第39話「ルキの絶望」
ガキンッ。
「どういうこと?」
「――スパーダ・デッラ・テッラ」
間一髪、私は心の中から飛び出しプリンチパティの攻撃を防ぐ。
銛に変形したブリランテがイブキの体を貫き、消滅する。そのシナリオ通りに進まなかったプリンチパティは驚くが、すぐに嘲笑するかのような嫌みな笑みを見せつけてくる。
「どうもこんにちわ、ゴミクズの売女め。人間の体内から出てくる契約なんて、聞いたこともないわね。まるで寄生虫みたい」
「よくも妾のパートナーをこんな目に遭わせてくれたのう」
結果的に、後先考えずに出てきてしまった。
全身の至るところから涌き出る憎悪だけで、目の前の恐ろしい化け物と対峙する。
「なによ、悪いのはあなたじゃない。あなたが契約なんてしなければ、この人間はこうはなってなかったのに」
「黙れ」
「あなたなら分かるんじゃない? 聖なる神である天使には、悪魔ですら攻撃が届くことは無いってね」
「黙れ!」
プリンチパティの忠告を無視するかのように、私は語気を強めながら必死に否定する。
本来はすぐにでもイブキをマジーアで治してあげなければならないはずなのに、目の前の天使に復讐することで頭が一杯になっていた。
「それにしても人間のために怒るふりするなんて、敵討ちのつもり? 悪魔のくせに情が深いのね」
「人間への情など一切ない。あるのはパートナーへの愛と、汝らへの忘れることのない憎悪じゃ」
「悪魔のくせに愛を語るなんて滑稽。見た目も人間そっくりじゃない。悪魔であることに、コンプレックスでもあるのかしら?」
「天使の戯れ言になど付き合う気は毛頭ない」
「図星なのね」
「さっきから黙れと言うとるのが分からぬのか!」
殺して、永遠に、黙らせて、消し去ってやる。クソ天使め。
圧倒的不利な状況にも関わらず、私は憎しみの感情に駆られるまま、プリンチパティへと飛びかかる。
「せやあっ!」
土の剣で斬りかかるが、当然プリンチパティは聖なる武器で対抗する。
武器と武器が激しくぶつかり合う。
教会内につばぜり合いの音が響き渡る。
ぶつかり合うたびに、土の剣の端が欠けていく。しばらく耐えながら使い続け、やがて致命的な破損となる前に修復する。
一進一退などではない。やがて私が消耗切れとなる結末でしかない。気付いているはずなのに、不安を振り払うかのように夢中で剣を振るう。私の方が圧倒的に不利なはずであるが、憎悪の感情だけで何とか凌いでいる。
しばらく拮抗した状況が続いていると、プリンチパティが怪訝な表情を見せ始める。
「どういうこと?」
「何がじゃ?」
私は疑問の意味が分からず、命がけの状況でありながら思わず聞き返す。その間も武器がぶつかり合う音が止むことはない。
「あなたは、この状況を疑問に思わないの?」
「全く思わん」
「何で最初に気付けなかったのよ……」
私からの攻撃をいなしながら、焦るように武器を振るう。
「私の攻撃を、何で物理的に受けきれてるのよ!」
始めて見せる強い感情。
聖なるはずの存在が眉をつり上げて、怒りを露にしている。
「おかしい。マジーアが私のブリランテと対等に渡り合えるなんて、あり得ないわ!」
「道理なぞ妾も知らぬ」
覚えのない怒りをぶつけられ、私は戸惑いながら武器を振るう。問答などしている暇はない。
「あなた何者? ただの悪魔じゃなさそうね」
「ルキじゃ。富と財宝を司る悪魔界の重鎮なり」
私の名前を聞くと、先程までの怒りの表出から一転、キョトンとしている。
これだけの攻防をしながら、まだそんな余裕があるのか。
こっちは早口で答えるのが精一杯だぞ。
「ふうん。聞いたこともないわね」
「おや、汝は天使の中でも新米か?」
「そうね。その言い方、まさかあなたはババアってこと?」
感情を落ち着かせたのか、プリンチパティは当初の嘲るような態度を取り戻す。
礼も知らない若造が。絶対にぶっ殺してやる。
「一言余計じゃ。それでも、妾を知らんのは好都合じゃ。遠慮なく狩らせてもらう」
「マジーアがブリランテに触れたくらいで、調子に乗らないでよね」
ここでお互いに後退し、体勢を立て直す。
「それでは、行くぞ」
「上等よ」
プリンチパティの言葉を合図に、お互いの武器がぶつかる音がまた教会内に響く。
私はプリンチパティの攻撃を防ぎながら、両手で持っていた剣を咄嗟に右手のみに持ち変える。
「ルパーラ【lupara:散弾銃】」
そして握りしめた左手から、人差し指と中指を突き出す。
二つの指の先端からは炎の塊がチロチロと燃え出しており、発射を今か今かと待ち構えている。
「何ですって?」
「経験の差じゃな」
バアンッ。
炎の弾丸が散弾銃となって飛び散り、プリンチパティの体中に襲いかかる。
「ああっ!」
プリンチパティが苦悶の表情を浮かべる。
それは間違いなく、天使に始めて傷をつけることができたことの証である。
透明な体中に、火傷のような跡がいくつも残っている。
「畜生め! 死に晒しやがれ!」
「愚かじゃのう」
鬼のような形相で怒りを露にする。言葉もひどく乱暴なものになる。
私は挑発しながも、一旦退却する。天使がこの程度の攻撃では致命傷にならないことくらい、予測はつく。
手を緩めるな。もう一撃やってやる。
そんな心の声と共に、体を動かす。
「ヴェローチェ」
体を加速させる。
軽くなる。重さをどこかに飛ばしてしまったかのような。
腕を振る。いつもより早い。このまま誰かを殴れば容易に殺せそうな。
足を出す。いつもの半分程度の力で倍動く。どこまでも飛べそうだ。
体を動かす。回りの空気の音の流れが、平時よりも激しくなる。
「同じ技を二度も喰らうことなど――」
「ヴェロチッシマ【velocissima:最大加速】」
プリンチパティの想像を越えた速度で移動する。
アイウートの得意な私が用いる、更なる加速を促す技。
ギアをもう一段階上げ、プリンチパティには補足できない速度まで加速する。
今度は土の剣を捨て、両手の人差し指と中指を突き出す。
「なんですって……」
「ルパーラ」
強烈な一撃。それが両手で交互に放たれる。
何発も何発も。
プリンチパティの銛が高速で動く私を追撃してくるが、すんでのところで回避する。
一撃だけであれば、意識すれば避けられないことはない。効果が続く限り、その状況は続いた。
「またくたばらんとはな」
「生憎、マジーアごときで消えちゃう程、ヤワじゃないの」
重力を思い出した私の目の前には、体中が火傷のような穴だらけになったプリンチパティがいた。
傷が多すぎて手で覆うこともできなくなったのか、両手を広げながら私に対峙する。その表情は、痛みではなく怒りである。
この調子で戦えば、もしかすると――。
「ブリランテ。アルピオーネ」
プリンチパティがそういうと、片方の手からもう一本、光輝く銛が生み出された。
おいおい、一本だけでも防ぐのがやっとだというのに。
「馬鹿な」
「馬鹿はクソババアの方。一本しか持てないとでも思ってたの?」
目をつり上げながら手早く言うと、今度は振り上げず素早く二本の銛をこちら側に突き刺してくる。
「消え失せろ」
一切の情けを捨てた声と同様、突き刺す速度に容赦はない、咄嗟に出した土の剣で何とか防ぐが、一撃で呆気なく砕けてしまう。
再び土の剣を生み出すが、破壊される。また再生するといったループを繰り返す。
このままではじり貧である。体への直撃は防げても、反撃する暇がない。もし防ぎ方が悪ければ結果的に体へ直撃し、私は消滅するに違いない。
プリンチパティは二本の銛で、交互に突き刺してくる。
目まぐるしい攻撃と破壊と再生を繰り返しながら、私は必死に思考を巡らせる。
守りを強化するために他のマジーアを使うべきか――。
いや、大きな壁を作ったところですぐに壊されるし、マジーアの消費も大きい。何より壁で視界が悪くなることは、この天使相手には自殺行為に等しいことはイブキが証明している。
次に、逃げるべきかどうか。
これは愚問だ。イブキが言った通り、この教会の広さとプリンチパティのブリランテのリーチを考えれば、外へ出る前にもれなく串刺しである。
最後に、攻撃へ転じる手段を考えるか。
これは、即決で不可能であると断じるしかない。現状の私の力では、あのブリランテの威力を上回ることなど不可能である。気付けば体中にあった銃弾の跡も、徐々に消えてきている。
あれだけ苦労して付けた傷が、呆気なく回復するのか。
これでは奴の回復スピードを上回るペースで攻撃を繰り返すなど、それこそ天地がひっくり返っても出来はしない。
結論は為す術なしという、私の無能ぶりを象徴するものであった。
ふと血塗れで倒れているイブキを見る。
どうして最初に治してあげなかったんだろう。私がこうして実体化しているということは、まだ息はある。
でも、それだけである。
こんなことになるなら、イブキと永遠の誓いを結んでおけばよかった――。
まさか悪魔である私が、こんなにも絶望するなんて。滑稽極まりない事態である。
しかし、何年、何十年、いや何百年とこの世界をさ迷っていた可能性のある亡霊は、消滅するに相応しいのかもしれない。
耐えなければならない展開のはずなのに、土の剣はゴンと鈍い音を立てて床に落ちていた。
「諦めたなら、話しは早いわ。とっとと消えなさいよ!」
プリンチパティは、最後の一撃を私に喰らわせようとしてきた。
私は思わず目を瞑る。
今回も駄目だったか。
いや。何人の人間とどれくらい契約したかを正確に覚えていない私に、良いも悪いも論じる資格はあるのか。
そもそも、実体である私が消されても復活できるのか。過去はどう失敗して私はここに生き延びているのか。天使と遭遇してはいないことは分かっているが、その他の事実はどうなのか。
そんなことはもう、どうでもいい。
私とイブキの命は、もう潰えたも同然なのだから。
「ぐう……」
突如、プリンチパティが苦しそうに悶え始める。
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