第20話

 事務所に帰ってくると、おれたちはすぐさまソファーに座り込んだ。くたくただった、体が重い。

 内海も疲れた疲れたともらしている。だがおれの方が疲れている。疲れている勝負をすれば俺に軍配が上がる。おれが一番だ。内海は助手席に座っておくだけでいいが、おれはずっとハンドルを握り運転をしていた。帰り道、内海が眠っていたのをおれは知っている。起こすという非道な真似をしなかったおれは、凄まじく優しい。だから一番。

 インスタントのコーヒーを入れ、縁側に座っている老人のようにおれたちは啜っていた。今日はまだ、nanana!!――南菜々香から話を聞かなければならないが、時間に余裕はある。


 内海はマグカップを口から離すと、事務所を見渡した。

「下別府のマンションと比べたら犬の寝床やで、ここ」

「悲しくなるようなこと言うな。お前の事務所でお前の名前がついてるんだぞ」

「ぶっさんがアコギのことを訊くからやんけ」

「き、気になったんだから仕方だろ……」

 おれたちはコーヒーを飲みながら、肩を落とした。


 それからしばらくして、南菜々香と通話できる用意をした。パソコンでビデオ通話することになっている。ノートパソコンをテーブルの上で開き、マイク付きのWEDカメラを装着すると、おれと内海は隣同士、ソファーに座った。

 コールしてみると、すぐに反応があった。パソコンの前で待機してくれていたのだろう。

 モニターには、三十代中頃の女性がいた。長い髪は後ろでくぐり、垂れている前髪は右へ流している。痩せ型であり、背も小さそうだ。化粧っ気がないからか、素朴な顔立ちをしているように見える。緊張しているらしく、顔が強ばっていた。


「南さん、すんませんわ、お忙しいところ」

 内海はぺこりと頭を下げ、申し訳なさそうに言った。

「この時間帯は夕食の用意とかで忙しいでしょ?」

「ええまあ、そうですね。ですのであまり長くは……」

「わかってます、わかってます。すぐ済ませますから」

 内海が破顔すると、南も表情を崩した。緊張は解れている。

「ちなみに南さん、夕食はなんなんですー?」

「今日は娘が好きなオムライスをしようかと」

「うわ、めっちゃ食べたいわっ! オムライスなんて長らく食ってないもんな〜、ええなあ!」

 わんぱく小僧のような内海に、南は気を良くし笑みをこぼしている。失礼な物言いをすることはあるが、内海はコミュニケーション能力に長けているのだ。以前、コツを聞いたことがあるが、そんなものはないと言われた。内海は素の自分で接しているのだ。それ故、失礼もする。


「トガリバチさん、心配ですね……」

 と南は眉を曇らせ言った。

「ええ、全力で調査してるんですけどね……」

「行方不明なんですよね? 会長さんから聞いた時は、びっくりしちゃって……」

「会長?」

 とおれは言った。

「あれ、会長さんの依頼でトガリバチさんの行方を探してるんですよね?」

 つまり『会長』というのはプレイヤー名で、針枝利信組長のことである。会長とは……組長からランクが上がっているではないか。

「その会長さんのことを、針枝さん……トガリバチさんはなにか言ってましたか」

 内海はわざわざ会長を強調して言った。

「いえ、特には。会長さんとはリアルの知り合いなのよね?」

 モニターにノイズが走り、次の瞬間には南は首を傾げていた。

「ええ、そうみたいですね」

「知り合いってこともあって、あまり会長さんのことは話してなかったですね……」

 ただの知り合いではなく父親なのだから、話題に出さなくとも不自然ではない。一緒にゲームをプレイするが、照れがないわけではない。


「トガリバチさん……いえ、針枝さんは、けっこう色々な話を私にしてくれんですけどね」

「じゃあ親のことについて、なにか言ってましたか?」

「――ええっと」

 妙な間があった。南の表情は強ばり、態度にも落ち着きがない。内海は目を細めすべての動作を見逃さなかった。南がなにかを隠している、もしくは躊躇っていることは明白だ。


「どうましたした? なにかあったんです?」

 南は目を落とし、何度も目蓋をしばたたかせ、歯の隙間からスゥッーと息を吸い込むと、

「探偵さんはたちは知ってますよね……トガリバチさんの父親が、暴力団だってことを……」

「知ってますよ。会っても来ましたし。でもなんで南さんが知ってるですか?」

「トガリバチさんがそう教えてくれたんです、誰にも言わないでほしいんですけどって。初めは信じられなかったけど、嘘とも思えないし、そんな冗談を言うタイプでもないからぁ」

「そのことで他になにか話しましたか」

「子供の頃、親の職業でいじめを受けていたと話してましたね……引っ込み思案な性格だから言い返せなかったし、親にも相談できなかったって」

「怨んでいると、話していましたか?」

 内海は前のめりになり言った。けれど南は首を左右に振り、

「怨んでないって。私も似たようなことを尋ねたんですけど、そう答えました。感謝してるし、今も父親には甘えている状況だから申し訳ないって」

「じゃあ父親のことはなにも言ってませんでした?」

「そうね……特になにも言ってなかったかしら。俺のことを考えてくれてる、いい親。どこにでもいるような、普通の親だって。…ああ、でも前にこんなことを言ってたなぁ……」

 南は目を左上に向け記憶を辿っていた。

「以前と比べて、お父さんはだいぶ丸くなったって。前はそうでもなかったんですかね? そのような話は聞いたことありませんでしたから」

「けどもなんで、南さんに話したんでしょうね」

 内海は腕を組み、あらためて疑問を口にした。

「話しやすいからって言われました。私、よく人に相談されるんですよ」

「南さんになんやこう、安心感があるからですかねぇ……わからんでもないなぁ……」


 内海の言う通りかもしれない。穏やかな雰囲気があり、けっして叱ることなく受け入れてくれそうである。冬の日に食べるシチューのような安心感だ。内海に言うと「なんやその喩え」と馬鹿にされそうなので、言わないでおく。

 こうなればおれも、内海が自己中心的で、生意気で面白ければなんでもいいという考えにうんざりしていることを、打ち明けてしまおうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます