第37話「vs天使」
こうして、教会内にはイブキとプリンチパティだけが残っている。
「――さて、邪魔者はいなくなったわね。ハッキリ言ってあんな茶番、どうでも良かったわ。司教と亜人が結婚しようがしまいがどうでもいいことだわ。司教の方は私達の遠い末裔になるわけだからそれはそれで面白いけど、とにかくあなたと話したくて仕方なかったの」
両手を広げながらそう語るが、顔には弱者をいたぶる残虐さが滲み出ている。祝福を与えるなどという、聖なる存在にはとても見えない。
イブキを獲物と見なしているのは、誰がどう見ても明らかである。
「それがお前の本性ってわけか」
「その言い方はあんまりじゃない。私は人間に対しては常に愛を持っているわよ」
「俺だって人間だぞ。外部者に示す愛はないってことか?」
「いいえ、あなた程の絶望を抱えた生き物が人間なわけないじゃない。冗談も程々にして。天使は人間以外には愛を示す意思も義理もないの」
「また絶望か……」
異世界転生してから幾度となく聞かされた単語に、イブキは目を細めると思わず右手で頭をくしゃくしゃと撫で回す。
「そうよ。もう契約しているから言われたんでしょうけど、あなた程の絶望を悪魔が見過ごす訳がないの」
「俺が悪魔と契約でもしていると?」
「とぼけても無駄。あなたが悪魔と契約していることくらい、お見通しよ。契約はちょっと変わっているみたいだけど」
「成る程」
つまり、最初から私の存在はお見通しということである。どうやら天使というのは人間と出会うと、亜人か契約者か即座に判別できるようである。
これは厄介なことになった。
「それで、俺をどうするつもりだ?」
「あなたは外道の癖に分別はついてそうだから、答えは自分でも知ってるんじゃない?」
「始末する気か」
イブキは確信めいた口調でそう答える。
その回答にプリンチパティはご満悦の様子であるのか、ゆっくりと拍手をしながら讃える。
「ご名答ね。まあ、こんな状況で無事に帰れると思っているとしたら、それはそれでとんだお笑い草だけど」
「それにしても、話せば話すほどお前が天使とは信じがたいな。人を救い祝福を与えるべき存在が、そんな邪悪な笑みをするわけがない」
「――どういうこと?」
プリンチパティの表情が一瞬で曇る。
「俺の知る天使は聖なる存在だ。あらゆる罪を打ち明けて、懺悔をした人間を許していた。でもお前は違う。人間が祈らなければ降臨すら叶わないでき損ないだ。つまり、お前らは紛い物ってことだ」
「前言撤回。あなた、物の分別もつかない愚か者みたいね」
まさか挑発されるとは思っていなかったのか、狩りを楽しむ目に苛立ちが交ざる。
文字通りに天使が死ぬ程嫌いな私からすれば、この上なく爽快である。ざまあみろ、と思わず心の中で毒づく。
「さて。それじゃあそろそろ――」
「ピストーラ」
それは一瞬の出来事であった。
不意打ちで、有無を言わさず右手の人差し指から銃弾を放つ。今回は威力重視でフオーコを用いて、燃え盛る銃弾を数発撃ち込む。
ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ。
銃弾は無情にもプリンチパティの体をそのまま貫通し、後方のステンドグラスへと直撃し、音を立てて割れていく。
プリンチパティは振り返りステンドグラスの状況を確認すると、こちらに向き直る。
「先手必勝はこの世界でも通じると思ったが……」
「愚か者の上に礼儀知らずとはね。ただの人間が天使に対してここまで冷静に攻撃できるなんて、初めて見たわ」
「その口ぶりだと、全く効いてないみたいだな」
「残念ね。マジーアなんてしょうもない技が私に通用するとでも思った?」
「思ってはないさ。お前を殺せるまで試すまでだ」
「いつ殺せるのかしらね?」
挑発してくるプリンチパティを無視して、イブキは自身が出来ることをこなすことにした。
右足を半歩後ろに下げ、中腰になり構える。
「ヴェローチェ」
体を加速させ、そのまま足を振り出し走り出す。
地面を蹴って高く飛び上がると、宙に浮くプリンチパティの顔面付近で停滞し、そのままマジーアを叩き込む。
「コルポ」
速度重視でヴェントを用いた高速の打撃を打ち込む。
それでもプリンチパティの顔面をすり抜け、打撃は徒労に終わる。
やがて重力の法則に従い地面に着地すると、攻撃の意味のなさに思わず舌打ちをする。
「加速を利用して飛び上がり、急所と思わしき部位に高速でマジーアを叩き込む……考えたわね。それも無駄だったけど」
「化け物が」
どれもこれも打つ手無し。
思い通りにいかない苛立ちからか、思わず近くにあったチャーチベンチを高速で蹴り飛ばす。
ヴェローチェの効果が持続していたのか、足は音を立ててベンチにめり込んだ。
「天使の前で、迷いなく神聖なる教会の物に傷を付けるなんてね。ホント、この世の人間とは思えないわ」
関心しているのか挑発しているのか分からない発言を無視しながら、イブキはチャーチベンチから足を引き抜く。
「さて、そろそろ私の番ね。早速だけど、ブリランテってご存知かしら?」
「いや、生憎聞いたこともないな」
「そうでしょうね。もしあなたがこれまでに天使と出会っていたら、既に命はないものね」
そう言いながら、プリンチパティは右手を空に掲げる。不思議なことに、そこへ急速に光が集まり始める。
「ピラストロ」
イブキはその行為を止めなければまずいと本能的に判断したのか、炎柱を生みだしプリンチパティへと仕向ける。
それでも、奮闘むなしく炎柱すらもプリンチパティの体をすり抜ける。
「無駄よ。マジーアごときが私に通用するなんて思わないことね。私たちに触れることすら叶わない」
プリンチパティは挑発的な笑みを浮かべ続けながら、その右手には着々と光が終結し続けている。
やがて光は終結し終えるとより輝きを増す。
どう表現したら良いか定かではないが、例えるなら光る透明な粘土とでも言おうか。それはうねうねと常に形を変えながら手の中で蠢いている。
私は何気なく蠢く形を見ていると、心の中のいるはずなのに激しい頭痛と吐き気に襲われる。
ズキズキ、ズキズキと突き刺さるような痛み。私はあるはずのない体で、頭を抱え込んだ。
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