ゲームのフレンドにはアリバイがある!

タマ木ハマキ

一章 ヤクザの依頼

第1話

 扉を開け事務所に入ってきた依頼人を見て、おれは困惑していた。笑顔で出迎えようとしたが、顔をひきつらせてしまった。


 男の年齢は三十代前半だろうか。体は筋肉で大きく、着ているスーツは少々苦しそうだ。眉は油性ペンで書いたように太く濃く、視線は鋭い。ワシ鼻の下には大きなホクロがあり、とても目立っている。鼻くそと一瞬、見間違ってしまう。ちなみに髪の毛たちは撤退を始めていたが、こんなことでは困惑などしない。体の大きな暑苦しいハゲ気味の男はどこにでもいる。


 というのも、男の胸ポケットにはハンカチーフの代わりに、着せ替え人形が差し込まれていたのだ。


 両手を出し脇で体を支え、カンガルーの赤ん坊のように人形は顔を覗かせている。モデルのように微笑を浮かべているが、年季が入っているらしく、肌はくすんだ色をし、パッチリお目目と、主張しまくっているマツゲまでもが少々剥げていた。赤のダッフルコートを着て、おしゃれをしている。

 なんだろう? ツッコミ待ちなのだろうか?

 とても目立っている。ホクロよりも髪の毛よりも、男の顔よりもまず人形の顔を見てしまった。どちらに挨拶すれば良いのだろう? それだけ強烈だった。


 さっきからずっとお人形さんがおれを見つめている……。


 意思はないはずなのに意思を感じる。なにかを語っている気がするのだ――けれど耳を傾けてはいけないと、脳が警告している。困惑が恐怖に変わり、ぶるりと身を震わせた。


 依頼人はおれか内海(うつみ)のどちらに声をかければいいかわからず、交互に顔を見合わせた。


「昨日電話を下さった野崎(のざき)さんですね、お待ちしてましたよ」


 内海は人形にまったく反応せず、デスクから立ち上がると屈託ない笑みを浮かべた。内海なら喜々として食いつき、嫌と言われてもネタにする格好の獲物だと思ったのだが。泳がせておき、ここぞというタイミングで食いつくつもりなのだろうか?

 部屋の真ん中にあるソファーに通すと、おれたちもガラステーブルを挟んだ向かい側に座った。腰を下ろした衝撃で人形の位置が少しズレたらしく、野崎は優しい手つきで定置に戻した。もちろん、おれには指摘する勇気なんてなかった。


「おい、ぶっさん」

 おれの腕を、内海は肘でつついた。

「なに?」

「なにやあれへんがな、お客さんやで? お茶用意せな」

「ああ、そっか」

「頼むわ、かなんなー。ねっ、こいつ気が利かんでしょ」

 野崎は縦にブンブンと首を動かすわけにもいかず、はぁと少し首を傾げる仕草を見せた。


 いっけねっいっけねっ! とおれは慌ててポッドのもとへ向かったのだが、はたと気がついた。

 おれは助手でもお手伝いさんでもないのだ。れっきとした探偵だ。内海が入れたっていいのだ。そうだ、お茶入れはおれだけの仕事ではない。なにがかんなー、だ。そういえば、思えばいつもおれが茶を入れていたな……段々と腹が立ってきた。


 お茶を三つ用意すると、それぞれの前へ置いた。内海は鼻を膨らまし偉そうな顔をして一口飲むと、苦っと言った。そのままおれを睨みつける。

 話が進まないと思い、おれが尋ねることにした。

「野崎さん、どういったご用件で?」

「妻が不倫しているかもしれないと思い、その調査をしてもらいたくてね」

「奥さんの年齢は?」

「二十六だ。ちなみに俺は三十五」

「結婚してどれくらいになりますか」

「一年ほどかな」

「なぜ不倫していると思われるのですか」

「そいつはだな――」


 野崎は真剣は表情を浮かべ座り直した。鋭い視線である。だが人形がまた動いたので、その視線のまま定位置に直した。雰囲気があると感じたが、大なしだった。


「最近、妻の様子がおかしいんだよ」

 おれは人形から野崎を見た。

「様子ですか」

「妙に浮かれているというか、俺の方も見向きもしないしな」

 いつも一緒にいる夫が違和感を感じているのだ。不倫を疑うのも無理はない。しかし、これらの情報だけではまだわからない。まだ望みはある、話を聞こう。

「妻もパートで働いてるんだが、最近になって帰って来るのが遅くなった」

 なるほど。

「ブランド品も増えたし、オシャレして出かけるようにもなったんだ」

 ん……これは……いや、だがまだ。

「家に帰ってきたと思ったらスマホばっかり触って」

 あっ、ふうん……。

「俺とはあまり喋りたがらない」

 そうか、そうか……。

「夜の方はどうです」

 内海は恥じらう素振りも見せず訊いた。

「それが、そちらも応じてくれなくて……」

 ほほう、なるほど、なるほどな。そうか。

 これは不倫だな。


 探偵業をしてきて、今まで不倫調査の依頼は何度かこなしてきた。だからわかるのだ。不倫している条件ががん首を揃えている。もれなく当てはまる。

 もちろんそんな失礼なことは言えない。だが内海は思ったことをすぐ口に出すのだ。


「あ、これは不倫してますね、ははっ」

 いや、「ははっ」ではないのだ。よくもまあ笑えるものだ。

 野崎は顔を真っ赤にし、太ももに置いている拳をぷるぷると震わせた。今すぐにでも唾を飛ばし怒鳴り声を上げそうだ。

「か、考えられる原因ってなんだと思います、不倫の」

 間を開ければ怒り出すと思い、おれは慌てて言った。

「原因……?」

 野崎は高ぶる感情を抑えることに成功したらしく、顔色を戻し顎に手を当て考えていた。

「そうだなあ、仕事で帰りが遅いことと、少々怒りっぽいところかな?」

「ああ、さっきも怖い顔して怒ってましたもんね、ははっ」

 だから、「ははっ」ではないのだ、内海。


 野崎は眉間にしわを寄せ唇を尖らせたが、内海にまたしても指摘されると思い、ぐっと堪えた。

 曰く不倫の原因は、自身の帰宅の遅さと、怒りをすぐ表に出してしまうところ。なるほど、安らぎを求め別の男性のもとへ、ということも考えられる。ただおれはそんなことよりも、シンプルに人形が原因なのではないかと考えていた。仕事で遅くなる? 怒りっぽい? いや、まず人形に目を向けるべきだ。

 依頼に来たのに人形を胸ポケットに入れ顔を覗かせ、車で来たのか電車なのかはわからないが、道中、ずっと人形は外を見ていたはずだ。なにゆえ人形に景色を見せる必要がある? すれ違う人々は景色ではなく、人形を見ているぞ。


「ていうか野崎さんさぁ」

 内海は人形を見ながら言った。

「その胸ポケットに入ってる人形はなんですか」

「え、みっちゃんのこと?」

 野崎は人形に目線を落とした。

「俺の大切なみっちゃんだ」

 みっちゃん。

 名前までつけているとは。重症だ。

「まさかその人形が妻だなんて言いませんよね!?」

 とおれは堪らず言った。すると野崎はぷっと吹き出した。

「みっちゃんが? みっちゃんはみっちゃんだ。なにを馬鹿なこと言ってんだか、困るなあ」

 野崎は見下したように笑った。

 なぜおれが笑われているのだ? みっちゃんを胸ポケットに入れてる人に笑われたくない。釈然としない……。みっちゃんは慰めるように、おれに微笑みかけていた。


「いつもそのみっちゃんを持ってるんですか」

 内海は尋ねた。野崎はお茶を飲むと、苦いなと声を漏らした。内海はほら見た事かとおれに視線を向けている。なぜ関西弁の馬鹿と、体のごつい変人に文句言われなければならないのだろう。

「確かにみっちゃんはいつも俺と一緒だな」

「なぜみっちゃんといつも?」

 とおれは尋ねた。

「みっちゃんと一緒にいることに理由なんているか? エエっ!?」

「あ、ああ、まあそうですよね……」


 このままでは野崎が暴れ出してしまうかもしれない。鬼気迫る表情をしている。おれを話題を変え、

「ずいぶんみっちゃんは古いようですけど、買い換えるつもりはないんですか」

 野崎は鼻を鳴らした。

「まったくないね。みっちゃんは俺の姉貴の形見だ」

「形見?」

「そうだ。姉貴は俺の目の前で衰弱していった、死が近づいて来るのを日々感じていた。姉貴は怨みの言葉も苦しも吐かず、その日一日を生きていた。俺はなにもすることができなかったが、姉貴が最後にみっちゃんを託してくれたんだ。私と思って私を想い、一緒に生きてくれってな――」

 野崎は決めゼリフを吐いたような顔をしているが、こちらとしては反応に困る。みっちゃんを持ち歩く理由が、思った以上にずしりと重たいからだ。まさか姉の形見だとは。形見であるから年季が入り、肌身離さず共にいるのだ。やはり重い。意思があるように感じたのは、姉の魂が宿っているからだろうか……。

 野崎の目を覗いてみると、その奥底にうねった狂気があるのがわかった。この人に関わってはいけないのではないだろうか?

 おれはそこで疑問が湧き、尋ねずにはいられなかった。


「恋人だった時から、みっちゃんのことを奥さんは知っていたんですか」

「いや、知らないな。デートでは懐に入れていたからな。みっちゃんを紹介するにはまだ速いと思ってな」

「じゃあ奥さんが知ったのは」

「結婚してからだ」


 やはり考えていた通りだ。奥さんはみっちゃんの存在を感知していなかったのだ。デート中、懐を触る仕草を見せたこともあったかもしれないが、まさかスマホではなく、人形が入っているとは思わないだろう。

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