第9話

「花恋さんも鍵アカは見れないんですかね」

「おそらくな」

「じゃあゲームアカだけでいいんで、教えてもらえます?」

 針枝はアカウント名を言い、おれは念のためにスマホにメモを残しておいた。

「治さんが攫われたと思われる日、組長さんは何時頃ご就寝されました」

 内海はわざとらしい笑みを作り言った。珍しく取り繕っていた。

「十一時頃だとは思うが」

 針枝も訝しげにしている。

「食事のあと、外には出ましたか」

「いや、出ていない」

「では、それらを証明できるものはいますか」

「……まさか俺を疑っているのか」

 針枝は眉を曇らせ、体に力が入っていくのがわかった。当然の反応といっても良かったが、内海も気圧されていなかった。

「念のためです、念のため」

「念の為か……まあ、そうだな……」

 針枝の体から力が抜けていった。ヤクザの顔から一人の父親の顔になった。

「公平(フェア)な捜査をしてくれた方が、むしろ信用できる」

「ご理解、感謝します!」

 内海は満面の笑みを浮かべた。本当に有難いと思っているのだろう。内海はおれの耳元に口を近づけると、ええおっさんやな、こいつと小さな声で言った。おれの心臓は跳ね上がった。聞かれたのではと思ったからだ。


 ちらりと窺ってみると、針枝の表情や態度に変わりはなかった。ほっと胸を撫で下ろす。

「証明できるかどうかだったな、そうだなあ――特定の者を上げることはできないが、俺が屋敷から出れば誰かしら気づくはずだ。どうだ、これでいいか?」

「ええ、ありがとうございます。大変参考になりました」

「それならば良かった」

「取り敢えず、今のところ質問したいことは以上です」

 内海が言うと、

「そうか、わかった」

 と針枝は言い立ち上がった。


 おれたちも立ち上がると、針枝と握手した。かさかさと乾燥し、大きな手だった。


「よろしく頼むよ」

「組長さんこそ、百万頼みまっせ〜」

 内海は目を細めいやらしい笑みを浮かべた。数多ある内海の嫌いなところの一つが出た。下品で欲に忠実なところだ。いや、これだという二つか。

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