第10話

 次は針枝花恋のもとへ向かった。岡の案内であるが、あまり気乗りしてないように見えるのは気のせいだろうか? 大事なお嬢様にちょっかいをかけるなと、その背中は語っているように感じた。

 二十歳の大学生らしいが、針枝花恋のことを、おれはスケバンのような格好でイメージしている。ちょっかいを出すなんてとんでもない! タバコを咥え一秒で火をつけなければ、頬をぶたれるかもしれないのだ。倒れ込み頬を押えながら、すいません姉御! と許しを乞うている自分の姿を想像していた。

 内海に声をかけられたことによって、想像は消え去った。


「なあぶっさん?」

「なんだ?」

 内海は声をひそめ、

「ツイッターの鍵アカ見るんやったら、市ヶ谷(いちがや)の協力がいるかもな」

「でもそれは、フレンドの誰もが知らなかった場合だろ?」

 おれも内海にならい声を小さくした。

「それに市ヶ谷のやつは面倒くさがるんじゃないか」

「そんなん関係あれへん」

 内海は横暴なことを言った。有無を言わさぬ気迫がある。こうなってしまえば内海は折れない。今頃、市ヶ谷は寒気に襲われていることだろう。


 部屋の前まで来ると、ここだとだけ言い残し、岡は離れていった。

 内海が扉をノックし、返事があると中へ入った。

 床を見て右手にあるベッドを経由し、針枝花恋を見た。おれは目を奪われた。一瞬、心臓が止まってしまった。


 スケバンなんてとんでもない。名前の通り、可憐な容姿だったのだ。岡が心配するのもわかる。


 兄のように垂れ目気味だが大きく、涙袋もくっきりとしている。眉は細く鼻筋も通り、唇は少々厚ぼったいが、顔の形も非常にシャープでそれでいて愛嬌がある。幼い印象を受けたのは、化粧をしていないからだろう。化粧をせず、これほど綺麗だと感じさせる人は珍しい。芸能人レベルだということだ。

 花恋は椅子に座っているが、まさに座ればボタン、歩く姿はユリの花だ。立てばシャクヤクのように鮮やかになのだろう。おれはボタンもユリもシャクヤクも眺めたことはないが、さぞかし美しい花なのだろう。

 なんだか緊張してきてしまった。組長とは違う緊張感。もしかすれば、組長の時よりも心臓の音はうるさいかもしれない。


 花恋はボタンからシャクヤクになると、

「お二人が父の言っていた探偵さん?」

「ええ、よろしく」

 とおれが答える前に内海が言った。心の中で悪態をついていると、内海は両手を前で組み、

「まだまだ若手なんで頑張ってやっていかなあかんな〜思てます〜」

 つまらねえこと言ってんじゃねえ関西人! くたばれ!!

 自己紹介は先にしようと思い口を開こうとしていると、花恋はおれの方を見て、あっと口を開けた。なんだ!? また鼻毛がこんにちはしているのか!?


「もしかして、毒島蓮太郎さんですか?」

「え、そうだけど……なんでおれの名前を?」

「毒島さん、M大でしたよね? 私もM大に通ってるんです、後輩なんですよ」

「へえ、そうなのか!」

「毒島さんが在学中、何度かすれ違ったことがあるんですよ」

「うそ……」

 こんなに綺麗な人がいれば噂に聞き、すれ違ったのなら覚えてそうなものだが、おれは不運に見舞われたようだ。帳尻を合わせるように、今になって顔を合わせてくれたのか。

「じゃあ私のことは全くわからないんですね……」

「ごめん」

「そうですか……私は素敵な人がいると思ってたのに……」

 花恋は眉を垂らし、気を落としていた。

 なにか声をかけるべきだったが、素敵な人と言われた言葉を、何度も頭の中でリピートしていた。愛していると言われた誰からの言葉よりも、胸に響いていた。何杯でも米をおかわりできそうだった。


「ありがとう、嬉しいよ……本当に……」

 おれは後頭部を掻き、頬に熱が帯びていくのを感じながら言った。

「いえ、そんな……」

 花恋も照れたように笑っている。悪くない雰囲気だ。これぞ青春だ。

 そこでお邪魔クソ虫である内海が咳払いをした。花恋はおれから目を離す。

「じゃあさ、俺のことは知らんの? 俺もM大やで、名前は内海湊や。ぶっさんとも同い年やし」

 内海は笑顔で言ったが、花恋は首を傾げると、申し訳なさそうに、

「ごめんなさい、ちょっと……」

「そ、そっか……」

 申し訳がる必要なんてないのだ。素敵な人でない内海が悪いのだから。内海はしゅんとした犬のように表情を寂しそうにさせていたが、ニヤニヤしているおれを見ると、面白くなさそうにした。内海は面白ければそれでいいということを、そういえばとおれは思い出していた。


「なあなあ聞いてや、花恋。ぶっさんは女たらしでそれはそれは有名やねんで!」

「えっ」

「やっぱり知らんのかいな〜!」

「てめぇ内海、嘘ついてんじゃねえ! 今までずっとおれがフラれてきたわ!」

 手酷く捨てられた記憶が甦った。おれは炭酸が苦手で、顔をしかめて飲んでしまう。その姿が気持ち悪いからとフラれたことがあった。どんな理由なのだと、未だに疑問だった。

 ひきつるおれの顔を見て、内海はけたけたと手を叩き笑っていた。

「信じないでくれよ、花恋――花恋って呼んでいいかな?」

 とおれは言った。

「はい」

「おれは女たらしなんかじゃないからな、内海の嘘だ」

「わかってますよ、毒島さんはそんは人じゃありません。でもお二人はとても仲がいいんですね、見ていて感じます」

「そうなのかな……自分ではよくわからなくなってきたよ」

 内海はひとしきり笑うと、あらためて自己紹介し、依頼されたことを話した。真剣な表情を作ろうとしていたが、口元は緩くなっていた。


 花恋は頭を少し下げると言った。

「すいません、父が無理言って。本来なら警察に通報するべきなんですけど……頑固ですから……」

「精一杯やるつもりです」

 とおれは言った。そこで内海の悪い癖が出た。

「ぶっさんはこう言ってるけど、報酬がまあまあええからやねんで」

「それだけじゃないって!」

「でも、お金は大事ですものね」

 花恋は笑みを作り、フォローをしてくれた。いい子だ。いい子が故に心が痛い。


 本当にお金のためだけではないのだ。確かに提示された金額は魅力的だし、驚きもした。まだ納得できない部分もあるが、おれは組長の純粋な親心に胸を打たれたのだ。長々と弁明するのはむしろ嘘っぽく聞こえるだろう。おれは何も言わないことにした。呪いを込め内海を睨んだ。おれの黒い黒い怨みが取り憑き、あと数年で死に至るはずであろう。間違いない。


 壁にシャツと黒いスボン、それと腰エプロンがかかっていた。話題を逸らすため尋ねてみると、カフェでバイトしていると教えてくれた。いつかお邪魔させてもらうよと言った。

 花恋はベットの下から座布団を出すと、座るように勧めてくれた。お言葉に甘え座らせてもらい、花恋も座り込んだ。これから事情聴取が始まるとわかっているため、体を緊張させていた。

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