第51話 たまには別視点で02


「くあ」


 欠伸をしました。


 私こと『司馬ルリ』……ならぬ『司馬ラピス』はウェストミンスターと呼ばれるチャイムの音で眼を覚まします。


 ぶっちゃけ私にしてみれば高等教育は時代後れです。


 世界全図を演算できるのに、高校で授業を受ける意味が分からない。


 …………言いませんけども。


 偏に私が学院にいるのは、大好きな人の傍に居るため。


 ソレ以外は無価値と断じて、相違ございません。


「ラピス」


 兄さんが声をかけてくれます。


 それだけで鼓動が脈打ちました。


 乙女を刺激するイケメンボイス。


 キュンキュンして濡れてしまいます。


 具体的に何処か……は黙秘ということで。


「なんですか?」


「食事にしよ」


「ええ」


 喜んで。


 そこにビッチと妥協案も混じります。


 いいんですけどね。


「陛下。陛下」


 アートも混じります。


 先の転校生。


 銀髪の美少女。


 シルバーマン財閥の御令嬢。


 ――彼女に託せばあるいは。


 そうも思いますけど面白くないのも事実。


 まったく私という人間は。


 自嘲してしまいます。


 結局、兄さんが大好きで、ブラコン拗らせてる一介の乙女なのでしょう。


 兄さんが格好良すぎるのが難点。


 その兄さんが、穏やかな視線を此方に向けます。


 至福。


「ラピスは何を食べる?」


「ヅケ丼ですね」


「あー、じゃあ僕も」


 光栄です。


 本当に兄さんは素敵です。


 ――格好良くて優しくて――盲目にして一直線で――なのに何処か危うい色彩の瞳。


 この憂き世の何よりも輝かしい愛の虹彩は……ただそれだけであるだけで簡単に私を魅了し能いまして。


 アンバランスさが素敵。


 こんなにも乙女も惑わせる。


 輝く貌の司馬軽木。


 レジで会計して席を取ります。


 テーブルの上のヅケ丼。


「いただきます」


 一拍。


 そして食事。


 まぁまぁ。


 学食にしては美味しい方。


 兄さんの手料理が一番ですけど我慢。


 朝と夜に食べられるだけでも良しとしましょう。


「閣下はマグロスキー?」


 これはアート。


「ええ」


 頷く私。


 日本人なら当然です。


 というより日本の文化が流出したせいで、「マグロは生が美味い」と世界にバレてしまい、生食文化が世界中に広がったのは、「なんだかなぁ」との意見。


 大量に獲られるマグロこそ良い面の皮でしょう。


 ヅケ丼もしゃもしゃ。


 うん。


 まぁまぁ。


 さすがに市場そのままではないので仕方ないですけど、値段相応のコストパフォーマンスはあります。


「臣国は増えない?」


「ええ」


 テロリストからの打診は来ますけど。


 あと革命家。


「国を興した暁には臣国になる」


 と。


 論ずるに値しませんけども。


 テロリスト……と云う意味では現時点ではこちらがそうなのでしょうけど、政治的要求についてはあまりに背景が違います。


 別に世界征服を第一義とはしません。


 私の目的は兄さんへの贖罪とご奉公。


 あらゆる全てが兄さんを中心に回るように調整するだけ。


 兄さんの望むことを叶えるためだけの私です。


 つまり前提が違う。


 ――閑話休題。


 この場合の国際力学は単純でしょう。


 食の米国とエネルギーの王国。


 どちらを取るかの問題です。


「いっそのこと米国を滅ぼしましょうか?」


 ぼんやり呟きました。


「滅ぼすのん?」


 兄さんが冷や汗。


「ガッツです」


 アートはノリノリでした。


 米国覇権を快く思っていないのは欧財閥でしょうしね。


「ガチ?」


 ビッチが胡乱げな瞳。


「今のところは空想の範囲内ですけど」


 肩をすくめます。


 別にやっても良いんですけど、そうなるとスラム街住人が一斉蜂起しそうで恐くもあります。


 いい加減に、米国の貧富の落差は、その内肝臓癌になるんじゃなかろうかと思案する私でも在り申して。


 南無三。


 基本的に階級社会より酷い貧富の落差が米国にはありますから。


 制度化されているか……あるいはいないかの違いでしかありません。


 悪いとは言いませんけどね。


 さりとて……武力が崩壊すれば軍隊と貧民とがぶつかって、どちらが勝つかは予想できません。


 結果を問えば自業自得ですけど、過程で多くの人が死ぬでしょう。


 そこを考えれば臆病にもなります。


「閣下のおやーくにたちたーです」


「時が来たら働いて貰いますよ」


 他に言い様もないんですけどね。


 それにしてもふむ……。


 この場合の英財閥の後ろ盾は、ある種の有利に働くのでしょうか?


 それとも利用されるだけされて終わりでしょうか?


「大丈夫?」


 兄さんが心配げにこっちの瞳を覗きます。


 困惑と言うには慈しみに富み、思案と言うには愛しさに溢れる眼は……それこそ乙女の欲するところの究極系で。


 ん! もう! 兄さん素敵すぎ!

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