第18話

 上別府――次に向かうは、下別府賢章もとだ。だがその前に、サービスエリアでお昼を取ることになった。内海は焼肉丼を頼み、おれは肉うどんを注文した。

 焼肉丼を食べながら、内海はスマホを触っていた。休日であるためフードコートには沢山の客が入っている。一人で食事をしているものは、内海がそうしているように、みなスマホを操作していた。


「今さ、中別府賢一のこと調べてんねん。中別府は作詞家してる時の名義な」

 と内海はスマホの画面を見ながら言った。

「ああ、知ってる」

「今、売り出し中の作詞家みたいなんやけど、ヒット曲もちらほらあるわ。愛しいあの娘(こ)はクリケットもこの人やで!」

「へえ、ほんとう!」

 おれは目を大きくし驚いていた。『愛しいあの娘はクリケット』は、アイドルグループが歌っている曲だ。YouTubeでもかなりの再生回数だった。『負けん気損気で延滞期♪ 元気だしてよ元気だしてよ ごめんムリ今は繁忙期♪』という頭の悪そうなサビが有名で、若者から人気を集めている。


「次は小説を執筆するんちゃうかって、言われてるらしいわ。それにしても印税は凄まじいんやろなぁ、ええなぁ……」

 内海はため息をつくと、今まで美味そうに食っていた丼ぶりを、ゆっくりと口に運んでいった。気持ちはわからなくもない。おれも食べやすいうどんのはずなのに、あまり喉に通らなかった。

 昼食を取り、気分を入れ替えるため内海とおれはソフトクリームを舐め、サービスエリアを出た。下別府賢章の自宅は、針枝治のアパートからだと車で三十分ほどの距離だ。


 伊藤純のマンションが中流ならば、下別府の住むマンションは上流だった。クリーム色のレンガ調の壁で、緑も生い茂っている。階数は三階までしかなく、だがむしろ低層だからこそ金の匂いがするのだ。もちろんオートロック式である。印税万歳マンションである。おれの住むアパートが勝っている点があるとすれば、築年数であろう。こればかりは圧倒しているはずだ。

 エントランスに入り、操作パネルで下別府を呼び出した。下別府は三階に住んでいる。

 内海は下別府が応じるまでのあいだ、エントランスを眺めていた。


「金持ちはやっぱええなぁ、こうなったら逆玉の輿を狙うわ!」

「自分で稼ごうと頑張れって……」

 虚しいことを言われたのでこちらが虚しくなってきた。


 ぼそぼそと聞き取り辛い声が、スピーカーから聞こえてきた。下別府賢章の声だ。内海が名乗ると、今開けますと低い声が返ってきた。下別府は気難しいタイプなのか、はたまた人見知りするタイプなのだろうか? 声に覇気がないのを感じ、おれは後者だと思った。

 三階に上がり廊下を歩いていく。部屋の前につき、チャイムを押すと、ややあってから扉が開いた。下別府は黒縁のフレームの大きなメガネをかけ、サイドを刈り上げ髪をセンターで分けていた。頬は少しこけ、疲れているのか目元は暗い。元気は感じられなかったが、形容し難い雰囲気があった。売れっ子の作詞家であるから、そう見えるのかもしれない。

 年齢は、二十後半――いや、もしかすれば二十代中頃か……? おれたちとあまり年齢は変わらないかもしれない。恐ろしかったので詳しくは聞かないことにした。


 下別府はぺこりと頭を下げると、

「どうも、探偵さんですよね」

 と低い声で言った。スピーカーを通していないため聞き取りやすかった。

 おれもぺこりと頭を下げると、

「すみません、お忙しいところ」

「愛しいあの娘はクリケット、好きですよ。あれええ歌ですよね」

 内海は笑顔で嘘八百を言った。なんであんな歌が売れてるのかわからん、わからんわ、と何度も何度も文句を垂れていた。俺でもこんな歌作れるわと、ピカソの絵を見て言うような、この手の素人の常套句をほざいていた。

 内海の嘘八百に、下別府ははにかんでいた。内海の中に潜んでいる、黒い嫉妬心を感じ取ってもらいたかった。


 おれたちはリビングに通してもらった。床は大理石で、新品のように磨かれている。下を向けば自分と目が合いそうだ。スリッパを履いているが、傷つけたり汚してしまうのではないかと心配だった。天井も高く吹き抜けの部屋があり、開放感がある。

 棚の上には、なにかしらの音楽賞で得たトロフィーが飾ってある。自己主張するように金に輝いている。家具のすべてが名の知れたブランド品なのだろう。みな上品な振る舞いをしている。

 ペットとしてでもいいから是非飼っててもらいたいぜ、ご主人様。

 テレビ――しかも七十インチ!――の横にはアコースティック・ギターがスタンドに立てかけられていた。


「ギターもできるんですね」

 ソファーに座ると、内海は言った。向かい側に座っている下別府はかすかに笑い、

「もともとシンガソングライター志望でしたから、ギターも少々」

「そこから作詞家として大成を……ほんまに凄いですね」

「そんなことありませんよ」

 おれは手を少し挙げると、

「詩を書いていて、辛いことってなんですか?」

 と尋ねた。雑誌の取材で何回も聞かれたことのある有り触れた質問だろうが、どうしても気になったのだ。プロはなにを思うのだろう。

「ふふ、トガリバチさんと同じことを訊くんですね」

「え、針枝さんもですか?」

「ええ、二週間くらい前に聞かれましたよ」


 針枝治は作詞に興味を持っていたのだろうか。下別府の話を聞いていて、自分も詩を作ってみたいと考えたのかもしれない。有り触れた質問だと思ったが、予期せぬ余波を産んでしまった。


 内海は言った。

「作詞に興味あるようでした?」

「私もそう尋ねたんですが、トガリバチさん――いえ、針枝さんは、そんなんじゃないとおっしゃってました。ちょっと知りたくなったって」

「なんて答えたんですか」

「痒いところに手が届かない、と一緒です。そのところどころで、ベストな言葉やフレーズが出てこないんです。悩んでも悩んでも、一週間考えても出ないこともありますので」

「背中が痒いんやったら、まごの手で一発ですからね! 難しいもんですわ。じゃあ針枝さんは作詞に興味があったわけやないんですね。書き方を相談されたりとかは」

「ありません。私が先ほどのことを答えても、へぇとおっしゃるだけでした」

 恥ずかしく口に出せなかっただけかもしれないとも思ったが、おれのように興味本意で訊いたと考えた方がしっくりとくる。組長や花恋から、音楽に興味を持っていたという話も聞かなかった。


「それではですね、針枝さんがいなくなったと思われる、二十日の夜、フレンドの方々とゲームをしていましたよね。なにか変わったことや印象に残った出来事はありましたか? 針枝さんの所在を知ってる人がいるかもしれませんので。……下別府さんはなにをしていたのかも、教えて欲しいです。一からお願いできますか。思いもよらないところに手がかりがありますから」

「わかりました、思い出せる限り……。私がゲームを始めたのは九時十五分くらいです。ふりかけ味さんから連絡があって、ログインしました」

「ずっと家に?」

「あの日はそうでした。何本か電話はありましたけど、基本的にはオフの日でしたので。それでみんなとプレイすることになって、私もボイスチャットをしていましたが、九時三十分頃のことです、突然、歌詞が思いつきまして、私は考えるために三十分間ほど口を開かなくなりました。いえ、まったく喋らないわけじゃないんですが、そちらに集中するために、皆さんには申し訳ないんですが、許可をもらい考えていました」

「ゲームはプレイしたまま?」

 下別府は大きく頷いた。

「そうです。たまにメモを書くために操作が疎かになることはありましたが、基本的には会話だけです」

 一人でプレイしているのならまだしも、フレンドと共にである。それでも詩のために時間を作れるのは、創作が好きだからだろう。歌詞作りに愛情を持ち、心血を注いでいる。


「いいのは思いつきましたか?」

 とおれは訊いた。

「いえ、それが成果はあまりなくて……ですがこんなことの繰り返しですからね。――ああっ、今歌詞が思い浮かびました!」

 下別府は低い声を大きくし、目を輝かせた。プロの創作姿が見られ、おれは興奮した。降りてくるというのは本当にあるのだ!

「ど、どんな歌詞です?」

「ええっと……ま〜わる〜ま〜わる〜よ世代は回る〜」

「回るのは時代だ!」

 おれも大きな声を上げた。考えるよりも先に口から飛び出していた。期待していただけにがっかりで、腹が立った。内海は悔しそうにしている。くそ、その手があったか! と顔にデカデカと書いてある。


 下別府ははっと口を開け、照れ笑いを浮かべ後頭部を搔いた。あまりにも有名な曲から盗んでしまったのだから当然だ。この先、この人は作詞家としてやっていけるのだろうか? 負の意味で世間を騒がさせそうだ。

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