第7話

「わかりました、依頼引き受けさせてもらいますわ」

 と内海は言った。

「ほ、本当か、すまない……」

「それじゃあ誘拐の詳しい説明をお願いできます?」

「そうだなぁ、どこから話せば……そうだ、まずあれを」

 針枝は立ち上がると、机へ向かった。写真を持ってくると、おれたちの前へ置いた。

「これが、息子の治(おさむ)だ」

 内海が写真を手に取り、一緒に覗き込んだ。

 どこかの中華店で撮ったものなのか、席に座り父親と共に針枝治が写っていた。体の線が細く、幸の薄そうな顔をしているが、垂れた目には愛嬌があった。女性ならば母性本能を擽られるのではないだろうか。写真だけの印象だが、人に怨まれるようなタイプではないような気がする。


「可愛い顔をしてんなぁ、おい……」

 と内海も呟いていた。少しの苛立ちが混じったように聞こえたのは、おれの勘違いだろうか? でもその気持ちはわかる。

「治はアパートで一人暮らししている」

 内海は写真を机に置くと、

「お仕事はなにを?」

「仕事は……なにもしていない……」

 針枝は恥じたようにオールバックの頭を撫でた。ニートだということだろうか? なのに一人暮らしを?

「アルバイトもなにもしてへんのですか」

「ああ、そうだ」

「じゃあアパートの家賃や生活費は組長さんが?」

「そういうことになる」


 アパートの一室を与え、ニート生活をさせてやるとは、なんと羨ましい。沢山のお金もかかる、ヤクザの親分だからこそできるのだろう。いうなれば、組長は大企業の社長なのだ。おれの親も組長ならば。

 妬ましくも思うが、ここまで手厚くするのには、なにか理由があるのかもしれない。


「このままでは駄目だと、自覚しているんだがな……」

 組長はため息をつき、ゆらゆらと首を左右に振った。

 警察への連絡を拒むのは、ここにも理由がありそうだ。組の長が、息子を甘やかしていた事実や事情が露呈してしまうからだ。世間体、まさにメンツ。警察に舐められてしまう。

「組員はそのことを知ってますー?」

 と内海は語尾を伸ばし言った。

「言ってはいないが、薄々は勘づいているとは思う。俺に直接聞いてくるような馬鹿はいないがなァ」

 針枝は怖い組長の顔をしている。内海が組員ならばその馬鹿になっていただろうと、おれは思った。


「じゃあ次は、誘拐発覚の経緯を教えてもらってもいいですか」

「わかった、一から話す。……二日前、つまり一月二十日、治はここへ夕食を取りに来ていた。あいつは引きこもりみたいなもので、あまり外も出ず、俺が言わなければ顔を見せようともしない。だから週に一回は一緒に夕食を取ることにしていた」

 そこで内海は言った。

「その食事会は毎週かかさず?」

「そうだ」

「息子さんはウザがってませんでしたか」

「いや、そんなことはない。そんな素振りは見せなかったな」

「なるほど。ほな続けてください」


「その日は、六時くらいにここへやってきた。俺には娘もいて名前は花恋(かれん)、あいつの妹だ。妻には先立たれたので、三人で食事し家族の会話をしていた。息子が帰ったのは八時三十分頃だったかな。二人の組員に送らせた。

 九時三十分頃、花恋が治に電話したんだ。確か映画だったかな? どうしても観たいので貸してほしい、今から取りに行ったてもいいかと言った。だがもうすぐお客さんが来るからと、断られたらしい」


「そんな夜中にお客さんですか……」

 おれは呟いた。


「そうなんだ、娘も訝しんだらしいんだが、断られたため、次の日の朝に取り行ってもいいかと訊いた。それにはOKをくれた。花恋は大学生で、大学へ行く前に借りに寄るつもりだった。次の日になり、訪ねる前に電話してみたが出なかった。その時の時刻は七時半。寝ているのかと思ったが、チャイムを押せば起きるだろう。そう思い気にしなかった。しかしチャイムを押しても出てこない。ノブに触れてみると、鍵がかかっていなかった。中へ入ってみると治の姿はなかったが、部屋の周囲を見渡し、天井を見てみると血痕がついていた。お客さんが来ると言い、電話も出ず鍵もかけず、天井には血痕。なにかあったんだと思うのが当然の考えだ。花恋から連絡があり、俺たちも向かい色々と調べたが、治との連絡もつかずどこにも姿がなかった。誘拐されたのではないかという結論に至ったんだ。そうして君たちに依頼することにした」


 誘拐されたと決めつけるのは些か早計ではないかと思ったが、いや、と思い直した。その状況ならば襲われ攫われたと考える方が、妥当なのかもしれない。


「治は現金をあまり持っていない。カードを使えばわかるが、今のところその形跡もない」

「治さんのスマホはアパートにありましたか」

「いや、なかった。犯人が持ち去ったのかもしれない」

 故意に盗ったのか、ポケットに入っていたため意図せず持ち出したという可能性もある。今のところ、どちらが有力なのかはわからない。

「スマホの位置情報機能で、場所はわからへんのですかね?」

「無理だな。調べる術はない」

「犯人もアホやないんで、すでにスマホを投棄してるでしょうしね。わかりました」

 内海は頷くと、

「花恋さんは大学生らしいですが、何歳なんですか」

「二十歳だ」

「ここに住んでるんですか。それとも一人暮らし?」

「いや、ここで住んでる」

「じゃあ話を聞くことってできます?」

「ああ、できる。花恋にもそのつもりで話している」

「お、それは有難いですな」

 内海は笑った。


 おれは針枝花恋を、高度経済成長期に流行ったスケバンのような格好で思い浮かべていた。ヤクザの、ましてや組長の娘など見たことないからだ。名のかれんという姿からは程遠い。

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