エピローグ「裏切りの愛と祈り」

 その映像を見てしまった。


 私はそのまま命を落とすべきだったのだろうか。救いなど求めてはいけなかったのだろうか。


 この世は希望に満ち溢れており、どんな人間にも救いが存在するはずだ。

 それなのに、どうして、どうして、どうして。目の前には救いなんて一つもありはしない。


 恐ろしい、おぞましい。

 本来抱いてはならないはずの感情が、心の中で渦巻く。網膜の景色が独特な赤色に染まり、それを洗い流すかのように滴が流れ落ちてくる。


 何故か拳を握り締めたまま、覚束ない手付きで私の体を捉えようとする。他者のために汚してくれたその手を、私は必ず握らなければならない。

 その者は、愛のために己をかなぐり捨て全てを犠牲にした。その愛に報い、全てを受け入れ抱擁しなければならない。

 それこそが特別の証明に他ならず、私が示さなければならない愛の形だ。


 そのはずなのに。


 本能が、それを拒否する。

 意図せず体が動き、首が横に振れる。そうしてそのまま永遠に受け入れることは無いと悟った時、自身の愚かさと醜悪さに対し計り知れない憎悪を抱く。

 愛を求めて彷徨う目からは滴が溢れ落ち、やがて絶望の色が浮かんでくる。その手は伸びることを諦め、やがて底へと沈んでいく。


 どうして。


 救えるのは私だけのはずなのに。この世に悪なんてないはずなのに。こんな感情なんて人生で抱いたことがないはずのに。愛は全てを幸せにするはずなのに。


 その視線が私から逸れた瞬間、反射的に体が動き出しその空間から抜け出す。意識せずに走り続けると、気が付けば通い慣れた場所に来ていた。


 その前に立つと、手を合わせ目を瞑る。そして意識する、あの映像を。

 そして反芻しながら己に問いかける。なぜ手を取らなかった、抱き締めなかった、向き合わなかった、裏切ってしまった。


「なぜでしょうか……」


 どうか教えて下さい。――様。

 私が侵した罪は許されるのでしょうか。

 愛を踏みにじり、不徳な行いをした私を。

 あのような感情を抱いた私に厳正なる裁きを。

 救いなど、微塵も求めておりません。

 もとよりありませんでしたが、もはや欲するものなどございません。

 この世にはもう、私が存在を許される理由などありません。

 全てを捧げますので、どうか私を消し去って下さい。


 私は裏切ってはいけなかったのに。絶対に、絶対に……。


 限界を越えて集中していた狂気の意識が遠のいていく。そのままどこかに行ってしまいそうな――。


 その空間には、静寂だけが残っていた。

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