第38話 体育祭なんてやってる場合か01


「いかにせむ山の青葉になるままに遠ざかりゆく花の姿を」


 初夏の訪れ。


 一学期の中間テストより少し前。


 日差しが強かさを覚える頃。


「じゃあリレー選手を……」


 黄時学院は体育祭に向けて準備を始めていた。


 政治的に混乱の最中ではあっても、基本的に、「どうしようもない」が前提にあるので、国際議論は遅々として進まない。


 中には、「日本政府の国民監督不行き届き」なんて非難する国もあったけれど、責任の転嫁という意味で間違っている。


 一応日本人ではあるし、戸籍もそのままなので国民ではある。


 けれど一番被害を被っているのは日本政府のはずだ。


 日本政府にしてみれば頭痛の種でしょ。


 撒いたのはラピスで、間接的に僕。


 とはいえ保障も出来ないわけで。


 未来人の侵略はこの際、諦めて貰うより他に無し。


 その張本人は教室に居ない。


 ロングホームルームで体育祭の種目決めと役割分担を委員長が進行しているのだけど、「そもそも私や兄さんが出ると話がややこしくなりますので」という鶴の一声で不参加が決まった。


 うーん。マジョリティコンプレックス。


「…………世界覇王陛下」


 などと遠慮されたら楽しい体育祭に水を差す。


 完全に自業自得だけど、事実なので僕とラピスは不参加。


 四谷と久遠は朋友として扱われ、一応参加。


 しばらく「あーだこーだ」と議論が続く。


 たしかに学院のイベントは生徒にとっての娯楽の一種ではある。


「くあ」


 初夏の頃は春風と夏の声が響く。


「いいのかなぁコレで」


 地球激震の瞬間にあって、黄時学院は粛々と祭りの準備……いやこれで「自重します」はこっちの心が痛くなるので良いかもしれない。


 そりゃいっぱしの教育機関なので勉学も文化も給料の内ではあるんだけどね。


「平和だなぁ」


 色々と陰謀も渦巻く。


 ヒットマンに狙われたり、毒物仕込まれたり。


 無病息災。


 どういうシステムかは聞いてないけど、途方もない防御力。


 なお敵に回すのも恐ろしい攻撃力。


 その極北を並列して極めているのだから手に負えない。


 我が家の妹は魔王にございます。


 覇王が言っても説得力ないけど。


「こんなことしてていいのかな?」


 ふと思う。


 何事も平和が一番。


 少し前に両親が亡くなったというのに、昔日の思いはどこへやら。


 金銭授受の問題で、学費はフォローされたけど。


「それ以上にラピスの天真爛漫さよ」


 元気いっぱいの暴走妹が居てくれるおかげで僕と……そしてそれ以上に異相同一存在ルリの調子がポジティブになる。


 ルリズムとしては歓迎すべき。


 可愛い妹が一人増えたとなれば、そりゃ兄として歓迎すべき事で……だからこそちょっと憂慮の一つもする。


「じゃあ二人三脚ですけど……」


 司会進行。


 平和裏に種目が埋まっていく。


 ホケッと。


 モラトリアム人間だろうか?


 世界覇王として一言告げればラピスは即座に世界を破壊するだろう。


 地獄の黙示録な妹さん。


「では次に看板のイラストを担当する人を……」


 その当事者が何処で何をしているのだか。


 思ってどうなるものでもありませんが。


「ま、いいか」


 とりあえずは目の前の献立から。


 体育祭は参加しないけど、応援くらいは出来る。


 準備の方も少しは役に立つだろう。


 希に生徒の視線が痛いけど。


 無明。


「司馬」


「はあ」


 ホームルーム後。


 久遠が声をかけてきた。


「司馬さんは?」


「知らないけど不安は煽るよね」


「だな」


 苦笑された。


 まず久遠はラピスの姿勢に深い理解を示している模様。


 こう言うときは親友の機転の効き方に助けられる。


 何せラピスは、居ても居なくても精神的に疲労する。


 ラピスが善意百パーセントなのは重々承知で。


「お前も参加すれば良かったのに」


「応援くらいはするよ」


「二人三脚で四谷と出ると面白いだろうに」


 くっくと笑われた。


 ――いったい何が?


「結局……か」


「?」


「大丈夫か?」


「息災だよ」


「いや、まぁ、そうだけどよ」


「久遠には別に映る?」


「前向きになれるのは良い事だ。あんなことがあったなら尚更な」


「久遠グループとしては王国についてどういうスタンス?」


「技術解析を依頼したいとかなんとか」


「日本企業では力のある方だけど、それは刺激しないかな?」


「だよな~」


 久遠も同意見の御様子。


 社長の子どもも大変だ。

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