15.奇襲
森へ入って直ぐはきらきらとした木漏れ日が地面へ落ちていたが、少し進むとすぐに木々の層が厚くなり辺りは薄暗くなった。
あまり人の手が入っていない古い森のようで、地面にはきれいに苔や草が生え、濃密な木々の匂いが立ち込めている。その中ですずらんが所々に咲き、緑の中に美しい白い花を際立たせている。
薄暗い森の中なら怖いような気がするのに、なぜか平穏な気持ちのままでいられる。
「何だか、落ち着くというか、包まれている感じというか。森って不思議な感じのする場所なんですね」
「ああ。イスパハルには古くからの信仰で『死んだ命は森に還る』と言う考え方があるんだ。だから、古い森は先祖や神が住む場所としてずっと大切にされてるんだよ。ここは幸いなことに戦争の影響を受け無かった貴重な森だ。イスパハルの人々にとって森は自分たちの祖先と繋がる大切な場所なんだ」
「へえ……確かに、深い森なのに怖い感じはしないですね。それに木がどれもすごく大きくて、自然の息吹が満ちてる感じがします」
サザは周りの景色を見渡した。良く言えば都会育ちのサザは、こんなに深い森に来たのは初めてだった。
自然の気配に温かく包まれているような不思議な心地よさを感じる。イスパハルの人達が信仰を持つのも分かる気がした。
ユタカがゆっくり歩かせる馬に揺られてサザが周りの景色を見ていると、ふと少し先に倒れている朽木の上に生えた苔のめくれが目に入った。
周囲は綺麗に生えた苔が、そこだけずり落ちて剥げている。
(あそこだけ? 何でだろ)
何かひっかかり、サザは目を凝らす。苔の上に模様の様なものがある。
(これ、人の足跡だ。しかもかなり新しいみたい)
しかし、サザとユタカは誰ともすれ違っていないし、前にも後ろにも人影は無い。
(どういうこと?)
「あの、ちょっと止まってもらえますか?」
「どうかしたか?」
ユタカはサザの言葉に手綱を引いて馬を止めた。サザは集中して周りの気配を察する。
(まずい……油断してた)
近くに人が潜んでいる。しかもかなりの人数だ。
こんな所で隠れているなんて、普通の人のはずがない。明らかにこちらを狙っている。
「……」
サザが気がつくとユタカもすぐに気配を察したようだ。周囲の空気に耳を澄ませながら目を細め、静かに剣を抜いた。
「サザ、かがんでて」
「はい……」
サザは言われた通り、馬に乗ったままユタカの陰に隠れるように身を低くした。
(大丈夫かな……でも、手伝うわけにいかないし)
組織で五歳から暗殺をさせられていたサザは、戦闘の職歴ならユタカよりも長いはずだ。手伝える状況なら喜んで加勢したかったが、それができないことがもどかしかった。
沈黙の中で遠く、鳥の声と木々のざわめきが続く。ユタカが息を深く吸って、吐いた。
突如、後ろから木が揺れる音がした。
背後の木から飛び降りた男が、真後ろの頭上からナイフでユタカに切りかかってきた。
(避けられない!?)
ユタカが瞬時に体をひねりながら剣を掲げるように振り上げると、サザの頭のすぐ上で剣と剣が激しくぶつかり合う。
体勢を崩して地面に転げた男を、ユタカは馬から飛び降りながら切りつけると、男は悲鳴を上げて動かなくなった。
(今の攻撃、真後ろから来たのに。相手の攻撃を完全に読んでるんだ)
サザは今のユタカの動きを見て直感した。
この人には、剣士としての体格の恵まれなさを充分に補完できるだけの、高い技術があるのだ。
サザは畏怖の念に思わず唾を飲んだ。
(私はこの人を、見縊り過ぎていたな……)
それを合図とするように、一斉に木の陰や上から踊り出てきた者達がこちらに向かってきた。十人はいる。
皆、短剣を手にして黒っぽい服装をしている。剣士ではない。暗殺者だ。
「サザ、逃げて」
ユタカがこちらを振り向かずに言った。
「え……」
「馬に乗れるだろ! そのまま行くんだ!」
襲いかかってきた暗殺者を斬り返しながら、ユタカが叫ぶ。
「でも、領主様は……」
サザが言いかけた瞬間、遠くにいた暗殺者がサザに向かってナイフを投げつけてきた。
(危ない!)
サザは自分で避けられるので咄嗟に馬の上で身体をそらしたが、そうとは知らないユタカは、剣を上に振ってサザに向けて投げられたナイフを弾き落とした。
しかし、そのせいでユタカに向かって切り掛かってきた別の敵を避けきれない。
「領主様!」
敵のナイフがユタカの肩に届き、傷から血が跳ねた。
「……っ」
ユタカは顔をしかめると、切り掛かってきた暗殺者を正面に蹴り飛ばし、剣で突くようにして斬り捨てた。
「いいから! 早く!!」
「……はい」
(ここに私がいると領主様は私を守ろうして隙が出来てしまう)
サザはユタカに言われたままに馬を振り向かせ、森の中を駆け出した。
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