67.判決

「サザ・アトレイド。国王アスカ・イスパリアはイスパハルの法に背き、お前の罪状を無効にする。お前の罪は、おれが引き受けよう」


「……

 ……

 ……


 ……

 ……

 ……


 ……

 ……

 ……

 

 ……

 ……

 ……


 ……

 ……

 ……


 ……

 ……

 ……


 ……え?」


 サザは国王の言葉が予期していたものと全く違ったため、咄嗟に意味が理解できなかった。時間をかけて何とか国王の言葉を頭に染み込ませると、青ざめて思わず顔を上げた。


 国王はサザの首から剣を離して鞘に戻し、もう一度玉座に座り直した。


「……どういうことですか?」


「おれには、法を犯したとしても、お前の刑をどうしても、どうしても執行できない出来ない理由があるんだ」


「理由……?」


「それを話す前に、一つお前に見せたいものがある。お前の判決に対する抗議文だ」


 国王は服の内ポケットから一枚の紙を取り出した。


「送り主はアイノ・キルカスだが、実際は内容に同意する国民達の連名だ。イーサの人口の九割にあたる分があったよ。この短期間でよくやったとしか言いようがないな。内容を朗読するよ」


 国王は手に持った紙を広げた。


『イスパハル国軍少佐アイノ・キルカス、そして書面に署名のある全てのイスパハル国民は、イーサ領主夫人、サザ・アトレイドの処遇に対して厳重に抗議します。

 サザ・アトレイドは本件の首謀者であるヴァリス・ルーベルを殺害することで、夫であるイーサ領主ユタカ・アトレイドと息子リヒト・アトレイド、十五人の孤児、ハル・フェーヴの命を救いました。

 彼女の暗殺者としての能力がなければイーサはもとより、イスパハル全土がカーモスの脅威に晒されていました。

 ヴァリス・ルーベルこそが万死に値する卑劣な犯罪者であり、イスパハルを陥れようとするカーモスの密偵でもありました。それを命を懸けて止めた者に極刑に科することは、愚挙以外の何物でもありません。

 また、サザ・アトレイドはイーサの人々の生活の向上にも著しく貢献しています。彼女は多くの民衆が慕っている、この国の未来に必要な人物であり、添付した署名がそれを証明しています。

 この刑が執行される場合、私達は、貴殿はイスパハル王国君主に相応しく無いと判断し、その判決を激しく糾弾します。

 貴殿に対する武力行使を実行し、君主として新たに王子、ユタカ・イスパリアを擁立します。貴殿に国家君主としての賢明な判断を望みます。以上』


「……」


(沢山の人が私を助けようとしてくれてるんだ……)


 サザは多くの人が自分を想い、サザの行いを認めてくれていることがあまりに嬉しく、さっき頑張って堪えたはずの涙が出そうになってしまった。

 でも、最後の方でよく意味の分からない箇所があった。聞き間違いではないはずだが。


(ユタカ・イスパリア王子を擁立……?)


「この方法はユタカ側からできる、お前の死刑を止める唯一の手段だ。要するにアイノは、おれがサザを死刑にするならクーデターを起こしておれの首を取り、ユタカを新しい国王にすると言っている。おれを国王の座から引きずり下ろせば、おれの作った法律は無効になるからだ。もの凄い強硬手段だな。あの心優しいユタカがそんな手に出るのも、ただ一重にお前を助けたい一心なんだろう」


「……」


「実際、アイノが率いてきたイーサの近衛兵と市民兵達は城のすぐ外に来てるらしい。ユタカが人選しているイーサの近衛兵全員が本気で城に攻めてきたら、正直な所かなり厳しい。それに、市民兵が相手ではイスパハルの国軍も無闇に手出し出来ない。これだけの人数の国民が同じ想いを持っているとことも、無視できないな。大体、この裁判の日程は非公開になのに、アイノ達はちゃんとこの時間に来たし抗議文は今朝届いたんだ。腕の立つお前の仲間が諜報しているんだろうな。ユタカ以外にも沢山の人がお前を助けたいと、心から思っているんだ。しかし、イーサと王都で戦えば、イスパハル国民同士で殺し合うことになる。アイノとユタカは戦争に行っている身だから、そんな愚かなこと、本当は絶対やりたくないはずだ」


「でも、そもそも君主になれるのは王族だけでしょう。ユタカを擁立しても意味がないのでは」


「そうだ。問題はそこなんだ。元々、今日はお前はユタカとリヒトと一緒に謁見しに来る予定だったな。今日はユタカの二十五の誕生日だ。その時にきちんと話を固めようと思っていたんだ。ユタカは何か話そうとしていなかったか?」


「ええ。相談があると言っていました。内容は聞いていませんでしたが」


 国王は小さく息をつき、改めてしっかりとサザの目を見て、口を開いた。


「……ユタカ・アトレイドは、おれの息子なんだ」


「………」


 サザは絶句した。国王の息子ということはつまり、イスパハルの王子ということだ。


「そんな……まさか」


 サザにはとても信じられなかった。

 今までのユタカの話や、結婚式での友人の様子、ハルの話や孤児院での子供たちとの接し方など、何を取っても、ユタカが嘘をついているとはとても思えない。そもそも、ユタカは自分の育ちを理由に孤児のサザと結婚し、リヒトを養子にしたのだ。


 場にしばらくの沈黙が流れたのち、サザが口を開いた。


「王子は女王と暗殺されて亡くなったはずでは? ユタカは孤児院の出というのは嘘なのですか?」


「ユタカは嘘をついていた訳では無い。死んだことにしたのも、孤児院に預けたのもおれだ。ユタカはそのことを二十四になるまで知らなかった。サザとユタカが謁見しに来た時の前の夜に初めて伝えたんだ。王族の条件通りにユタカがお前と二十五になるまでに結婚したから、それを機に王子になるかどうか、一年間かけて考えてほしいと」


 確かに、あの時ユタカはかなり疲弊した様子だった。実際に疲れていただけかと思ったが、このことのせいだったのか。しかし、信じられない。


「お前は、赤ん坊のユタカが肩に怪我をしていたのを知っているか?」


「ええ」


 確かに、ハルがそう言っていた。


「それは女王が暗殺者から、ユタカを庇った時にできた傷だ。女王の身体を貫通したナイフの先が触れたんだ。ユタカは軽い怪我で済んだが、女王は即死だった。女王が身を挺して暗殺者を止めたお陰で時間が稼げ、見回りの剣士がユタカを助けられたんだ」


「女王陛下が……」


 ユタカの自分が傷つくことを厭わない優しさは、女王譲りのものだったのだ。

 二人はほんの少しの間しか一緒に暮らせなかったはずだが、女王はその短い間にもきっとユタカに沢山の優しさを注いでいたんだろう。サザは女王の気持ちを思うと胸が締め付けられた。


「でも、ユタカは何故孤児院に行くことになったのですか? あなたの元で育てることも出来たのでは?」


「それはおれの弱さのせいだ。あの時若かったおれは、妻の上に息子まで殺されたら、もう耐えられないと思ったんだ。ユタカはこの国の正統な後継者だが、それ以前に、おれの大切な人が産んだ、たった一人の息子だ。あの時は戦況は良くなかったし、ユタカは赤ん坊だから敵からも格好の餌食になる。ここにいて殺されるくらいなら、おれと関係ないどこかで生き延びて幸せに暮らして欲しいと思って、孤児院に連れてったんだ」


「そうだったんですか……」

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