12.二人きりの外出
カーテンの隙間から差し込む光と鳥の声にサザはうっすらと目を開けた。
傍のユタカはこちらに背を向けているがまだ寝ているようだ。
(朝になったら何を最初にやるのか聞いておけばよかったな)
サザはベッドから起き出そうとして毛布をめくり、そこで昨日の夜のことを思い出した。
(う、わああああああああああ!)
真っ赤になって瞬時に青ざめたサザは毛布をもう一度頭から被ると、記憶を巡らす。
(そう言えば昨日、結局どうなったんだっけ……?)
ユタカが背中を擦ってくれた所までは覚えている。その先が分からない。
恐らく、気持ちが落ち着いたサザは馬車の疲れもあり、そのまま眠ってしまったのだ。
気が付かない間に何かされたかと思い身体を確かめたが、ネグリジェはきちんと着ていた。身体に襲われたような形跡は無く、本当にただ寝ただけだったようである。
ユタカはまだ隣で寝息をたてている。
サザは改めて、そっとユタカの顔を覗きこんでみた。
ユタカはサザよりも三才年上だが、整った顔立ちのどこかにあどけなさが残るような人懐こい雰囲気があり、寝ていると何だか少年の様にさえ見えた。
少し横を向いた寝顔は黒い前髪が流れて額が露わになり、何だかそれだけですごく無防備な感じがする。
(この人は、いい人だな)
サザはこれから続く結婚生活への不安は大きいままだったが、ユタカのことは嫌いではないと素直に思った。
サザはユタカを起こさないようにそっとベッドから起き出し、クローゼットを開けて服を見た。
(……困ったな)
クローゼットには上等なブラウスやワンピースが揃えられていたが、どれも襟ぐりが開いているか半袖か七分袖しか無い。
特に変わったデザインという訳ではなく領主婦人の着る服としては普通なのだろうが、これでは背中や腕の傷が見えてしまいそうだ。サザは身体の傷のせいで、普段は首が詰まった長袖の服しか着ないのだ。
サザはクローゼットの中を探し、ワイン色の薄いショールを見つけた。大ぶりのレースがひらひらした白いブラウスと紅色のフレアスカート着て、ショールを肩にかける。とりあえず今日はこれを着るとして、明日から着る服はどうにか調達できるだろうか。
そっと部屋を出て階下に降りると、ローラが朝食の準備をしてくれていた。
「奥様、おはようございます」
「おはようございます。何か手伝うことはありますか?」
「まあ、手伝うなんて! 奥様はそちらにおかけになっていて下さい! 何もしなくて大丈夫ですよ!」
「あ、はい……」
準備をせずに朝食が出てくる日々に慣れた自分が、いつかの未来に存在するのかと思うと、まだサザは途方もない気持ちになってしまう。
席に着くも何だか落ち着かず、もじもじと手持ち無沙汰にしていると暫くしてユタカも起きてきた。昨日と同じような綿のシャツとズボンの上下だ。
「おはよ……寝れた?」
ユタカは席につき、あくびをしながら言った。
「はい。おかげさまで。昨日はすみませんでした」
「いいよ。おれも急に聞いて悪かったよ。気にしないで」
サザは昨夜の出来事を思い出して物凄く気まずかったが、ユタカは微笑んで言った。
「領主様、奥様、朝食をお持ちしました」
ユタカが席に着くと、ローラと若いメイドが粥とあたたかいお茶を準備してくれた。
「それ、寒いのか? 大丈夫?」
ユタカが、サザの肩のショールを指して言った。
「あ、いえ。そうではなくて。私、長袖で首が詰まった服しか着れないので……」
ユタカは一瞬不思議そうな顔をしたが、サザの意味ありげな様子を見てすぐに察したようだ。
「そうか……気がつかなくてごめんな。今日は領地を案内したいと思ってるから、町に行った時に服屋で見てみよう」
「ありがとうございます」
「朝食が終わったら馬で出かけよう。馬は乗ったことある?」
「ええ。あります」
「良かった。慣れてないと一日中乗るのは大変だからな」
朝食を取りながら話していると、若い近衛兵二人がユタカのところに来た。剣術の技を少しだけ見てくれないかと頼んでいるようだ。
普通はそんなこと領主に直接頼めないだろうから、ユタカの人柄によるのだろう。
「ちょっとあいつらの様子見てくるから、先に馬のところに行っててくれるか? 城を出た中庭の奥に馬小屋があって、その前に馬が出してあるはずだから」
「分かりました」
サザはユタカを見送り、お茶を飲むとローラに朝食のお礼を言って、自分も中庭に出てみた。
―
イーサはサザの住んでいた王都トイヴォより大分北にあるせいか、終わりかけた夏の暑さが残っていたトイヴォよりも大分涼しく感じる。
日差しは柔らかく風は爽やかで心地よいが、馬で駆けたら少し寒いかもしれない。サザはショールだけで来てしまったことを気にしつつ、ユタカに聞いた馬小屋を目指す。
演習場からの
聞いたとおりに馬小屋の前に、美しい焦茶の毛並みを光らせた馬が一頭出してある。初対面のサザが近づいても落ち着いている。若そうだし、いい馬だ。
(一頭しかいないけど、私はこの子に乗ればいいのかな?)
とりあえずとサザは鞍に手をかけて飛び上がって馬に乗ると、手綱を握って歩かせた。中庭をぐるぐる回ってみる。よく言うことを聞いてくれるので何とかなりそうだ。
しばらく馬を歩かせていると、演習場の方からユタカがこちらへ歩いて来るのが見えた。
ユタカはシャツの上にフェルトのジャケットを羽織っており、同じような服を手にもう一つ持っていた。鮮やかな青い地に袖と裾に赤い糸で刺繍が入っている。男性用としては珍しく感じる色合いだが、昨日馬車から見た町の男性も同じ様な服を着ていた。恐らくイーサの民族衣装なのだろう。
しかし、ユタカは領主だし、まだイスパハル国軍に籍もあるはずだから、本来なら常に軍服を着ていないといけない筈だ。良いのだろうか。
今日はさすがに帯剣していたので、サザは密かに安堵した。少し驚いている様子だ。
(どうしたんだろう?)
ユタカはサザの乗った馬の直ぐ側まで来ると、こちらを見上げて片方の眉を上げて訝しげに言った。
「サザは一人で馬に乗れるのか?」
「あっ……」
(や、やってしまった……!!)
一般的に、女は一人で馬に乗れない。何故なら女が馬で一人で出かけるような場所はそう無いし、必要なら男が一緒に乗せてくれるからだ。馬に乗れる女は軍人や行商人、そして暗殺者など、特殊な職を持つ人だ。
サザは馬に乗れるものだから当然自分で手綱を握るとばかり思って、何の気なしに乗ってしまった。
「え、えーと……馬が好きなので……」
「へえ。どうせ仕事で使うから、乗れる様になってもらうつもりだったし丁度いいや」
「そ、そうですか……」
(危なかった……この人で良かったな)
酷い言い訳だと思ったが、ユタカはさして気に留めていない様子だ。
しかし馬に乗るのが必須というと、城の見回りか近衛兵にでも入れられるのだろうか。何でもやる気はあるが、思ったより人使いが荒そうだ。
「サザが一人で乗れると分かっていたらもう一頭準備したんだけどな。悪いけど、今日は良い馬がみんな出払っててこいつしかいないから、おれと一緒に乗ってもらってもいいか?」
「え、ええ! もちろんです!」
ユタカは馬上のサザの後ろに飛び乗ると、後ろから手に持っていた上着をばさ、とサザの肩にかけた。ユタカが着ているのと同じデザインだ。
「ローラが多分肌寒いから渡しといてって」
「あ、ありがとうございます」
ユタカが着ている上着とお揃いなのはローラの意図なのだろうなと思いつつ、実際に少し寒かったサザは素直に袖を通す。
ユタカはサザから手綱を取って城を出た。
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