二章 フレンドトーク

第16話

 翌日、不倫調査にやってきた四十代の女性を、内海節で追い返していると、事務所のパソコンにメールが送られてきた。内海探偵事務所の簡易なホームページには、電話番号とメールアドレスが書かれ、『誰でもまずは無料相談!』とでかでかと載っている。強調するためフォントの周りはキラキラと輝いている。追い返した依頼人もホームページを見てやってきたと考えると、心苦しかった。内海に言うと、気にしすぎ気にしすぎっ! と笑われた。


 メールを確認しようとしていると、内海は言った。

「たぶんフレンドリストやわ。アポが取れたから、リストを送るって言ってたしな」

 開いてみると内海の言う通りだった。つまりこの送り主は針枝組ということになる。針枝組のメールアドレス? まさかホームページを開設しているわけではあるまい。そこで従業員の数を確認するように、組員の規模を把握できたら面白いのだが。

「フレンドには、俺らのことも教えてあるみたいやわ。どんな奴が来るかって、この事務所のことも」

「そっちの方がありがたいな。面倒もなくていい」

 おれはフレンドリストを印刷した。紙を手に取ると、内海も顔を覗かせ見てきた。六人の名前と、簡単な紹介が書いてある。


 伊藤(いとう)純(じゅん) 男性 ダークエデンでのプレイヤー名は、『ジュンタク』 サラリーマン、営業職。YouTubeでゲーム実況動画を投稿している。アカウント名は『ジュンタクゲーム実況チャンネル』


 篠田(しのだ)綾乃(あやの) 女性 プレイヤー名は、『ふりかけ味』 フリーターをしており、YouTubeでゲーム実況動画を投稿している。アカウント名は、『無味無糖の部屋』


 国木田(くにきだ)敦(あつし) 男性 プレイヤー名は、『冷血先生』 中学で国語教師をしている。


 南(みなみ)菜々香(ななか) 女性 プレイヤー名は、『nanana!!』 結婚しており、夫と小さな娘の三人家族。パートに出ている。


 高崎(たかさき)竜也(りゅうや) 男性 プレイヤー名は、『ACトリプレッタ』 工場勤務 この中で一番、治と住まいが近い。


 下別府(しもべっぷ)賢章(けんしょう) 男性 プレイヤー名は、『上別府』 作詞家をしており、音楽や小説にも造詣が深い。詩を書くことも。フレンドたちには作詞家の卵と言っていたが、中別府(なかべっぷ)賢一(けんいち)という名前ですでに活躍しており、ヒット曲も抱えている。連絡した際、そう明かした。


 六人はその日に車で出向ける距離だったが、南菜々香は九州に住んでいた。南だけはビデオ通話になりそうだった。

 今週の土曜日と日曜日に会えることになっており、細かな時間設定はフレンドたちと連絡を取り、決めなければならないだろう。連絡しておけと内海に押し付けられると思ったが、気分がいいのか上機嫌で引き受けてくれた。電話口でも内海節を発揮するのではないかと心配だったが。




 土曜日になり、まずは伊藤純から話を聞くことになった。昼前なら時間が取れるため、その時間帯にしてくれないかと希望された。断る資格も理由もなく了承した。


 伊藤の住まいは、針枝治のアパートから車で一時間と十五分の場所だった。ボロフィット――バカ内海に言われせればだが――で向かう。内海は助手席に座っておくだけなので極楽だ。ふんぞり返り、スマホを操作していた。

 伊藤のYouTubeのチャンネルを調べていたらしく、

「おい、ジュンタクに十一万人もの登録者がいるで! 凄いなぁー」

 と驚いた様子で言った。

 十一万人のチャンネル登録者。トップレベルと比べれば少ないのだろうが、おれは充分に誇れる数字だと思った。並々ならぬ努力も必要だ。

 ユーチューブ……それもありやな……と内海は呟いていた。もしかしたらチャンネルを開設する気なのだろうか? 内海探偵事務所チャンネル、と。九分九厘成功しないのでよした方がいい。


 伊藤の住むマンションは良くも悪くもない、中流のランクだった。一般的なマンションと表現した方がいいだろう。五階建てで、四階に住んでいる。

 チャイムを押すと、すぐさま伊藤純は出てきた。二十代後半、三十前半だろうか。面長の顔をしており、顎ひげをちょっぴり生やしている。

「あなたたちが探偵さん?」

「ええ、そうです。よろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ。どうぞ中へ」

 スリッパを履き、廊下を歩いていく。扉を開けリビングに入る。

 左手にキッチンがあり、右奥には動画を撮るためのスペースがあった。机の下にディスクトップパソコンが置かれ、机の上にはモニターが二つもある。スタンドマイクは中央に陣取り、WEDカメラも備えられている。ゲームをプレイしている時の反応を撮ったり、雑談がメインの生放送などでは画に動きがないため、自分を映すのだろう。

 キッチンの前に日常生活のスペースがあった。壁に向かい『コ』の字にソファーは配置され、壁際にテレビが置かれている。おれたちはソファーに座った。伊藤も一人がけのソファーに腰を下ろした。


 内海は後ろを振り返ると、

「あそこで動画撮ってるんです?」

「ええ、そうですよ。こだわってますからね。マイクもね、いいやつ使ってるんですよ」

 伊藤は嬉しそうに言った。笑うと目尻にしわができる。

「音を拾いすぎて、たまに環境音が入ったりしますけどね」

「へえ。でも動画を撮っていて、声が隣に聞こえることはないんですか?」

「壁も厚いし、遮音カーテンもしてるからね、聞こえないんじゃないかな? クレームも入ったことがないし、話していて、一度も言われたことがないしなぁ。叫べば聞こえるだろうけど」

「やっぱ遮音カーテンは必要やねんなぁ……」

 内海は小さな声で言い頷いた。熱心に動画撮影の話を聞いているし、やはり内海探偵事務所チャンネルを開く気か? おれの役割はなんなのだ? 編集だけを押し付けられそうで怖い。

「今日もね、昼前に来てもらったのは動画を夕方に撮りたかったからなんだ」

 目尻にしわを作り楽しそうに語る伊藤を見ていると、本当に動画投稿が好きなのだなと思った。興味深そうに聞いている内海を見ていると、本当に動画投稿をしたいのだなと思った。

 おれは質問した。

「顔は隠してあるんですか?」

「いや、隠してないよ。特に抵抗はなくてね、職場の人も動画のことは知ってるし」

「じゃあ街で声をかけられたりなんてことは?」

「ほんのたまに。ほんのね? ツイッターのダイレクトメールで、どこどこでジュンタクさんを見ましたよって、送られることはありますけど」

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