第17話

 おれは膝を叩くと、

「そうだツイッターだ。伊藤さんは、針枝治さんの鍵がかかったアカウントを知ってます?」

「針枝さんて、トガリバチさんのことだよね? いや、鍵アカは知らないな」

 おれはがっくりと肩を落としたが、一方で『トガリバチ』というプレイヤー名なのかと、冷静に考えている自分がいた。

「トガリバチ――いや、針枝さんの行方がわからないんだよね? 警察はまったく動いてくれないの?」

「そうなんですよね、なので俺らが」

 と内海は言い淀むことなく答えた。鹿爪らしい顔を作っている。

「警察はなにをやってるのか、腹が立つなぁ……。針枝さんはどこにいるかもわからないんだよね? 事件性はあるの」

「それも今、調査中なんです」

「そうかぁ」

「なので、針枝さんが姿を消したと思われる、二十日の夜のことを少し教えてほしいんです」

「役に立つのなら……たつかな?」

「当たり前です、情報は少しでも多い方がええんです。その夜、フレンドの方とゲームをしてはったんですよね? 針枝さんはやってなかったようですね」

「そう、針枝さんはやってなかった。数日前から、ふりかけ味さんっていう方に誘われていて、針枝さん以外は参加した。針枝さんは用事があるからって。新作のゲームも出たし、そっちをやりたかったのかもね」

 ふりかけ味――篠田綾乃が誘った。治が用事があると断ったのは、客人が来るからと思われる。

「伊藤さんはその日、何時頃に帰ってきてゲームを始めたんです?」

「ちょっと残業があって、会社を出たのが七時くらいだね。で、少し寄り道してから――」

「どこに?」

「ペットショップだよ。ビーグルの可愛いやつがいてね、病気がちで歳も取ってしまってるから、そろそろね……。飼おうかどうしようか、悩んでたんだ」

「ここペット飼ってもいいんですか」

 とおれは尋ねた。


「うん、おっけーなんだよ。だから余計に飼いたくなってねぇ……」

 伊藤はだらしく口を緩めながら言うと、

「それで、帰ってきたのが八時くらいだったかな。風呂に入りご飯を食べて、約束の時間だった、九時十五分くらいにゲームを始めたよ。終えたのが、零時三十分? くらいだったかな」

「ゲームをしていた時、なにが起こったとか、細かなことを教えてくれませんか?」

「細かな? どんな敵を倒したとか?」

「いえ、ゲームの世界やなくて現実で、です。なにか、針枝さんに関係することが見つかるかもしれませんから。印象的なことがあったのなら、ゲームのことでも教えてほしいですけど」

 伊藤は頷いた。

「わかったよ。……俺がゲームを始めたのは、さっきも言ったように、九時十五分くらい。ゲーム内にボイスチャット機能があって、みんなそれで会話していたけど、俺は同時に動画を撮りたかったから、ボイスチャットのグループに入らなかったんだ。みんなの声が入っちゃ駄目だから」

「つまり会話を聞かず、自分で喋りながらやっていたと」

「そういうことになる。チャットでは参加してたけどね、敵がいる、回復を! みたいな感じでね。ボイチャをなしっていうのを、みんなにお願いすることはままあるんだよ、動画を撮りたいからって。でも思ったように上手く動画が撮れなくてね、面白くないなって感じたんだ。これ以上撮っても良くはならないだろう、これはお蔵入りにしようと思い、四十分、四十五分くらいでかな? 撮るのをやめて、ボイチャに参加したんだ。だから参加したのは、十時くらいだったと思う。多少前後するが、それくらいだ」

「そうですか、そうですか。じゃあ参加してからは、ゲームを終えた零時三十分くらいまで、ボイチャで会話を」

「そうなるね。あとはそうだな……九時半頃にお隣さんが部屋の前に来て、チャイムを押してくれたみたいなんだ。以前、お隣さんに料理のおすそ分けしたんだけどね、その皿を返して来てくれた。でも俺のファンなのか、近所の子供のイタズラなのか、その時間帯にピンポンダッシュをするやつがいるんだよ……」

 伊藤は渋い顔をして首を振った。


「鬱陶しいですね」

「そうなんだ。それでまたピンポンダッシュだって思って、動画も撮ってたし出なかった。するとお隣さんでね、次の日会った時に、返しに行ったんだけどって教えてくれてね。それで十時頃だったかな? ボイチャに参加しようと思ってたら、またチャイムがあった」

「それも出なかったんですか?」

「いや、出たんだ。十時頃にピンポンダッシュの輩が来ることはなかったし、十時っていう夜も遅い時間だけど、出てみたんだ。チャットでチャイムが鳴ったから少し離席すると打ち込み、みんなにちゃんと伝えてね」

 伊藤は強調し言うと、間をたっぷりと取り、手振りを交え腹ただしそうに、

「なのにそしたら誰もいなかったんだよ、イタズラかよ! って。それならお隣さんが来た時に出とくべきだったよ……」


 伊藤の気持ちがわかる。おれもピンポンダッシュの被害に何度も合ったことがある。出て行くと誰もいないのだ。だからおれはチャイムが鳴った瞬間駆け出し、すぐさま扉を開けたことがある。去って行くその後ろ姿を見て、おれは犯人が内海だと気づいた……。次の日、喉が枯れるまで怒鳴ってやった。ただ内海は呆気からんと腹を抱え笑っていた。

 ええやん、ええやん、おもろいやんぶっさん!

 内海のことが、少し怖くなったことを覚えている。


「それで部屋に戻ってきて、動画も駄目だし録画を消して、ボイチャに参加したんだ。誰もいなかったってみんなに伝えると笑ってたよ、こっちは笑えなかったけど」

 と言った伊藤はにこにこと笑っていた。過ぎ去れば笑い話になるのだ。おれのピンポンダッシュの件に関しては、老人になっても笑えなさそうだ。

「他になにかありましたか」

 と内海は尋ねた。

「そうだねぇ」

 伊藤は目を落とし考えると、

「あれは十時十五分頃だったかな? nanana!!さんは子供を寝かしつけて参加したみたいなんだけど、ぐずり出してね、あやしに向かったよ。三十分くらいで戻ってきて、数分間やってたけどまた泣き出したから、今日はこのへんでとゲームを止めたね」


 nanana!!――南菜々香は小さな子供がいると、フレンドリストに書いてあった。子供というのは手間がかかるのだなと、つくづく思った。それ故、可愛いのだろう。中には虐待するような外道もいるようだが……。

 おれは頭の中で時間を割り出した。つまり南菜々香は零時三十分までプレイせず、二十二時四十分、四十五分でやめたことになるわけだ。内三十分は離席している。


「……あとは、あとは……十一時くらいに、右手をぶつけてしまってね、痛がってたらえらく笑われたくらいかな? こんな情報、役に立たないだろうけど」

 伊藤は恥ずかしそうに笑った。伊藤の行動はこれでわかった。南菜々香の行動も知ることができたが、他のものの行動は、本人に訊いた方が正確だろう。

「針枝さんがどっか行っちゃったことに、誰も関係してないと思うんだけどね……」

 内海は頷き、口を開きなにかを言おうとしていると、背後から音楽が鳴った。この音楽も知っている。ダークエデンのテーマ曲ではないか。振り返ってみると、一見した時は気がつかなかったが、机の左奥に置かれている棚の上に、治のアパートで見た同じ時計が置いてあった。大会の優勝商品である。


 間もなくして音楽はとまり、伊藤は言った。

「すいませんね、時計が鳴っちゃって。時報の機能がついてるんだ、十二時になったのかな」

「優勝商品なんですよね」

 とおれは言った。

「そうだよ、小さな大会だけどね。飾ろうか悩んだけど、記念だしね」

「一時間ごとに鳴るんですか?」

「三時間に一回だよ。朝の六時から始まって、夜の九時まで。深夜に鳴らないからいいけど、朝早いのも勘弁してほしいけどねー。動画を撮ってても音入っちゃうしさ」

「その時はどうするです?」

「編集でカットするんだよ。どうしてもの時はネタにして使うけど」

 動画を観ていると、たまに環境音が入っている時がある。その人の生活が感じられ、おれは好きだった。


 内海はもう一度振り返ると、あれ欲しいなぁと呟いていた。内海や伊藤には悪いがおれはいらない。プレゼントするよと言われてもいらない。

「伊藤さんて車の免許を持ってます?」

 内海は物欲しそうに見ていた時計から、伊藤に目を向けた。

「免許は持ってるけど、車はないな」

「ペーパードライバーですか?」

「いや、営業回りで乗ることがあるから、ペーパーではないよ」

 免許も持ち普段から乗っているということは、ミニバンの運転にも別段差し支えはない。ペーパードライバーならば、車の運転は躊躇うかもしれないが。


 内海は頷くと、

「わかりました。針枝さんはどんな方でした」

「どんなか……少し暗いかなって感じたけど、ポツリと言う一言が面白くてね、動画に出てもらいたいなって思う時もあるよ」

「親のことはなにか言ってました?」

「ううん、別に」

「最近の様子はどうでした」

「どうだろ、別に変わりなかったような……」

「じゃあ職業はなにをしているか知ってます?」

 伊藤は言い辛そうにしていたが、

「ええと、ニートだったよね……」

「本人からそれを?」

「うん。フレンドは全員知ってるのかな? いや、たぶん知ってるだろうね。針枝さんも、そろそろ働かなくちゃって言ってんだけどねえ」

「一番、フレンドの中で仲良かったのは誰だかわかりますか」

「みんなと仲良くやってたよ? 俺もレベルアップや素材集めを手伝ってもらったりしてるし。まあ一人挙げるのだとすれば、トリプレッタさんかな。二人でよくクエストに行ったりしてたみたいだから。会話を聞いていても、なんとなくそう感じるかな……」

 ACトリプレッタ――高崎竜也と仲が良かったのか。だが二人でプレイすることくらいあるだろう。伊藤も手伝ってもらうことがあると言っていた。どれほどまでの親密度なのかはわからない。

 仲が拗れ、犯行に及んだという可能性はあるのか? とおれは考えていた。


「そういえばトリプレッタさんは、久しぶりのログインだったな」

 ふと思い出したらしく、伊藤はぽつりと言った。

「久しぶりですか?」

「ええ、二週間ぶりとか? まあお仕事が忙しかったんでしょうね……辛いなあ……」

 仕事は辛い。誰もが大きく頷くことだろう。賃金を上げてくれと、誰もが叫んでいることだろう。

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