第14話

 岡島に礼を言うと、真向かいに住む冴木のもとへ向かった。道路を挟んだ先に、一軒家がある。二階にバルコニーがあるらしく、こちらからでも確認できる。

 庭にはゴールデンレトリバーの老犬がおり、我々が門の前に現れても、ちらりと見るだけでふいっと顔を背け眠った。チャイムを押すと、スピーカーに返事があった。岡島の時のように攫われたことは伏せ、事情を説明した。訝しんでいたが、岡島の名を出すとすんなりと受け入れてくれた。

 冴木が出てくると、老犬は目を瞑り眠ったままだったが、尻尾は元気そうに振っていた。冴木の髪は長く後ろで縛ってあり、歩くと愛犬の尻尾のように揺れる。


 自己紹介すると、冴木も軽い紹介をしてくれた。劇作家であり、主に劇団五季という、一季増えている劇団をメインに脚本を書いているらしい。因みに代表作は、十一角館の殺人という、これまた一角増えてしまっている推理ものだった。最近はお客さんの入りが悪いと心配していたが、おれは訴えられないか心配だった。心配ないさ〜、と声高らかに叫んでる暇はない。少しばかり、劇団五季に興味が湧いてしまった。もしかすれば、このようにして観客を集めてきたのかもしれない。


「冴木さん、丸めた黒のシートを、ミニバンに積み込んでる人物の姿を見たんですね」

 と内海は言った。

「うん、そうだ。丸めたというよりも、あれはなにかを包んでいたかな?」

「正確な時刻はわかりますか」

「深夜の一時十五分頃だ」

 犯人が襲ったと思われる時刻は、二十一時三十分から二十二時三十分のあいだ。深夜の一時十五分までいったいなにをしていたのだ? 血などの痕跡を消していたとしても、そんな数時間ももかからないだろう。

「どこで見たんですか?」

 冴木は二階を指さすと、

「二階にバルコニーがあるんだが、そこで見たんだ。劇のプロットを練っていて、息詰まるとよくバルコニーに出てタバコを吸うんだ。タバコを吸い終えても、数十分間くらいそこで考えている時もある」

「寒くないんですか?」

 おれは尋ねた。単純な疑問だった。風邪を引いてしまう。これは単純な考えだった。

「もちろん寒いよ。でもそれがいいんだ! 私は子供の頃、ノルウェーに住んでいたことがあってね、寒いと落ち着くんだ。そして寒いが故に体がしゃきっとして、緊張感を持つことができるんだよ」

 夏の熱い日に鍋料理を食べるようなものだろうか。おれや内海にはわからない感覚だ。


「じゃあ冬が一番好きなんですね」

「いや、夏だよ」


 おれはずっこけそうになった。ノルウェーはいったいどうしたというのだ。子供時分の思い出を大切にしろ。内海は呆れるどころか声を立て笑っていた。確かに、ストレートではない回答は、内海好みではある。


「黒いシートを担いでいたのは男ですか、女ですか」

 内海は笑い終えると言った。

「どっちなんだろ……女……いや、男かな……。ごめん、よくわかんないや。バルコニーから見えただけだし、絶対とは言えないな」

「身長ってどのくらいかわかります?」

「わからない」

「顔は見えましたか」

 冴木は首を左右に振った。バルコニーから駐車場までは、十五メートルは離れているだろう。駐車場に外灯はなかったし、見えなくて当然だ。


「どんな格好をしていたかはわかります?」

「それはわかるよ。月明かりだけだったけど、完全な闇だったわけじゃないしね。紺か黒のコートを着てフェルト帽子を被り、マフラーをしていたな。すべて黒っぽい色だった。なんだあれ? とは思ったけど、そこまで気にはしなかった」

「シートをミニバンに入れてたんですよね」

「そうそう、詰め込んでた。大変そうだったよ。アパートから出てきたようだし、なにかの業者かなと思ったんだ。もしくはアパートの住人か」

 やはり犯人で間違いなさそうだ。アパートから出てきたらしく、大変そうに担いでいたのも、人間を詰め込もうとしていたのだから当然だ。担いでいたとすれば性別は男だろうか? だがそれだけの情報で、決めてつけていいものではない。顔や身長はわからないが、その服装は、顔や背格好などの特徴を掴まれないようにするためだと感じた。コートにフェルト帽子、お誂え向きだ。古典的とも言える。マフラーは、顔を隠すことができる。


「車の名前はわかりますか」

「ごめん」

「じゃあナンバーは?」

「いや、わからないな。バルコニーからだったし、見えていたとしても覚えようとはしなかったと思う。そのあと、そいつは運転席に乗り込むとミニバンは走り出したし、おれもそのタイミングで中に入ったから。……ねえ、なんなの? これってその針枝さんに関係あるの? もしかして事件?」


 疑うのも当然だろう。そこでまた、内海の名演技だった。今度は腹を抱え大笑いし、大袈裟のように感じたが、冴木は恥ずかしがりそれ以上なにも言わなかった。内海の憎たらしさを是非参考にし、キャラクターを作ってもらいたい。犯人役でも死体役でもいから。

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