第8話

「治さんが食事に来た時、様子はどこもおかしくありませんでしたか?」

「ああ、普通だった」

「犯人から連絡はあれへんのですか。金銭の要求とか、犯行声明とか」

「それがまったくないんだ」

 営利目的ではないとすると、個人的な怨みからだろうか。組関係の仕業でも、なにかしらのアクションを見せるはずだ。

「治さんが言っていたお客さんとやらに、思い当たる人はないんですか」

「いや、まったく。あいつはあまり外に出ないし、では親しい人物はいなかった」

 含みのある言い方にどうも引っかかった。質問しようとしてると、内海が先に言った。

「現実っていうのはどういう意味です」

「あいつはゲームが大好きでな、特にオンラインゲーム。半分は電子世界で生きているようなものだった。同じゲームをずっとやっていた」

「ゲームの名前はなんですか」

 とおれは尋ねた。おれもゲームが好きでよくプレイしている。その分野には詳しいとも自負している、名前を聞けばわかるかもしれない。


「ダークエデンって名前のゲームだ」

「ああ、ダクエか」


 予想通り、知っているゲームだった。ダークエデンはダクエという愛称で呼ばれている、PCで遊べるMMORPG――大規模多人数同時参加型オンラインRPG(ロールプレイングゲーム)である。剣と盾と魔法などを駆使し、モンスターや時には他のプレイヤーと戦う。毎分、どれだけダメージを与えたのか、仲間への貢献度で、報酬が決まる。高難易度で、二、三度の攻撃で殺される――キルされることもある。それ故ヒール役が回復を怠ってはパーティは壊滅する。ヒール役がキルされないよう、近接戦闘役は敵を引き付けなければならない。チームワークが大事なのだ。

 ダークエデンはおれもプレイしている。所謂、神ゲーだ。内海はちんぷんかんぷんのようだったので説明してやった。いかに神ゲーかということを。


「現実と言ったのは、ゲーム上で繋がっているフレンドが六人いるからだ」

「ん? どうしてフレンドのことまで針枝さんが知ってるんですか」

 おれは疑問に思い尋ねた。針枝は恥ずかしそうに体を少し動かし、顔を険しくした。

「……実はな、俺もそのゲームをしてるんだ」

「え、そうなんですか」

 意外だった。それが素直な感想だ。いや、ヤクザの組長だからといって、オンラインゲームをしてはいけない理由はないのだ。ただ泡銭で課金してると思うと、複雑な心境だった。


「この立場であるし恥ずかしいんだがな。切っ掛けは、息子のことを少しでも理解したいと思ったからだ。引きこもり気味で、精神的に病んでいるところもある。コミニケーションも取れるかと思った、治も嫌がらずむしろ喜んでくれたよ。アカウントを教えてもらい、一緒にプレイした。するとこれがけっこう面白くてな、治のようにのめり込むほどではないがな」

「そのゲームをプレイしてることを知ってるのは、治さんだけですか」

 と内海は訊いた。

「いや、若頭と花恋は知っている」

「治さんの六人のフレンドのことを知っているということは、組長さんもフレンドなんですか?」

「そうだ、たまにだが一緒に遊ぶ時もある。息子だということは隠しているが、知り合いだと認知されている」

「そのフレンドが怪しいと思ってはるんですね?」


 針枝はこくりと頷いた。

「そうだ。これだという確信はないし、いいやつばかりだが、先ほども言ったように治は半分、電子の世界で生きているようなものだ。同じ趣味を持っているからこそフレンドを作れ、仲良くできる。だがそこでトラブルがあり、攫われたと考えた。動機がそこにあるように思えてならないんだ。他の交友関係は知らないし、本人の口から聞いたこともない」

「確かにその可能性は高そうですね、現にネット上のトラブルもよく報道されてますわ。針枝さんは知らないんですか、フレンドたちとなにかトラブルがあったとか」

「いや、聞いたことがない。俺自身、彼らといつもいつも遊んでいるわけじゃないしな。それも踏まえて捜査してもらいたい」

「そうですかあ」

「しかし問題がある。フレンドたちは治が攫われた夜、。ボイスチャットを使って、


「つまりアリバイがあると!?」

 内海は身を乗り出し声のトーンを上げた。思わぬプレゼントをもらった心境なのだろう。


 犯行時間に仲間たちとゲームしていれば、確かに犯行は不可能だ。だがまだ犯行時間はわかっていない。

 おれはそう尋ねた。


「毒島くんの言うように、まだ犯行時間はわかっていないが、治が言っていたお客さんというのが怪しいとは思わないか? しかも夜の九時三十分以降にだぞ?」

「それは確かに」

「そやでぶっさん、つまらんちゃちゃいれんな。みんなアリバイがあるんや!!」


 おれは内海を無視し、

「そのフレンドたちは何時頃からゲームしていたんですか?」

「二十一時十五分ぐらいから、翌日の零時三十分頃だ。アクセスログを見たから間違いない」

「針枝さんはゲームをしなかったですか」

「前々から誘われていたが、俺はしなかった。ずいぶんと酒も入っていたしな、さっさと眠ってしまいたかった」

「治さんはどうです」

「治もログインしていなかった。食事に来る前に少しだけプレイしていたみたいだが、新作のゲームが出たとかでそっちをやっていた。食事の席でそんなことを話していたよ」

「そうですか……」


 少なくとも針枝治は、針枝花恋が電話をかけた二十一時三十分までアパートにいた。攫われたのはそれ以降。花恋がアパートへ向かった七時三十分までのあいだだ。客人が来ると言っていた時刻は二十一時三十分から。客人が犯人だとすれば、会話しながらゲームをプレイしていたフレンドには、犯行不可能だ。誘拐とゲームの同時進行はできない。

 交友関係はフレンド以外ないとすれば、動機を持っているものもフレンドだけということになるのだ。フレンドたちから話を聞かなければならない。


 内海は言った。

「食事して、治さんをアパートまで送ったのは二人の組員なんですよね。なにか知っていることはあれへんのですかね? 邪推を許して貰えるのだとしたら、二人が治さんを見た最後の人になります、そこでのちに襲うようなトラブルがあったりだとか……」

「俺も同じ考えで、二人から話を聞いたが怪しいところはなかった。治のことについても、普段通りだと言っていた。ドライブレコーダーも確認してみたが、異常なところはなかった」

「そうですか、わかりました。組員には、誘拐のことを教えているんですか?」

「教えている。なにか有益な情報が得られるかと思ったが、見当違いだったよ」

「フレンドと会うことは可能ですかね」

「ああ、できると思う。詳しい事情は話していないが、行方不明になったことだけは伝えている。警察にも連絡したが事件になるまで動いてくれないため、探偵を雇い、話を伺いに行くが良いかと、今訊いている。ちゃんと住所も教えてもらうつもりだ」

「ほんまですか、それは良かった」

「リストを作成して渡すよ」

「お願いします。それとアパートを確認したいんで、鍵を貸してもらえます」

「わかった」

 針枝は立ち上がり机の引き出しから鍵を取り出すと、内海に渡した。内海はにやりと笑い礼を言った。現場を見られることが嬉しくて仕方がないらしい。


「ああ、せや組長さん。ゲームのアカウント知ってるんやったら、ツイッターとかのアカウントは知りませんか?」

「ツイッターをやっていることは知ってるし、アカウントも知っている」

「教えてもらってもええです?」

「ああ、しかし――」

 針枝は難しい顔をして腕を組んだ。

「どうやらアカウントは二つあるらしいんだが、一つは鍵アカウントで見れないんだ。日常のことなどを呟いているみたいだがな」

「鍵のかかってないアカウントは何用ですか」

「主にゲームについてだな。そのアカウントで、フレンドたちともやり取りしているみたいだ。鍵のついた日常アカウントのことは、フレンドも知らないかもな」

 裏アカウントというものだろうか。別のアカウントを作り鍵をかけ、好きなことを呟く。一つ目のアカウントでは友達やフォロワーとの関係やしがらみがあるため、呟けない内容もある。愚痴や隠している趣味のこと、親しい者には見せられないプライベートなことなど。自由なSNSで窮屈にしているものは多いのだ。

 針枝治に、そこまでの大層な理由はないのかもしれないが。

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