀色の瞳をさらに輝かせた。

　―

　週末になり、サザは馬に乗ってトイヴォに出かけた。今日はサザはいつもの様に飾り気のないシンプルな白いブラウスに紺色のスカートだ。

　嫁ぐときは馬車だったのでトイヴォからイーサまでは丸一日かかったが、馬を走らせればずっとずっと早く着く。

　ユタカと結婚してから、馬で一人きりで出かけるのは初めてだ。

　サザはずっと仕舞ってあったナイフを鞄に入れて来た。カズラとアンゼリカに処分してもらおうと思ったのだ。

　結婚の時は捨てられずに持って来たが、こうやってユタカの危機が去り、ユタカとリヒトとの平穏な暮らしの中では完全に必要の無いものだ。

　自分の気持ちを整理するためにもサザが暗殺者である象徴のようなナイフはもう手元に無い方が良いと思ったのだ。ただ、イーサで処分するのは危険すぎるので二人に頼むのが確実だ。

（手紙はやりとりしていたけど会うのは結婚式以来だ。楽しみ過ぎる！）

　サザは待ち合わせ場所の馬宿に着くと、先に到着していたカズラとアンゼリカが大きく手を振って出迎えてくれた。

「サザー!!　こっちこっち！」

「久しぶりだな。会えて良かった」

　馬を降りたサザに、いつもの様にアンゼリカがサザを押し倒しそうな勢いで抱きついてきた。後からカズラも走り寄って来た。

「サザがドレスで来たらどうしようかと思ったけどすっごく普通の格好してて安心したわあ」

「あはは……流石にね」

　カズラは浅葱色の着物に海老茶色の馬乗り袴、アンゼリカはフリルのたっぷり縫い付けられた、都会らしい洒落た薄桃色のブラウスに藍染のフレアスカートだ。

「こんな日が来て本当に嬉しいよ。二人共ありがとう」

　サザから身体を話したアンゼリカとカズラも笑った。

「じゃ、早速行こっか。馬宿で馬を借りてくるね。私とカズラは二人で一頭にするよ。ちょっと節約」

　レティシアの墓はトイヴォとイーサの境界から少し外れた森にある。イスパハルでは「死者は森に還る」という信仰がある故に墓地は必ず森の中に作られるのだ。

　馬宿から馬を引いてきたカズラとアンゼリカと共にサザは馬を走らせて出発した。こうやって三人で馬を走らせるのはカーモスで暗殺者だった時ぶりだ。

　暗い過去ではあるが、そんな中でもみんなで馬で掛けるのは好きな時間だったと思い出す。こんなに自由な気持ちで並んで馬を走らせことが出来る日が来るとは思わなかった。

　サザはそれだけで何だか泣きそうになってしまう。

「サザ、謁見の時はさあ、大変だったよね！　びっくりしちゃったけど何もなくて良かった。さすがサザよね！」

　並んで馬を走らせながら、手綱を持ったカズラの前に座ったアンゼリカがサザに話しかけてきた。

「あれ？　見に来てたの？」

「当たり前だろ、サザが来るのに。人でごった返してたから気づかなかっただろうけど、サーリさんとアンゼリカと私でトイヴォの参道にサザと領主様の隊列を見物に行ったんだ。領主様がサザをお姫様抱っこした所で私達はめちゃくちゃ盛り上がったぞ」

「うわあ……恥ずかしい……」

　サザは苦笑いをしたが、この三人で他愛の無い話をするだけで楽しい。話をしながら暫く馬を走らせると、程なくしてレティシアの墓地へと到着した。

―

　墓地は森の中の開けた空間にあり、四方を木々に囲まれている。鳥の囀りと木々の騒めき、新緑の匂いが心を落ち着けてくれる。

　墓地なのに悲壮というよりは優しい雰囲気がするのはやはり、森の中にあるせいだろうとサザは考えた。

　木々の合間に並ぶ多くの墓石は新しそうな物も多い。戦争で無くなった人達なのかもしれない。

　遠くの木々の合間にサザ達の他にも何組か墓参りに来ている人たちが見えた。

「レティシア、来たよ。なかなか来れなくてごめんね」

　近くの適当な木に乗ってきた馬を繋ぐと、レティシアの墓前でサザは謝った。昼食にとカズラとアンゼリカが買ってきてくれたパンの一つをレティシアの墓の前に置く。甘い物に目が無かったレティシアがいかにも好きそうな、木苺のジャムがたっぷりと巻き込んであるパンだ。

　三人はパンを食べながら墓の前に座り込んで延々と話をした。レティシアが生きていた時の様に、四人で車座になって話したかったのだ。

「しかし、領主様を狙っていた暗殺者組織というのはどんな奴らだったんだろうな。まあ、私達程じゃ無いんだろうけどな」

「そうよねえ。てか、私達三人が暗殺者組織を作ったら、絶対に絶対に最強なのにね」

「確かに！」

アンゼリカの言葉に、カズラとサザは思わず激しく頷いた。

「あたしたち、暗殺だけじゃなくて、諜報とか闇売買のルート掴むとか。そんなのだったら誰よりも上手く出来るじゃない。国軍の人達にだって負けないわ。絶対イスパハル一よ」

「その通りだな」

「うん、絶対に誰にも負けないね。この三人で、やってみたいなあ」

「ねえ、楽しそう」

「出来たらいいよな」

　だがそれ以上には三人は言葉を続けず、ただ、空を見上げた。そんな事は暗殺者が忌み嫌われるイスパハルでは、絶対に絶対に不可能だからだ。

　サザ達の頭上では、新緑を透かした木漏れ日がきらきらと輝いている。

「でも今はこんなに良い暮らししてるんだもん。カーモスに居た時は考えられなかった。これ以上高望みしちゃ駄目よね」

「そうだな。私達はもう暗殺者ではなく『普通の娘』になったんだ。それだけで十分に幸せな事だ」

「こうやって毎日平和に暮らせるんだもんね……」

　三人はお互いの顔を見合わせ、少しだけ笑いあった。その時アンゼリカがはっと、何かを思い出したような顔をして口を開いた。

「そういえば、こないだ偶然トイヴォの市場でサーリさんに会ったんだけど。サザの話ししたら、平和になったお祝いに特別に軍の食堂に入れてあげるから料理食べに来てって言ってた」

「ええー絶対行きたい……！」

　時間を忘れて話をし続けていたら、気づけば日が傾いてきた。サザ達以外の墓参りに来た人たちは誰も居なくなっている。長居をしていたらしい。

「私は帰り支度を始めようかな。日が暮れる前にイーサに着かないといけないから」

「そうだな。そろそろ出た方が良さそうだ。サーリさんの料理を食べに行く日はまた決めよう」

「あ！　そうだ、二人にお願いがあるんだった。ナイフを処分して欲しくて持ってきたの」

「ちょ、嫁入り道具にそんなの持ってっちゃ駄目でしょ!!　ばっかねえ！　ばれたらどうすんのよ！」

　サザの言葉にアンゼリカが腹を抱えて笑いだした。

「だって、捨てられなかったんだもん……」

　サザは唇を突き出して言うと、笑いを堪えている様子のカズラが続けた。

「全くアンゼリカの言う通りだが……サザらしいな。だが、怪しまれるから売る訳にもいかないし、処分も難しいな。聞いた話だが、ここから少し道を外れた所に小さい池があるんだ。イスパハルの人は夏によく池や湖で泳ぐけど、その池は森の乙女の伝説に出てくる由緒のある池らしくて誰も泳がないらしい。そこに沈めるのが安全だと思うんだがどうだ？」

「よさそうね！　水に入れとけばすぐ錆びて使えなくなるだろうし。森の乙女様達にはちょっと申し訳ないけど、サザはイスパハルの英雄の命を助けてるんだから大目に見てくれるっしょ」

「なるほど……じゃあその池に寄っていい？」

「ああ。もちろんだ。そろそろ行こう」

　三人はレティシアの墓石に手を振って馬に乗り、墓地を後にした。