第11話

「そんなに体を固くしなくていいから、すぐ終わるし」

「それはどうかなぁ、こってり絞らせてもらうつもりやからなあ」

 おれが気を使い表情を柔らかくし言ったのに、内海は意地悪だった。花恋は案の定、解けかけていた体の緊張を強くした。

「うそうそ、ごめんごめん。俺ら刑事やないしそんなんせえへんよ、ちょっと話を聞かせてもらうだけやから。俺のちょっとした悪いところが出たねん」

「は、はい……」

 花恋は苦笑を浮かべた。おれは右手でビンタするジェスチャーをし、

「あとで存分に殴ってもらっていいよ、おれも手伝うから」

 と言った。すると花恋は表情を崩した。

「ふふっ、それは遠慮しておきます」

「それでやな花恋、夜の九時三十分頃に電話かけたんやって、兄貴に」

 いたずら小僧の顔をしていたのに、内海はすっかりと真面目くさっていた。

「どうしても観たい映画があったので、いてもたってもいられなくなりまして。それで電話したんです」

「なんて映画なん?」

「ソナチネって映画です」

 ソナチネ? あれは確か極道の組長が主人公の映画だ。おれの頭の中では色々な考えがぐるぐるしていたが――いや、関係のないことだ。それにソナチネは極道が出てくるが、バイオレンスだけを売りにしているわけではないのだ。

「ネットでおすすめの映画を探していたら載っていて、興味が湧いたんです。お兄ちゃん、映画が好きだから持ってるかもと思いました。電話してみてると、持ってるし貸してやるけど、今は駄目だって。もうすぐでお客さんが来るからって」


「その客人の名前は聞かなかったか」

「聞きませんでした」

「誰か思い当たる?」

 花恋は首を横へ振った。

「すいません」

「今までそういったことはあった?」

 とおれは尋ねた。

「ありませんでした。お兄ちゃん、遊んだりするような友達もいませんでしたし」


 友達ならば、お客さんとは言わず友達だと告げそうだと思った。名や存在を隠したい人物のため、そう表現したのだろうか? それとも深い理由はないのか。夜中に来訪するお客さんとは?


 内海は顎に手を置き難しい顔をし考えてたが、花恋に視線を向けると、

「電話した時、なにか音は聞こえへんかった? 例えば車に乗っていたような音とか、人混みの音、音楽とか」

 あっとおれは口を開いた。そうか、必ずしも部屋にいるとは限らないのだ。別の場所にいたのだとすれば、状況は変わってくる。

「いえ、そういった音はなにも。でもパソコンのキーボードを叩いている音は聞こえていました、部屋の中にいたはずです」

「そうか」

 内海はこくこくと頷いた。ネットカフェということも考えられるが、その場合でも他の雑音が聞こえていただろう。内海も同様の考えのはずだ。

「ごめん、通話履歴見せてもらえる? 正確な時間確認したいねん」

 内海は片目を瞑り、顔の前で手を合わせ申し訳なさそうにしていたが、本来の目的は、花恋が本当に電話をかけたのか調べるためだろう。むっとしてしまったが、これも公平な捜査のためだ。

 花恋はラインの画面を開くと、こちらに見せた。二十一時三十分、二十五秒の通話だ。通話履歴は本物だ。


「なるほど、ありがとう」

 内海は満足したように言うと、

「兄貴のアパートにはよく行くん?」

「いえ、数えるほどですよ、たまに映画を借りにいくくらいで。今回も半年ぶりくらいですし……」

「半年ぶりに行って、血痕を発見するなんてな、酷やな」

 花恋は目を瞑り頷いた。色濃く残っている記憶の映像が、フラッシュバックしたのだろう。


「七時半頃、大学に行く前に映画を借りに行きました。電話で約束していたんです。チャイムを押しても出ず、鍵はかかっていませんでした。私は不用心だなあって思うだけで、深く考えませんでした。部屋に入ると、なぜか異変を感じたんです。お兄ちゃんはいませんでしたし、普段はパソコンをつけっぱなしなのに電源が切れていました。嫌な予感がして、部屋を見渡しました。すると、天井に血がついていたんです……小さくて細かく、まるで飛び散ったようでした……」

「それで兄貴の身になにかあったと」

「そうです、襲われたんだって思いました。父にも連絡して来てもらい、兄の姿はないし攫われたんじゃないかって……」

 花恋は小さくため息をついた。

「じゃあ映画は借りんかった?」

「はい、そんなことすっかり忘れてましたから……」

「そりゃそやな。……本当に、兄貴には親しい友達は一人もいいひんかったん?」

「はい、私の知る限りではですけど」

「恋人とかも?」

「はい、聞いたこともないです」

 友達はいなかったが、ダークエデンではフレンドがいる。ネット友達は存在している。


 おれは尋ねた。

「花恋は、お兄さんがやってるダークエデンってゲームのこと知ってる?」

 花恋はかぶりを振った。

「まったく知らないです。ゲームが好きなのは知ってましたけど」

「じゃあゲーム内にフレンドがいたことも知らない? なにか聞いたことない?」

「父とゲームのことを話しているようでしたけど、詳しい内容は……すいません……」

 花恋はぺこりと頭を下げた。おれは気にしないでと言った。

 妹に、自分がプレイしているゲームのことを話はしないかと思った。おれにも妹がいるが、わざわざ話さない。オタクじゃん、と一喝されるからだ。


「それじゃあさ、兄貴のツイッターのアカウントは知ってる」

 内海は尋ねたが、花恋はかぶりを振り、またしても申し訳なさそうに頭を下げた。

 兄のツイッターを知ってる妹は少ないだろう。兄妹ゆえ教えたがらない。おれは一度、妹にツイッターのアカウントを教えてよ、と言ったことがことがある。きもっ、と辛辣な一言だけだった。


「兄貴の最近の様子はどうやった? 元気がなかったとか、むしろ元気があったとか」

「特にはなにも感じませんでした」

「わかった。ありがとう、とりあえず聞きたいことは以上やわ」

「あまりお役に立てなかったと思います、すみません……。兄のこと、よろしくお願いします。二十七だし、兄もそろそろ本気出すって言ってたんです」

 花恋には悪いが、「そろそろ本気出す」はニートの常套句である。今すぐ本気を出さなければらないのだ。

 内海は立ち上がり、おれも反射的に立ち上がった。これでお別れにしてしまってもいいのか? また花恋に会えるという確証もないのだ。ここで動かなければ、必ず後悔することになる。そんな予感がする。以前妹に、お兄ちゃん奥手だもんね……とため息混じりに言われたことがある。とても冷たい目をしていた……。

 このままでは終われない!

 おれはスマホを取り出すと、意を決して言った。


「ラインを交換してもらってもいいかな!?」

「え?」

「ほら、お兄さんのことで質問したいことが出てくるかもしれないし――。駄目、かな……?」

 花恋は頬を紅に染めると、顔を伏せ小さく首を左右に振った。

「駄目じゃないです……私も、交換したいって思ってましたから……」

 おれは歓喜に打ち震えていた。涙がこぼれ落ちるかもしれない。おお、神よ! とキリシタンでもないのに十字を切ってしまいそうになる。とにかくどの神様でもいい、ありがとう!!

「いや、質問やったら組長さんに聞いたほうが――」


 おれは内海を押しのけると、先の言葉を阻止した。神が与えてくれたせっかくの機会を阻もうとするとは、異教徒他ならならない。

 必死さと情念が伝わったらしく、内海はなにも言わなかった。

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