第6話

 進んで行くと、扉の前に若頭の岡が立っていた。どうやらおれたちを待っていたらしい。

「よく来てくれた。――もういい、下がってくれ」

 岡の最後の言葉は案内人に向けられた。案内人はぺこりと頭を下げると離れていった。

「組長さんは?」

 と内海は言った。

「中で待っている、行こう」


 岡は扉をノックすると開けた。失礼しますと頭を下げ、中に入っていった。おれたちもあとに続いた。胸はドンドコとうるさかったが、内海はアトラクションを待つ子供のようにウキウキしていた。

 応接間なのだろうか。床はフローリングで絨毯がひかれ、ガラスのテーブルを挟み黒革のソファーが六席置かれている。その奥には艶のある木でできた机がある。

 針枝組長は椅子に座っていた。年齢は五十半ばで、白髪が混じっているが剛毛だ。岡とは大きな違いだった。剛毛をオールバックにし、おでこには三つの深いしわが目立っている。針枝組の組長という立場を知っているからなのか、ひしひしと威厳を感じた。一般的な五十代に、あれほどの威圧感はないだろう。


「その二人が噂の探偵か」

 組長はしわがれた声で言った。背後の壁には針枝組の代紋がかかっている。針のように尖った枝が描かれている。

 岡は膝を折ると、膝頭に両手を置き頭を下げた。

「ええ、こちらが内海探偵事務所の方々です。私のすぐ隣にいるのが内海さん、そして毒島さんです」

 紹介され、おれは慌ててみっともないほど深々と頭を下げた。内海はヤンキーのように、うっすと顎を少し突き出すだけだった。度胸があるわけではなく、この場合は馬鹿と言うのだ。


 組長は立ち上がると、

「私は針枝利信(としのぶ)、どうか息子を探す手助けをして欲しい」

 と言い頭を下げた。内海よりも礼儀正しい挨拶だった。

 針枝に言われ、岡は退席した。ソファーに座るように促され、おれたちは腰を下ろした。針枝も前にあるソファーに座った。向かい合い、あらためて緊張してきた。冷たい汗をかく。粗相があれば、おれもあの坊主頭のように何度も何度も殴られるのだろうか。

「岡から、どこまで聞いている」

「息子さんが攫われたって聞かされただけです、詳しいことはなにも」

 質問には内海が答えた。

「まだ正式に依頼を引き受けているわけじゃないんだな」

「ええ、内容にもよりますから。とりあえず詳しい話を聞かせてもらえませんか?」


 針枝は顔を伏せ少し考えたあと、

「詳しい説明は、依頼を引き受けてからしかできない。警察に通報されても困るのでな」

「そこなんですよ」

 とおれは口を挟み、苛立ちを混じえながら、

「どうして警察に通報しないんです? それが一番手っ取り早いし、確実です。メンツがそんなに大事なんですか?」

 と言った。言い終えてこれが粗相だと気がついた。だが針枝は予想に反してしゅんとしていた。

「……ヤクザというのは脆い、君たちが思っているよりもずっとな。それに我々は警察とあまり良い関係を築けていない、付け入る隙を与えてしまうことになる。そうなると一気に崩壊する。もちろん、息子が心配なわけじゃない。オヤジなんて呼ばれていなければ、警察に連絡している。頼む、息子を見つけ出してくれないか……?」

 針枝はすがるような顔をしていた。きっと子分たちには見せられない顔だろう。息子が心配なのだ、息子を助けたいのだ。その気持ちはヤクザであろうが同じだ。組長、そしてメンツというしがらみが、巻き付くいばらだった。事情も知らず、苛立たしげに言ったことを、少し悔いた。


「犯人を見つけたら、どうするおつもりですか」

「それはこちらで対処するよ、警察になんて渡さない」

 怖い。やっぱりヤクザじゃないか!

「君たちが引き受けてくれないのなら、他の者に頼むだけだ。どうだろう、報酬は百万を出すつもりだ」

 俺は驚きで飛び上がりかけた。

 ――ひゃひゃひゃひゃ、百万……。なんて素晴らしい……なんて素晴らしいんだ!

 頭の中ではすっかり、南の島の浜辺でサングラスをかけ、ジュースを飲みくつろいでいた。青い海、青い空、褐色肌のフラガール。ああ、日差しが眩しいぜ……サングラスかけてるけど。


「足りないか? もちろん経費は別で払う、足りのなら――」

「いえ、そういうことではありません!」

 数字を聞かされる前に、おれは両手を振り慌てて遮った。百万から増えるなんて素晴らしさ倍増だが、恐ろしさも倍増してしまう。

 すると隣から舌打ちが聞こえてきた。内海が横目で睨みつけていた。いらないことを言うなと、その濁った目は告げている。けれどおれは、なにも間違てなんかいないと確信している。報酬を上乗せをさせておいて見つけ出せなければ、小指を持っていかれるかもしれないのだ。それも両手とも。

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