第51話 箱の中身

 部屋の空気が変わった。まるでこの部屋全ての空気がアウラの支配下に置かれたような、そんな感覚。

 エリンの体に風がまとわりつくと、ふわりと体が浮きこちらに飛んでくる。


 小型ゴーレムが再び攻撃を仕掛けようとした途端、風が周囲に集まり粉々になった。


「すごい……」


「はぁぁぁぁぁあっ!」


 アウラの声に反応し無数の風が、今度はゴーレム目掛けて襲いかかる。


 金属同士が衝突するような音が連続で鳴り響く。ゴーレムは風に包まれて全く身動きが取れなくなっている。

 無造作に拳を振るうが、風を殴りつけたところで何の意味もない。


 俺たちはただ、呆然とその光景を眺める。次第に傷が増えていく。

 小さい傷がどんどん増え、大きなものとなっていく。

 腕が崩れ、そして足が砕けてその場に倒れ込む。

 風の攻撃は止むことなく最後には、ボロボロになった頭部だけがそこに残されていた。

 その瞳の赤い光は消えている。


「すごいよアウラ!」


 エリンが称賛の声を上げる。すると、アウラの体が揺れ、そのまま倒れ込んでしまう。

 ギリギリのところで支えたことで、地面にぶつからなかった。


「魔力を使い果たしちゃったみたいだわ」


 顔色が悪く、呼吸が乱れている。


「しばらく動けそうにないわね」


「敵も倒したみたいだからゆっくり休んでくれ」


「そうさせて貰うわ」


 腕の怪我はポーションを使って塞ぐ。

 アウラはエリンに任せて俺は、ゴーレムが守っていた箱へと近づく。


 蓋は石で作られている為かなり重い。持ち上げるというよりずらすようにして、その箱を開ける。


「……なんだ?」


 そこには黒い物があるだけだ。形は剣のように見えるが錆び付いているし、刃こぼれもしている。

 間違いなく使い物にならないだろう。

 何でこんな物を守っていたんだ?


 触って壊してしまわないように、慎重に触れる。


「――っ」


 触れるまで気づかなかったが、僅かに加護の気配を感じだ。

 人以外にも加護は付くものなのか?


 その剣を回収してエリン達の元に戻る。


「何が入っていたの?」


 エリンがワクワクしたような表情で聞いてくる。少し躊躇ってしまった。


「これなんだけど……」


「なに、これ……剣……?」


「多分そうだと思う」


 さっきまで目を瞑っていたアウラが剣を見て目を丸くする。


「それ……加護がついているわよ」


「えっ……アウラにもわかるのか?」


「そういえば言ってなかったわね。私も加護の気配がわかるの」


 俺の力のことはすでに話している。話したときは驚いたような顔をしていたが、「そういう人もいるのね」と、案外簡単に受け入れてくれた。

 まさかアウラも加護の気配がわかるなんて思っても見なかった。


「その加護、かなり珍しい物よ」


「加護の種類までわかるのか?」


「えぇ」


 俺は加護の種類までわからない。干渉したことの有る加護だったらなんとなくわかるが、それ以外はわからない。分かる事は、加護を持っている、ということだけだ。


「それで、これには何の加護がついているんだ?」


「万物を斬り裂く加護よ」


「は?……そんな加護があるのか?」


「すごく珍しいけどね」


 加護は武神、守護神、炎神、風神、水神だけだと思っていたが、そうではなかったようだ。


 試しに地面を軽く叩いてみるが、切れてはいない。


「斬れないみたいだぞ?」


「加護が弱すぎるのよ。あとはその剣が錆び付いて使い物になっていないのが原因だと思うわ」


 万物を斬り裂く加護なのに、斬れないとは一体どういうことなのだろうか……加護は不思議なことが多くてよく分からないな。


「とりあえず街に戻ろうよ。外で馬車も待たせているしさ」


「そうだな」


 俺はかがむとアウラに背中を向ける。


「歩けないだろ? 外までおぶって行く」


「えっ……えーと、よろしくお願いするわ」


 エリンの手を借りながら、遠慮気味に背中に乗ってくる。

 立ち上がるとびっくりするくらい軽かった。これなら問題なく出口までたどり着けそうだ。


「重くないかしら?」


「平気だ」


「そう……」


 そういえばまだお礼を言っていなかった。


「さっきは助けてくれてありがとう。アウラが倒してくれなければ、もっと時間がかかっていたと思うし、怪我だってしていたと思う」


「お礼なんていらないわ。でも受け取っておくわね」


 出口に向かって歩き出す。アウラの腕に力が入る。


「怖かったの……これまでずっと一人で戦ってきたから、誰かの血が流れたことに動揺してしまったわ。死んでいなくなってしまうかもしれないと思ったら居ても立ってもいられなかったわ」


 ずっと一人だったからこそ感じた他人の死に敏感だったのかもしれない。あの時の動揺はそういうことだったのか……


「死ということは知っているつもりだったのだけれど、実際目の当たりにすると全然違うわね。知識として知っていただけだったということがよくわかったわ」


 独り言のように呟く。


「私も貴方に助けられたわ。改めて、ありがとう」


「気にするな。仲間は助け合うものだからな」


「ふふ、そうね。ルーデルス王国に来てパーティを組んでよかったわ」


 疲れてしまったのか、そのまま寝てしまった。かなりの量の魔力を使い果たしてしまったようだ。


 俺たちは馬車の元を目指して進んで行った。

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