アラタカとソウガ

はやぶさみや (第一王子アラタカ皇居) 】


「くそっ……! どうしてこんなことに……」


 アラタカはほんの数刻前までは予想だにしていなかった現状になげく。

 そこに斥候せっこうへ出ていた兵が報告に訪れた。


「ご報告いたしますっ! 突如とつじょ進軍を開始したサザキ第二王子軍の奇襲に対し我が軍も必死の抵抗を試みましたが、すでに屋敷外の警備はほぼ壊滅状態……屋敷への侵入を許すのを時間の問題かと……」


 思った通りに……否、それ以上に状況はかんばしくない。

 徐々に迫りくる聞こえるときの声に焦りを覚えながら、アラタカは斥候の兵に問いかけた。


「ソウガはまだ戻らないのか?」


 アラタカからの問いに兵は静かに首を横に振った。

 ソウガは単身でサザキ第二王子の側近――ヨズクとの折衝せっしょうに向かったまままだ戻らない。

 何の前触れもなくサザキの兵隊が襲ってきたことから考えると、ソウガの身が無事である可能性は限りなく低いだろう。

 アラタカは斥候の兵を下がらせると一人になった部屋でうなだれる。


「カラスマならともかく……まさかサザキが急にこんな野蛮やばんな手を打ってくるとはっ……!」


 己の想定の甘さにアラタカは歯噛みする。

 そんな彼の耳に聞き覚えのある声が届く。


「ずいぶんと参っているようだな、アラタカ」


 はっと顔を起こすアラタカ。


「ソウガ……! 無事だったのか」


 そこには最も信頼する幼馴染おさななじみの顔があった。


「よく戻ってきてくれた。

 さっそくで悪いが今すぐ兵たちの指揮に回ってもらえるか?」


 アラタカは興奮しながら立ち上がりソウガの元へ駆け寄る――次の瞬間!

 ソウガの腰から抜き放たれた白刃しらはがアラタカの頬をかすめた!!

 

「ソウガ……お前、いったい何を……!?」

「そんなに不思議か? 俺がお前を殺そうとすることが……妹を殺したお前を!!」


 ソウガは憎しみに満ちた目でアラタカを――妹のかたきにらみつける。

 それに対しアラタカは何も言い返すことはできない。できるはずもなかった。


「ずっと待っていた。お前を確実に殺すことができる時をな。

 カナトビ王の死は俺にとっては絶好の好機だったよ」

「ソウガ……まさかサザキの軍が急に襲ってきたのも……お前が?」


 ソウガはニヤリと口の端を歪める。


「ああ。サザキ王子の側近は話の分かる男だったよ」

「そうか。あのサザキがこんな無茶な挙兵を許すわけがない……それで側近の方を懐柔かいじゅうしたってことか」

「ここの警備も何もかも俺は完全に把握はあくしている。

 俺自身が配備したのだから当然だがな。助けは期待できんぞ」


 ソウガは突き出していた刃先を引き寄せ構えなおす。


「抜け、アラタカ。今こそ俺はノウの仇を討つ……!」

「…………」


 アラタカは沈黙のままに腰の剣を抜く。

 相対する二人の構えは鏡写しのようにそっくりだった。

 幼少の頃から共に過ごしてきたアラタカとソウガ――剣の手ほどきも同じ師から受けておりお互いの手の内も知り尽くしている。


「いくぞっ!」


 はじめに斬りかかってきたのはソウガ。

 渾身こんしんの振り下ろしをアラタカは受け太刀で応じる。

 剣を通じて伝わってくるソウガの気迫に押されアラタカは一歩後ずさった。


「どうした、アラタカ? こんなときでも道化を演じるか!?」

「くっ……!」


 稽古けいこにおける二人の戦績せんせきではアラタカが勝っていた。

 しかし、それはノウヒメがいなくなる前までの話。

 あの事件以降『大うつけ』としてふるまうようになったアラタカは、稽古でも露骨ろこつに手を抜くようになり、そんなアラタカにソウガが相手をすることも次第になくなっていった。


 じりじりと後退を続け、ついに壁際まで追い込まれるアラタカ。

 そんなアラタカに対しての苛立いらだちを隠すこともなくソウガは叫ぶ。


「いい加減にしろっ! お前を殺すだけならいつでもできた。

 わざわざこんな舞台を用意したのは、すべてお前を本気にさせるためなんだぞ!!」

「なっ……! まさか……それだけのために……こんな大勢の人間を巻き込んだっていうのか?

 お前……そこまでノウのことを――」

「あいつの名を口にするなっ!」


 ソウガはアラタカの腹を思い切りり飛ばす。

 痛みに悶絶もんぜつしアラタカはその場にうずくまった。

 ソウガはアラタカを見下ろしながら静かに怒りをぶつける。


「立て、アラタカ……。本気のお前を引き出しそれを斬る。

 あの日から……それだけが俺のすべてだ。

 そのためなら周りの人間がどれだけ死のうが知ったことかっ……!」

「はっ……はっ……!」


 アラタカは激しい動悸どうきを必死で抑えながら立ち上がる。

 それからどうにか構えを取るものの、体の震えが剣先まで伝わっている。


「……何だ? そのざまは!!!」


 跳躍ちょうやくしながらの横薙よこなぎで斬りかかってくるソウガ。

 先程よりも何の手応えもなくアラタカの体は再度、部屋の壁に叩きつけられる。

 自分のせいでソウガをここまで追い込んでしまったことによる動揺が、アラタカの動きを鈍らせていた。


 アラタカが立ち上がり構えを取るのを待ってからソウガは斬りかかる。

 しかしアラタカの形だけの臨戦態勢は一撃で崩れ、壁に、地面に、何度も叩きつけられる。

 そんな一方的な攻勢がついに二桁ふたけたに達したとき――とうとうソウガはアラタカの本気を引き出すことをあきらめた。

 今度はアラタカが立つのを待たず、その頭の上に高々と剣をかかげた。


「もういい。それがお前の底だというのなら、こんな男に妹は殺されたというのなら、今すぐ引導いんどうを渡すまでだ!」


 アラタカの命を絶つべきまっすぐに振り下ろされた白刃――そのとき、それを阻む影が現れた!


「スザク殿……!」


 間一髪かんいっぱつ、己の命を救った影の名前を呼ぶアラタカ。

 スザクは無言のまま目前の敵に相対する。

 ソウガはそれからしばしスザクとのつば迫り合いを続ける――がすぐに互いの力量差をさとり剣を引いた。


「さすがに王国最強の戦士が相手では勝ち目がないか……」


 納刀しながら背を向けるソウガをスザクは追い打ちすることもなく、しかし警戒を解くことなく見据みすえる。

 ソウガは振り向きざま、スザクの足元でうずくまったままのアラタカに別離べつりの言葉を残した。


「この場はいったん退いてやろう。だが忘れるな、アラタカ。

 お前だけは俺のこの手で殺してやる……!」


 遠ざかっていくソウガの足音が完全に消えてようやく、アラタカの体は金縛りから解かれたかのように自由になった。

 立ち上がってスザクへの礼を口にする。


「すまない……スザク殿。助かった。

 それにしても、よくここまで入ってこられたな」


 アラタカの疑問に答えるべくスザクはその重い口を開く。


はやぶさみやの警備を確認しているとき、不自然に手薄てうすな場所を見つけてな。念のため我が軍からの増兵を指示していた。

 増兵のおかげでどうにか敵の進軍を食い止めていたそこを起点に、何とかここへ戻って来られた」

「そうか……その場所ってのはソウガが攻めやすいように細工していたんだろうな。

 スザク殿の存在はあいつも想定外だったわけか」


 結果的に、ソウガに無断でヒバリヒメをかくまったアラタカの判断が、自身の命を救うことにつながっていた。

 スザクはそのままの流れで現状の説明を続ける。


「屋敷内の敵はあらかた片づけた……。

 だが屋敷の外はすでに完全に包囲されている。逃げ道はない」


 スザクからの絶望的ともいえる発言を、しかしアラタカは心中で否定した。

 

 ――いや逃げ道は……ある。


 それからアラタカは今の自分にできることを考える。

 もちろんアラタカ個人として『やりたいこと』はソウガとの決着をつけることだ。

 だがその前に、この国の第一王子として『やるべきこと』がアラタカにはあった。

 

「スザク殿。全軍の指揮をあんたに任せる。できるだけ時間をかせいでくれ」

「承知した。しかし我が軍を足したとしても兵数が違い過ぎる。

 籠城ろうじょうしてもいずれは攻め込まれるぞ」

「大丈夫だ。時間さえ稼いでもらえれば、その間に……」


 この国の第一王子として真っ先にやるべきこと――それは。

 

「オレが必ずサザキに兵を退かせてみせる」

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