第19話

 内海は悔しそうにボリボリと頭を搔くと、

「いい歌詞が浮かんで、フレンドとゲームしていてもそれをやめ、作詞作りに集中することはあるんですか」

「たまにですけど、あります。失礼だとは思うんですが、自分を抑えきれなくなりまして。東京タワーのことを歌詞に出そうと思いついたら、抑えきれなくなって、朝方でも見に行ったことが以前にも……。ですが優しい方々で、いつも快く許してくれるんです。ありがたい限りです、いいフレンドを持ったものです」

「朝方に見に行ったということは車で?」

「そうですよ」

「なんの車に乗ってるんです」

「ボルボです」

 内海は車に興味にないため、聞き流していたが、人気がありそこそこの値がする車だ。いいなボルボ、おれも乗りたいなボルボ。ボロフィットか……。


 内海はおれが落ち込んでいるのを気にしていたが、

「なぜフレンドには、著名な作詞家であることは言わなかったんです」

「自分から言うのも恥ずかしいですし、今までと接し方が変わるのも嫌ですし……」

「まあ、それもそーですよね。では二十日の夜の話を続けてもらってもいいですか」

「歌詞を考えていましたけど、いいのが思いつきませんでしたし、会話に参加しました。そして同じ時刻、十時とか十時五分くらいだったでしょうか、ジュンタクさんもボイチャに参加しまして、なぜ参加していなかったと言うと――」

「動画を撮っていたからですよね」

「そうです。ジュンタクさんは、いいのが撮れなかったと言っていました。私も似たようなものでしたので、私は一人で笑っていました。ジュンタクさんの動画はどれも面白いのに、裏では私と一緒で苦労してるんだって。少し嬉しかったです。そのあとすぐ、冷血先生さんが教師の苦労を話されたので――ああ、冷血先生さんは教師をしているですよ。トリプレッタさんは工場で働いているんですが、色々大変なんだって仰ってました。皆さん苦労話をされていたので、大人というのはやはり大変なんだなと、改めて思いましたね」

 冷血先生――国木田淳は下別府が言うように、中学校で国語教師をしている。大人たちの会話の中で、世知辛い世の中にため息をつくことは、どの時代でも変わらない定番だった。将来のことを考えると、おれもため息をつきたくなる……。


「ジュンタクさんは、ピンポンダッシュの目に遭ったって怒ってましたし……しかもそのあと右手を大きくぶつけてとても痛がってましたし、もう散々ですよ」

「でも笑ってたんですよね」

「ええ、とても面白かったので」

 その時のことを思い出したらしく、下別府を口に手を持っていき笑った。

「そのあとは、十二時三十分頃まで普通にゲームをプレイしました」

「ありがとうございます。最近、針枝さんはなにかに悩んでいる様子はありましたか」

「いや、ないと思います。まあ、彼は現在、働いていないようでして、それゆえこれからのことを心配しているようではありましたけど……」

 花恋も、兄はこれから本気を出そうとしていたと言っていた。ニートのお得意の言葉ではあるが、不安がなかったといえば嘘になるだろう。

「二十日の夜、なにをするかなど聞いてませんか」

「楽しみにしていたゲームの発売日でしたし、それをしていたのでは?」

「下別府さんは買わなかったんですか」

「はい、私は興味ありませんでしたから」

 それからいくつかの質問をしたが、おれの視界の片隅に映っている物がずっと気になっていた。スタンドに立て掛けられている、アコースティック・ギターだ。弦やペグが照明を反射し、おれにアピールしている気がするのだ。俺のことを訊いてみな、と。

「……このギターって、お幾らするんですか?」

「値段ですか? 愛しいあの娘はクリケットが人気出ましたので、自分のご褒美にと少し奮発しまして、百万ほどです」


 ひゃひゃひゃひゃ、百万! この依頼料と同額ではないか! 精神的苦痛! これはモラハラと言ってもいい! しかも下別府は、少し奮発してと言っていた。少しなのだ、少し。

 金持ちは素晴らしい、正義だ。この世は金が全てなのだ……。

 おれと内海は、同時に大きなため息をついた。下別府はため息の意味を、わかっていなかった。

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