第5話

 日が沈んだ頃、岡から連絡があった。「行きます行きます!」と内海は二つ返事だった。まるで飲みの誘いに応じるかのようだった。

 愛車であるフィットに乗り込み、内海も助手席に座った。エンジンをつけ出発する。いざ向かうのは組長宅のお屋敷だ。こんなに気が重いドライブは初めてだった。


 二十分ほど走らせ着いた。屋敷は街から少し離れたところにあり、周りには緑がある。立派な日本家屋で、お城のような瓦屋根の門構え。外からでも広いことがわかる。門の前にはスーツを着た、サラリーマンとは人相が決定的に違う男たちがいた。なぜ全員、眉間にしわを寄せているのだろう?

 一人が近寄ってきた。撃たれるのではないかと思ったが、車を駐車する場所を先導してくれた。よく見れば人の良さそうな顔をしているではないか。屋敷の前に五台ほど停められるスペースがあり、そこへ停めた。

 車を降りると、先導した男がこちらですと言い、案内してくれるようだった。内海は躊躇もなくずんずんと進んでいった。まるで親分にでもなったかのような尊大な歩き方だ。ご苦労ご苦労! と言い出さないか心配だった。


 玄関につくと、靴を脱ぎスリッパに履き替えた。廊下のフローリングはピカピカに磨かれ、当然なのかもしれないが屋敷全体が清潔だ。血痕を発見してしまったらどうしようかと思った。

 案内人は進んでいく。沢山部屋があるようだが、組長は奥にいるらしい。

 すれ違う組員たちは、心做しかおれの小指を注視しているように感じた。気のせいだろうか? ケジメを取らなければならないことをした覚えもない。任侠映画を観ていて思うのだが、彼らはすぐ小指を求める。トラックでやってくる廃品回収業者よりも催促する。

 左に曲がり、渡り廊下に出た。右手には、石で囲われた池と獅子落としがあった。坊主頭の顔には小さな傷が沢山ある男が、手すりに尻を乗せ立っていた。下顎を突き出し、こちらを睨み殺そうとしていた。やっぱり小指を見ている……。

 内海は男に気がついたらしく、立ち止まった。何をする気だ!! と思うのも束の間だった。


「なんか小指ばっかり見てますね!!」

「あ、いや……」

 男は面食らい、視線をさ迷わせた。

「ね、見てますよね! さては俺の小指取るつもりやな〜!」

 なあ、ぶっさんとこちらに問いかけるようものなら、いやおれはそうは思わんな! と強く強く否定するつもりだった。

 温厚そうに見えた案内人が怖い顔をした。内海が殴られる! と半分期待していたが、怒りは坊主頭の男に向けられた。

「てめえお客様になんて目をしてやがんだ小僧!」

 案内人は坊主頭に飛びかかり、殴りつけた。坊主頭は必死に何度も謝っているが、けっして暴力は止まらない。おれが止めようとしていると、幾人かが集まり、案内人を引き剥がした。坊主頭の顔は腫れ、血を流していた。ぽたぽたと血が綺麗な廊下に落ちる。やはり血痕はどこかにあったのかもしれない。

 騒動も終わったと思い安堵していると、坊主頭が無理やり引きづられ、どこかへ連れて行かれようとしていた……。駄々っ子のように首を振り、嫌だ嫌だァー! と声を上げている。


「こゆ――」

 と言いかけたところで口を塞がれ、坊主頭の姿は見えなくなった。

 ごくりと唾を飲む。もしかすれば、彼の小指は無くなってしまうのかもしれない。おれはなにも見ず聞きもしなかったことにした。


「怖いなぶっさん、あれ小指って言いかけてたで?」

 内海の言葉も聞かぬようにした。案内人は血塗れの手をして、息を荒くして言った。

「さ……さあ、こちらです……。行きましょう」

「はい!」

 おれは元気よく返事した。

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