第21話

「他になにか南さんに言ってはりましたか? 悩み相談みたいな」

「みんなと上手く喋れてるかなって、心配してたかなぁ。口下手だし、相手に気を使われてないかなって」

「でも皆さんと上手くやっていたんですよね」

「そうです。だから気にすることないって。……でも、半年ほど前かな……? トリプレッタさんとの関係が、少しおかしかったように感じましたね」

「どのようにおかしかったんです」

「言葉でどう伝えたらいいんでしょう。なんていうか、ぎくしゃくしていたというか、喧嘩していたわけじゃないと思うんですけどね。今はそんなことありませんよ? でもあれは私の気のせいだったのかしら……」

 南は最後の言葉を弱々しく言った。


 針枝治と、高崎竜也とのあいだに問題でもあったのだろうか? フレンドたちが原因を知らないとすると、二人だけでプレイしていた時に起こったのか? 南の言うように、気のせいとも考えられる。


 内海は言った。

「針枝さんはツイッターで鍵アカウントを持ってたんですが、もしかしてフォローしてたりしません?」

「ごめんなさい、してないです。でも鍵アカのことは知ってますよ」

「え、そうなんですか」

「はい、アカウント名も聞きました」

「ほ、ほんまですか!? 教えてもらっても……」

「名前は、尖った蜂というらしいです。漢字です」

「尖った蜂、尖った蜂……」

 おれは口には出さず、心の中でその名前を反芻していた。

「ツイッターの話をしていて、流れで鍵アカがあることや名前も教えてくれましたね。鍵アカだから、流石にフォローするねとは言えませんでしたから、見れないんですよ……すいません……」

 南は小さな画面の中で体を小さくし、頭を下げた。内海は慌てて両手を振った。


「いえいえ、そんな。これを聞けただけでも大収穫ですわ、ありがとうございます」

「そうですか? それなら良かったですけど」

「めちゃくちゃ助かりましたわ!」

 内海は元気よく笑顔で言うと、

「それで南さん、二十日の夜に針枝さんはいなくなったんですが、その夜はゲームをしていましたよね」

「はい」

「途中で娘さんがぐずり出したんですよね?」

「そうなんですよぉ。十時四十五分頃でした、娘がやってきて、途中で抜けさせてもらい寝かしつけたんです。やっと眠ってくれたのが、十時四十五分頃でして、ゲームを再開したんですがまたぐずり出してえ。それでゲームをやめてしまったんです」

 南にうんざりしている様子はなく、むしろ喜ばしそうに話している。娘が可愛いのだろう。言言うなればこれは母親の惚気けだ。

「娘さんはお幾つなんですか?」

 とおれは尋ねた。

「六歳です。今年の四月から小学校なんですけどね〜、甘えん坊で」

「可愛いじゃないですか」

「でも子育ては疲れますよ。私、パートも出てるんですけど、余計に疲れますし。旦那も仕事ばかりだし――」

 南ははっとして、顔を赤らめた。

「ごめんなさい、愚痴みたいなこと言っちゃって」

「構いませんよ、そんなこと。そら疲れますわね」

 と内海は苦い顔をし同情するように言った。

「パートってどこへ?」

「近所のスーパーに行ってるんです」

「それは車で?」

「いえ、自転車です。免許も持ってませんから」

「ああ、そうなんですか。自転車っていうのも大変やなぁ」

 内海は上手に聞き出した。南は免許を持っていない。嘘ではさすがにないだろう。時間はかなりかかるが、九州からこちらまで車で来ることは可能なため、免許の確認は必要だった。


 その時、南の背後に映っている扉が開いた。小さな女の子が声を上げ泣きながら、部屋に入ってきた。南菜々香の娘であろう。


 南は後ろを振り返ると、

「どうしたの風香(ふうか)?」

「おかあーさーん、ゴキブリがぁ出たのぉ」

 風香は口を大きく開け泣いており、盛り上がった頬に幾つもの涙が伝っていった。

 ゴキブリだって? それはいけない。あいつらは凶悪だ。去年の夏、そう、あれは蒸し暑かった午後……あろうことかおれの顔にゴキブリが飛び乗った。おれの視界は歪み、数秒間は意識を失っていた。甘く見てはならない、あの黒い虫におれは殺されかけた。あいつらは人を殺すのだ。


「ゴキブリ? そんなの叩いたらいいじゃない」

「やだっーこわいからあぁ!」

 南はこちらに向くと、

「すいません、このへんで大丈夫ですか? 娘が泣いちゃって……」

「ええ、構いません構いません。なんかあったらまた連絡させてもらいますから」

「すいません、失礼します」

「ありがとうございました」

 通話が終わり、モニターには通話時間が映し出されていた。

 内海は背もたれに体を預けると、ぐっと伸びをした。そうしてくすりと笑い、

「ゴキブリやってさ、ぶっさん。可愛いいやっちゃなぁ」

 内海は笑っていたが、おれは脅迫されても笑えない。あいつらは人を殺し、そしてその肉を食らうのだ。古来から人間は蹂躙されてきた。甘く見てはいけない。

 おれはごくりと固唾を飲んだ。

 ――後ろ……そう、後ろだ……。後ろに、何者かの気配が……。

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