第14話「皮肉な忠告」
後少しというところで、フェデリコから重要なことを聞き出すことができなかった。
「クソッ……」
舌打ちをしながら、イブキが残念そうに頭を掻いている。レベッカも表立って話せないが、表情はどこか冴えない。
『惜しかったのう』
『惜しい、じゃ駄目だ。確実に、じゃなきゃ天使には届かないだろ』
『それもそうじゃが、この調子だと村からはこれ以上の情報は見込めんじゃろ。いざとなれば、今回の祈りとやらは偵察に徹することも一つじゃな』
『天使と遭遇して無事に帰れる保障があるのか?』
『うーむ、力を取り戻さんことには保障ができぬな。妾も天使の全容を思い出しとらんからのう』
『何をどうしたらアンタの記憶は蘇るんだ』
『知らぬ。キッカケさえあれば、どれがそれなのやら分からなくてのう……』
大して進展のない対話を繰り広げていると、一人の女性が気さくに声をかけてくる。
「あら、こんにちは。昨日の旅人様じゃない。どこか悩んでるみたいだけど、どうされたのかしら?」
切れ長の一重に黒色の瞳を持ち、薄い唇に凛とした顔立ちで、昨日と変わらぬ修道着を纏っている女性。
「こんにちは、テーア様」
レベッカが礼をするその人は、昨日会った案内人の一人、テーア・シルベストリである。
こちらを見る目付きには、どこか好奇の目が宿っている。
「レベッカちゃんも浮かない顔して、どうしたの?」
「いえ、そんなことは……」
「実は、天使様がどんな存在か知りたくて村の皆様に聞いているんです」
イブキの発言にテーアは驚いた様子を見せる。
「面白いこと言うのね。それは何故かしら?」
「何故か、ですか……」
「あら、困らせちゃった? 昔そういうことばっかり言ってる子がいてね。ついついそんな聞き方しちゃったのよ」
これまでの村人とはどこか違う反応に、イブキはついたじろぐ。
口元を手で覆いながら、テーアはいたずらっぽく微笑む。
「それで、収穫はどうなの? もちろん上々ってところかしら?」
笑顔を絶やさず聞いてくるが、これは明らかに皮肉である。
恐らくそうでないことは分かりきった上での質問であろう。イブキもやや渋い顔をしている。
「いや、それが全然でして」
「そうだったの。それじゃあ、良かったら私の家に来ない?」
「テーア様、宿泊の件でしたら昨日お伝えした通りですが」
「ううん、そんなんじゃないのよ。旅人様をちょっと家にお招きしてご歓談でもどうかなって」
「それでも、ご好意に甘えてしまうとなると、テーア様にご迷惑が……」
「――それに、今の質問に対する話をここでするのも、得策とは言えないんじゃない?」
どうやらテーアは遠回しに伝えるのが好きな女性のようである。
つまりそれは、自分は有力な情報を持っていることと、他者にはあまり聞かれたくない内容であることを意味する。
「それでは、ご好意に甘えてお邪魔させていただきます」
イブキが判断し、そう答えるのにさほど時間はかからなかった。
―――――――――――――――――――――――
テーア宅は、これまで見てきた家の中では最も大きな家であった。
二階建ての家であり、一階にリビングと二部屋があり、二階に四部屋ある。間取りは転生者にも分かりやすく表現すると6LDKである。
昨日は三人泊めたと聞いていたが、この広さであれば充分に可能であると頷ける。
「二階には宿泊されてる外部者の方々がいるから、ここで話しましょうか」
テーアはそう言うと、一階にある談話室兼物置のようなスペースへと案内した。
それぞれがテーブルに着くと、イブキは興味深そうに部屋を見渡している。部屋の隅には土が着いた鍬などの農耕用の器具が置かれており、宿泊人としての肩書を考慮すると些か矛盾が見られる。
「これだけの大きさですが、テーアさんは、家族とかはいらっしゃらないんですか?」
「主人と娘と息子がいるわ。三人とも農業人だから普段は外で作業してるけどね」
「レベッカから仕事の種類のことは聞きましたが、家族内で別々の仕事をすることがあるんですか?」
「ええ、あるわ。村長さんの意向によっては、私たちシルベストリ家みたいなパターンになることもあるの」
いわゆる家族分業制というやつか。その方が効率的ではあるかもしれない。
「それはさておき、本題に入りましょうか。天使様について知りたい、だったわね?」
「ええ、そうです」
「まずは天使様そのものについて知らないとね」
テーアが最初に示したのは、天使には序列があるという情報である。
天使には位が存在し、合わせて九つあるという。私も本来知っているはずなのであるが、どうにも思い出せない。
セラフィ【sarafi:熾天使】、最高位一位。
ケルビ【cherubi:智天使】、最高位二位
トローニ【troni:座天使】、最高位三位。
ドミナツィオーニ【dominazioni:主天使】、中等位一位。
ヴィルトゥーディ【virtudi:力天使】、中等位二位。
ポデスターディ【podestadi:能天使】、中等位三位
プリンチパティ【principati:権天使】、中等位四位。
アルカンジェリ【arcangeli:力天使】、下位一位。
アンジェリ【angeli:天使】、下位二位。
そしてその全ての序列を統べるのが、サンティ【santi:聖天使】と呼ばれる存在である。
「単に天子様とお呼びする場合でも、伝えた通り序列によって呼称が違うわ。祈りで降臨されるのは、大体アンジェリ様か良くてアルカンジェリ様ね。プリンチパティ様より上の序列の天子様が降臨されることはごく稀ね」
初歩的な序列の話しにしか過ぎないかもしれないが、これまでの道のりを考えると、相当な進歩である。
「ありがとうございます。それと、もし分かればで結構ですが、どうやって天使様は現れるんですか? 実際に見たことがないものでして」
「当然の疑問ね。当然すぎて村人でも疑問に思ってない人がほとんどだけど」
「ということは、他の村人は分からなくても、テーアさんはご存知ということですか?」
「偉そうなこと言っておきながら、私も初歩しか知らないけどね。天使様は、プレギエラ【preghiera:祈り】という力を教会内に集中させることによって、降臨されるの。明日見れば分かることだけど、プレギエラを生み出すために皆祈っているのよ」
特に表情を変えることもなく、さも当然のように話す。テーアが持つ他の村人とは一線を画す情報量に驚かざるを得なかった。
『普通の人間にしては、随分と物を知っておるのう』
『お前が物を知らなすぎるだけだ。契約違反で訴訟して出るとこ出るぞ』
『それは辞めてくれ。後生のお願いじゃ』
イブキはいつものように私を心の中で
「テーアさんはかなり天使にお詳しいみたいですね」
「そんなことはないわ。全部結婚前の受け売りね」
「結婚前……」
「私の出身は、ベンヴェヌーティ王国っていう国なの。西側じゃ一番栄えてるところで、ここからそう遠くないわね。それに私は王族の娘だから、他じゃ聞けない話を、色々教えてもらってただけ。天使様が降臨される仕組みを知っている人って、そう多い訳じゃないの」
「そうなんですか」
テーアの出身地には、さすがの私でも覚えがあった。この辺りでは有名な国である。
『ベンヴェヌーティ王国とはな。妾の頭の中にも情報が入っておる』
『どんな王国だ?』
『テーアの言う通りの国じゃ。貿易などが盛んでのう。あそこであれば、様々な情報が手に入るはずじゃ。そう遠くないのであれば、ここを出たら真っ先に向かいたいくらいじゃ』
『すると、早くも次の目標が決まったわけだ。天使と会って命があれば、の話しだがな』
イブキの皮肉はさておき、テーアの情報量と出自には興味深いものがある。
「それにしても、テーアさんは何故こうして私に教えて下さるんですか?」
「――旅人様に忠告するためね」
そう言うと一重の目がより細く鋭くなり、人差し指をこちらに突き付ける。
真意を図りかねるイブキは、小首を傾げていた。
「俺にどんな忠告を?」
「天使様を探ろうなんて、まともな人間がすることとは思われないわ。ましてや大勢の人に聞いて回ろうなんてね。ハッキリ言って狂人よ」
「それはすいませんでした。天使様を見たことがなかったので、知れる機会だと思ってつい」
「既に色んな人に聞いちゃったとは思うけど、この村で聞くのはもう辞めた方がいいわ。ここまで伝えたのはね、私以上に天使様を知っている村人はいないってこと」
つまり、これ以上は聞いても無駄だからインタビューは辞めろということである。
「それでも忠告を聞かずにいると、あの子みたいになるわ」
イブキとレベッカのどちらでもない方向を見ながら、寂しそうに小さな声で呟く。
聞こえない様に声を出しているものの、どこか聞いてほしいような、そんな複雑な声量である。
「あの子っていうのは……」
「ごめんね、こっちの話よ。気にしないで」
目付きは柔らかくなり、先程までの険しさは消えている。
「それじゃ、間違っても天子様の弱点とか存在意義を調べようとしないことね」
「分かりました。気を付けます」
テーアからの忠告を素直に受け取り、イブキはコクリと頷く。
『ふざけるなよ、その二点こそまさに知りたいことだ』
『お主は相も変わらず……』
心の中で中指を立て悪態を付くのはもはや癖のようである。
「それと、旅人様のお名前は? よければ教えてくれない?」
「神月伊吹です」
「イブキ様、ね」
テーアはまるで名前を咀嚼するかのように、何度かゆっくりも頷きながら呟く。
「今日は久々に有意義な話ができてよかったわ。ありがとね」
「こちらこそありがとうございました」
満足そうにイブキを見つめた後、視線をレベッカに移す。
「レベッカちゃんが肩入れする理由がよく分かるわ。イブキ様は話が分かる方ね。私に協力できることがあったら、何でも言って頂戴ね」
「い、いえ、そんなご協力なんて……」
「私、こう見えても人を見る目はあるつもりなの。レベッカちゃんがこの村の為にどうにかしてあげたいっていう気持ちは、例え他の村人が気付かなくても、宿泊人としてこの一年間でよく理解してるつもりよ」
「あ、ありがとうございます」
その一重の目からは、悪気や皮肉といった類いの物は感じ取れない。それでも、独特の言い回しから真意は別の所にあるのではないかと感じざるを得ない。
「それと、メノッティ家に泊まるんだったわね」
テーアは思い出したかのような話す。イブキとレベッカの二人は無言で軽く頷く。
「一見、そこしか見えないかもしれないけど、様々な場所から見ると、意外なことって分かったりするのよね」
「どういう意味ですか?」
「――さあ、どうかしらね。年増女の独り言よ」
今度は皮肉げに微笑む。遠回しな表現であり、やはり真意を図り知ることが難しい。何かに気付いてほしいのか、そうでないのかが分からない。
二人が呆然としていると、「そろそろ時間ね」と退室を促す。
促されるままに、テーアという人物像を掴めず二人はシルベストリ宅を出た。
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