23.謁見への出発
(ついに、この日が来てしまった)
朝早く、軍服を着たユタカと一緒にサザは馬車に乗った。ついに国王への謁見のため、王宮へ出かけるのだ。
王宮のあるイスパハルの中心、王都トイヴォまではイーサから半日以上かかるので朝早く出る必要があり、外はまだ薄暗い。馬車の前後には馬に乗った警備の近衛兵が前後に二十人程付いている。剣の強いユタカがいることも考えればかなり手厚い警備だ。
謁見はひたすらに気が重かったがどうしようもない。こうなったら粗相の無い様にやるだけだ。
今日の為にサザに用意されたドレスは、ユタカの軍服に合わせた紺色の落ち着いたデザインだ。体に沿った細めのシルエットで、ウェディングドレスと同じように所々に淡い金色の刺繍ですずらんの花が散りばめられている。
これも袖と首元が長いので傷は見えない。
「今日は領主様は馬ではなく、馬車で行かれるんですね」
馬車の中でサザに向かい合って座ったユタカは、背が高いので少し窮屈そうだ。
「ああ、本当は馬に乗る方が好きなんだけど。おれが軍服で馬に乗って隊列を組んでいると道にいる人たちが皆、頭を下げておれ達が通り過ぎるのを待ってないといけなくなるだろ? それが嫌なんだよな」
「あはは……お優しいですね」
「トイヴォに入ったら大人しく馬に乗るよ。陛下にはお前はもっと領主らしくしろと言われてるから」
サザは、ユタカは国王とそんなに砕けた話が出来るのか?と不思議に思ったが、よく考えたらユタカは戦争での活躍ぶりが国王に認められて領主になったのだ。国王とはかなり近いところにいたはずだ。
「陛下とは戦場でずっとご一緒されていたんですか?」
「ああ、戦場ではおれは陛下の直の護衛についていたんだ。おれはカーモスの国王の首を取ったのと護衛の任務の功績が認めてもらえて、戦争の後に領主にしてくれたんだ。他の領主は皆、貴族の出なのに。驚いたけど、おれはイーサの孤児院の出だし、嬉しかったな」
「へえ……確かに、国王とは思えない大胆な采配をされる方ですね」
「賢王」と呼ばれる王アスカらしいエピソードだ。
イスパハルの国王、アスカは国民の支持がとても厚い人物だが、それを確固とした政策がある。それが「平和的目的以外での攻撃魔術の全面的な使用禁止」だ。
太古の昔に今は存在しないエルフと人間の混血により、人間の世界にもたらされたと言い伝えられるのが、この世界の魔術だ。魔術には攻撃魔術と回復魔術の二つがあり、相反する力のため、術者は必ずどちらか一方しか使えない。
魔術は便利な一方で、魔術を使えない一般民衆にとっては望まぬ争いに巻き込まれる不安の方が大きい存在でもある。
魔術によって事故に遭ったり殺されたりする人は多く、長い間イスパハルでの戦争以外での死因のトップだった。また、魔術を使うための絶対条件である「素養」は生まれつきのもので、後天的に手に入れることは絶対にできない。
千人に一人程度と言われる魔術の「素養」を持って生まれると将来はある程度裕福な人生が確定することもあり、魔術が貧しい人と裕福な人の間の溝となっている側面もあった。
その為、国王は戦争終結後、大規模な土木工事や観光のためのショーなどの「平和的目的」以外の攻撃魔術の使用を原則として禁じたのだ。
国王は戦後すぐに、就学する七歳から定年の七十歳のまでの全ての国民の「素養」の有無を調査して国に登録させた。サザも例外なく調査を受けて素養無しと登録されている。
また、魔術は使用すると、周囲に魔力の「痕跡」が残るので、訓練した魔術士なら半径十キロ程度ならどこで使われたか、攻撃か回復魔術かがすぐ分かる。そのため簡単に足がつくので、暗殺に魔術は使えない。魔術があるのに暗殺にナイフや毒殺などの方法が取られるのはそのためだ。
回復魔術は人を脅かす危険がないため禁止の対象外だが、攻撃魔術を扱う魔術士はこの法律によって大半が職を失うことになった。
そこで国王は職を失った攻撃魔術士たちを魔術の「痕跡」を検知する検査官として雇い、国内の各所に配置して、攻撃魔術が事前に申請があった場所以外で使われるとすぐに取締の兵が派遣されるシステムを作っている。
法律が出来た当初は魔術士からの反発が相次いだというが、それより遥かに多くの一般の国民の強い賛同により、国王は圧倒的な支持を得て今に至る。
(国王陛下……話はいくらでも聞くけど、本物は見たことないや。どんな人なんだろ)
サザは窓の外を見ながら、謁見への不安な気持ちを抱えたまま馬車に揺られていた。
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