第4話

 数時間後、極悪人――ヤクザ者なのだから間違いではないだろう――がやってきた。ソファーに座ると、名刺を取り出し机の上に置いた。名刺には、岡(おか)庄司(しょうじ)と書いてあった。なんと針枝組の若頭である。護衛の姿は見えないが、もしかすれば外で待機しているのかもしれない。


 岡の身長は百八十ほどあり、常に眉間にしわを寄せ、拳が石のように硬そうで大きい。頬に刃物で切られたようなあからさまな跡があった。黒のスーツに左腕にはロレックスという、これまた古典的な格好。インテリヤクザという感じではなく、血を好む武闘派といったところだろうか。街で会えば、目を合わせてはならない存在だ。

 髪の毛は野崎と同じように後退し始めている。おでこがぴかりと光っている。おれの父の髪も薄いということもあり、野崎にしてもそうだが、少し親近感が湧くのだ。でも同時に、将来はおれも髪に見放されるのだろうか? と考え、悲しくなるのだ。ワカメを沢山食べるから勘弁してもらいたい。


「岡さん、若頭ですか。そいつはおっかないなぁ〜、やっぱ背中に墨入ってるんですか?」

 おっかないと言っておきながら、内海は躊躇うことなく尋ねた。岡は失礼な態度に余裕のある笑みを見せた。

「ヤクザ者はたいてい入ってるさ」

「それもそーですね。ぶっさん、茶を入れてーや」

「構わないでくれ。長居するつもりもねえからよ」

「そうですか、わかりました」

 内海は懐から名刺を取り出すと、岡に渡した。おれも慌てて名刺を渡す。そういえば野崎には渡し忘れていたなと、今になって気づいた

「内海くんと毒島くんね、噂は聞いてるよ」

 岡は名刺とおれたちの顔を見合わせながら言うと、懐にしまった。

「それはどうも、いやあ俺らも針枝組の噂は色々聞いてますよ。噂は噂でも、黒い噂ですけどね」

「おい、内海!! 軽口はよせよ」

 岡はまた余裕のある笑みを浮かべた。

「ヤクザ相手に度胸あるじゃねえか、オヤジも気に入りそうだ。どうだ、依頼受けてくれるか」

「内容によります。黒い噂の片棒を担ぐつもりはありませんから」

 内海も口角を上げ、余裕があるように見せていた。

「まあ、報酬がいいのなら迷わず手を汚しますけどね」

 汚すな汚すな。


「でも針枝組の方が、わざわざおれたちになんの依頼を?」

 とおれは尋ねた。

「もちろん、犯罪を手伝ってほしいわけじゃあない。俺たちじゃ、どうにもできないと思ってな……」

 焦れったい。用件が見えてこない。言い辛いことなのか?

「それで依頼というのは?」

「実は、オヤジの――組長の息子が攫われたみたいでな……」

「誘拐ですか」

「そういうことになる。俺たちは街のワルを見つける力はあるが、捜査する力を持ってない。だからあんたたちに頼みたくてな」

「いや、誘拐なら警察に相談した方がいいんじゃないですか?」

「俺たちにもメンツがある、おめおめ警察になんか頼めるか」

 岡はこちらを睥睨してきた。メンツなどというクソの役にも立たないクソのことはよくわからないが、極道には極道の流儀があるのだろう。常人にはわからない感覚だ。もしくは、警察に頼みたくても頼めない理由や要因があるのかもしれない。


「その息子さんの年齢は」

 内海は言った。

「二十七だ」

「誘拐というのも、抗争に巻き込まれたとかじゃないんですか」

「違う。息子さんはカタギだし、攫っても意味がない。プロは素人には手を出さんだろう」

 それも極道の流儀なのだろうか。しかしテレビでは、一般人を脅したり暴行を働いたりという、ニュースがよく流れている。実にあやふやな流儀だ。

「詳しいことは、今夜オヤジのもとへ行って聞いてくれ。そっちの方が手っ取り早い。もし依頼を受けられるのなら、今夜電話するからそこで伝えてくれ」

「正式にまだお受けするかはわかりませんが――わかりました」

 と内海は言った。

「いい返事があることを願っている。では」

 岡は立ち上がると、黒革の靴をピカピカと光らせながら事務所から出ていった。


 扉が閉まり、数秒間はお互いに黙っていた。おれは内海の方を見ると、

「依頼、引き受けるつもりなのか」

「面白そうやん。組長の息子の誘拐なんて」

「でも相手はヤクザだぜ? ヤクザは好きじゃないんだよな……」

「おっ、えらい強気やな、あんなにビビってたのに」

「お前が舐め過ぎてるだけだよ。でも誘拐か……ヤクザの仕業じゃないとすると、お前が期待するようなドンパチはないぞ?」

「誰がドンパチを望んでるなんて言った!」

 内海はけしからんと叫んだが、あわよくば拳銃が見られるという邪な考えは持っているはずなのだ。以前、チャカ撃ってみたいわ〜と言っていたことがあった。


「それに報酬もええはずや、ボーナスも出るで」

「でも相手はヤクザだ」

「でも金持ちや」

「でも悪銭だ!」

「でも金は金や!!」

「でも――」

「でもでもうるさいわい!! 心配すんな、あいつらもマネーロンダリングくらいしてるやろ」

「いや、そういうことじゃなくて……」

「ぶっさん、考え方を変えるんや。誘拐事件を、警察に邪魔されず捜査できるんやで? 最高やんか!」


 内海は楽しそうにしていた。いつ攫われたのか、どんな状況なのか、目撃者はいるのかなどの詳細はわからないが、確かに組長の息子が攫われ、その捜索というのは興味を惹かれる。だが相手はヤクザ。躊躇いが生まれるのが、普通の思考なのだ。変人とは違うのだ。


「そういえば、今日来た二人ともハゲてたよな」

 内海はおれの頭に目を向け、すぐさま視線を外した。一瞬だったが、おれは見逃さなかった。この野郎、おれに憐れみの瞳をくれやがった……。

 お願いですカミ様、内海がハゲ上がりますように!!

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