第13話

 隣人へ聞き込みのお願いへ向かったが、留守にしていた。仕事に行っているのだろう。隣人の帰宅を待ちながら、近所の者に針枝治について尋ねてみた。治はあまり外に出ないため、一度も見かけたことのない人もいた。たまに外を歩いていても、お互い挨拶をしたことはなく、無愛想だがどこか憎めないと語っていた。出かける時は大概コンビニらしいと、持っている袋から推察された。近所でトラブルが合ったかと尋ねてみても、聞いたことがないと言った。井戸端会議中のおばちゃんに捕まってしまい、マシンガントークを浴びせられたが、なんとか戦場を脱した。


 そうこうしている内に隣人が帰ってきた。アパートの表札には岡島(おかじま)と書かれていた。部屋に入る前に岡島に声をかけ、襲われたことは伏せ、事情を説明した。探偵で、依頼人の息子が姿を消し、捜索していると。

 岡島は嫌がりもせず、快く了承してくれた。荷物を置いてきてからでもいいかと訊かれ、もちろんですと答えた。一分も経たない内に岡島は出てきた。


「針枝さんがどこかへ行ったかわからないんだってね」

「そうなんですよ」

 と内海は言った。

「それは心配だね……」

 岡島は腕を組み顔をしかめた。岡島はちょび髭が似合う、精悍な顔つきの三十代男だった。

「いったいいつから見つからないんだ?」

「二十日です」

「二十日、月曜日か……。確かにこの数日、隣はバタバタしていたようなんだよ、人の出入りが激しくて。なのに針枝さんは見かけないないし……。あれはじゃあ、ご家族の人たちだったのか」

「そうですね」

「近所の人となにかあったのかなぁって話してたんだけど、まさか行方がわからないとは……」

「二十日に、治さんを見ましたか?」

「いや、見てないな」

「夜中に、治さんのところに誰か来ましたか?」

「わからないな、仕事に出てたし」

「そうですか……。じゃあ隣で物音を聞いたりしませんでしたか?」

 岡島の眉がぴくりと持ち上がった。

「そうそう、それが聞いたんだよ」

「そうですか! 何時頃です?」

「何時くらいかな……九時三十分から十時三十分の間だとは思う。風呂を出て時計を見たのが九時三十分で、タバコを吸おうと思ったけど切らしていて、それで時間を見たのが十時三十分。……うん、この一時間の間は確定だね。足を踏み鳴らしたような、かなり大きな音がしたんだよ。ドシン!! って、一度」


「ほんまですかぁ」

 内海はにたりと口元を歪めた。その一時間の間に襲われた可能性は高い。二十一時三十分頃、花恋は治に電話しており無事を確認している。客人が来ると言っていた時刻とも合う。二十一時三十分から二十二時三十分の間だ。ドシンという音は、治が倒れたからではないだろうか。


「針枝さんは騒がしい人じゃなかったし、なんだったんだろう……なにか落としたのかな?」

「ずっこけったかもしれませんしね」

「部屋の中でかい?」

 岡島はかすかに笑った。その光景を思い浮かべてしまったのだろう。

「そのあと、他の物音や声なんかは聞こえてきませんでしたか?」

「このアパート、見かけによらずけっこう壁が厚いんだよ。なにも聞こえなかったね」

 壁が厚いといえど、悲鳴を上げれば聞こえるだろう。つまり治は悲鳴を上げなかった。一撃で眠らされてしまった。

「けどこの物音がなにか関係があるのかい? そりゃあ大きな音だったけどさ……」

「あんまり関係ないかもしれませんけど、念のためですよ」

 内海ははぐらかし言った。岡島にすべてを説明するわけにはいかない。警察に通報するように勧めるだろうし、他言するかもしれない。針枝組長はそれを望まないだろう。


「お客さんが来たところを見たことはありますか」

「女の子が来てるのを、一度見たかな」

「女の子? 恋人ですか」

「そんな感じでもないなぁ、友達……いや、妹さんなのかな?」

 なるほど、花恋だな。何度か訪れたことがあると言っていた。花恋の特長を伝えると、間違いないと岡島は頷いた。

「他になにか気がついたことってありますか」

「気がついたことかぁ……」

 岡島は瞳を上に向け考えると、ややあってから、

「ああっ、あまり関係ないかもしれないけど、十時四十五分頃かな? さっき言ったなくなったタバコを買いにコンビニへ向かったんだよ。その時、そこのアパートの前の駐車場で、ミニバンを見たよ。見かけない車だったから覚えていたんだ」

「ミニバンですか? 他の住人の車じゃなく?」

「俺もそうかなと思ったんだけど、誰も乗ってないんだよね。まあ、友達とかが遊びに来ていて停めてたのかもしれないけど」

「何色でしたか」

「黒だったね。車名はわからないな」

「ナンバーってわかりますか」

「さすがにナンバーもねぇ」

 岡島は苦笑した。


 見かけない車が停まっていたとしても、ナンバーまで確認はしないだろう。気にも止めない。おれなんて、愛車のナンバーさえしらない。車に興味がなければ、少し見ただけでは車名もわからない


「隣がバタバタしていて、なにかあったのかなと思ったって言っただろ? そのことで近所の人と話したって」

「ええ」

「その近所の人が、真向かいの家に住んでる冴木(さえき)さんって方で、深夜の一時頃にこのアパートの前でミニバンを見たらしいんだ」

「日付が変わった時刻にですか……」

「しかも

「ほ、本当ですか!」

 内海は目を大きくし声を大きくした。おれも声を上げかけた。


 詳しい話を聞かなければ確かなことはわからないが、黒のシートに包まれているのが針枝治の可能性がある。攫うためにシートで包み、ミニバンで立ち去る。そんな光景がすぐさま浮かんだ。

 日付が変わった時刻に、シートで包みミニバンに入れる、他の理由が見当たらなかった。事件と結びつけてしまう。


「冴木さんは劇作家で、家の中で執筆してるって言ってたから、話を聞きたいのなら会えると思うよ。冴木さんいい人だし、応じてくれると思う。俺の名前を出してもいいしね」

「ほんまに助かります」

「ありがとうございます」

 内海とおれは頭を下げ言った。内海は顔を上げると、

「岡島さんから見て、針枝さんはどんな人だと思いますか」

「どんな? ちょっとしか話したことがないからなんとも言えないけど、人の良さそうな青年って感じかな。言葉使いも丁寧だったし、目をちゃんと見て笑みも浮かべてたし。でもなんて言うんだろ、こう暗い一面も持っていると感じたんだ。だから今回の騒動は、気持ちの面でトラブルがあり、どこかへ行ってしまったんじゃないかって、勝手に想像してるんだ」

 岡島の言うように、針枝治は体の線が細く、心も繊細そうに見える。針枝組長も、精神的に病んでいるところがあると言っていた。だが治は失踪したのではなく、誰かに襲われ攫われた。失踪ならば、その兆候が見られていたはず。組長や花恋が気づいていただろう。


「岡島さんは、治さんを見て様子が変だと思ったんですか?」

「いや、特にあるわけじゃないんだ」

 すると岡島は神妙な顔つきになり、

「……もしかしてさ、針枝さんは誰かに攫われたとかじゃないだろうね? 物音とか、ミニバンのことも興味あるようだったし……」

「まさか、そんなわけありませんわ」

 内海は声に出し笑った。名演技だった。笑い声にわざとらしいところはなく、反応も自然だ。岡島も突飛なことを言われ笑ったと考えたらしく、照れたように頭を掻き、疑りを引っ込めた。

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