第50話 幽霊は遺物を隠している

「真剣に考えてる顔も可愛いな」

 自分の考えに沈んでいると、ラウール殿下の顔が目の前にあったことに気づくのが遅れて心臓が飛び跳ねた。ニヤリと笑う殿下の表情は、自信に満ち溢れていてムカつく。

 俺が一歩下がって彼を睨みつけると、それを気にせず彼は言う。

「で、明日の夜もここで会おうか。もっとお互いを知り合う必要性がある」

「そんな必要性は感じません。それにわたしはこう見えて忙しいので、他人に時間を割く余裕もありません」

 そう返した瞬間だった。


「あらあら、駄目ですよ、こんな時間まで」

 暗闇に響いた声は、幼女――見た目だけ幼女のミレーヌ先生のものだった。彼女は学園の夜の見回りに出ていることが多いんだろうか。手の平の上に魔法で作ったと思われる小さなランタンを掲げ、こちらの様子を見て苦笑して見せた。

「そちらの子は新入生のはずですが、随分活発的ですねえ。評価が下がりますので、あまり夜遊びはいけません。自分の部屋に戻ってくださいね?」

「失礼しました」

 ブルーハワイが慌てたように頭を下げ、ほら見たことかと言いたげな視線を殿下に投げる。しかし殿下は懲りない。

「別れる前に、ここで何とか約束を! リヴィア、明日もここで」

「厭です」

「何が望みだ? 対価を払おう」

「いらないです」

「リヴィアは失恋したばかりだろう? まあ、女同士なんだから元々可能性の低い恋だったよな? しかし、失恋の痛みは新しい恋愛をすることだというのが一般常識で」


 何が一般常識だよ!

 俺は彼を睨みつけ、「失恋の痛みにつけ込もうとするなんて」と低く囁くと、彼は「それだけ必死なんだよ」と表情を引き締める。


「……あら、こんなところで痴情のもつれでトラブルとかやめてくださいね」

 ミレーヌ先生が警戒したように口を挟み、殿下はさらに慌てたように続けた。今度は真剣な口調だった。


「恋愛は別としても、俺としては優秀な人材を探しにこの学園に入学したんだ。魔力の強い人間は性別関係なく興味を持つ。リヴィアには見過ごせない何かを感じるんだ」


 これもまずいな、と俺は肝が冷える気がした。

 今はケルベロス君の力が働いているから、随分と俺の気配は消されているはずなのだ。魔力の大きさもそうだ。誤魔化されているはずなのに、こいつはそれを見抜いているのかもしれない。

 俺が神具だと知ったら、ラウール殿下はどんな反応をするだろう?

 優秀な人材が欲しいと本気で考えているらしい彼のことだから、俺が『優秀な武器』であると知ったら放っておかないはずだ。おそらく、神具である人権など俺には存在しない。

 今は彼も俺のことを人間だと思っているからこういう反応だが、神具だと知れば気にせず無理やり――ということも考えられる。

 それだけは厭だ。


 俺はじっと彼の鋭い双眸を見つめて、その奥に潜む感情を読み取ろうとする。

 そして、やっぱり無理だな、と思ったからこう言った。


「申し訳ありませんが、わたしは殿下のご期待には添えません。わたしは今もジュリエッタ様のことが気になっていますし、恋愛は別として彼女の傍で力になれたらと考えています。それに、恋愛に関してですが、今のわたしには別に婚約話が持ち上がってますので」

「はあ!? 婚約!?」

 殿下の口がぽかんと開く。

「ええ。少なくとも、殿下より大人で殿下より格好いいと思いますので、もしかしたらこのまま、という可能性が高く……」

「待て、ちょっと待とう、ちょっと落ち着け」

「殿下こそ落ち着いてください」

 と、そこでブルーハワイが殿下の腕を取って押さえつける。そうしないと殿下が俺に詰め寄ろうとしたからだった。

「俺は将来、すげえいい男になるぞ!? 自信ある!」

「未来より今が重要なんです」

 おお、今、俺は凄くいいことを言った! とやり切った感が強い。きっとどや顔をしているだろう俺を殿下は眉尻を下げて見つめ、肩を落とした。

 よし、勝った! と内心で拳を握る。燃え尽きた感の強い殿下の腕を取り、早く部屋に戻ろうと促すブルーハワイに従おうとした殿下だったが、最期の足掻きのように俺に問いかける。

「そんなにいい男なのか? 誰なんだ、俺が知ってる相手か?」

「さあ?」

「誰なんだ!」

 くわっと目を見開いた彼に身をのけ反らせつつ、俺は小さく応える。

「リカルド・フォレス先生です」

「何?」

「え、リカルド先生? 本当ですか?」

 呆気に取られたように動きをとめるラウール殿下、興味津々で心の底から楽しそうに口を挟むミレーヌ先生。

「だから諦めてください」

 そう笑って応えた俺は、手を振って殿下を追い払った。

 そしてその翌日、リカルド先生にガシッと頭を掴まれて揺らされて睨まれたのだった。


 俺の目の前にあるテーブルには、例の短剣が置かれている。

 そのすぐ横で、ダミアノじいさんがテーブルをバンバン叩きながら涙を流しつつ笑い続けている。笑いすぎだろ。引きつけ起こしても知らねーぞ?

 そして、ソファに座っている俺のすぐ横で、凄まじい威圧感を放ちながらリカルド先生が立っているわけだ。そんなに怒らなくてもいいじゃん。俺みたいな美少女と婚約の噂が立つくらい、軽く聞き流してくれても――。

「ミレーヌ先生が色々なところで噂を振りまいてくれたおかげで、学園長が婚姻の日程がどうこう言い出したぞ。どうする?」

 彼がそう言って、俺はギギギ、と音が立ちそうなほどぎこちなく首を傾げて見せる。

「にってい?」

「学園長はお前を気に入っているようだ。私とお前を逃がさぬために、いい案だと思ったのだろうな、外堀を埋めてきている」

「えええ……」

「婚約パーティは大ホールで行うそうだ。呼ぶのは先生方だけだがな! 学園長が、君の愛する女性に手を出さぬよう、周りの人間に釘を刺す意味もあるパーティなんだ、とか言い出してるんだが!」

「あ、ソウデスカー」

 カタコトでそう返すと、リカルド先生が口だけで笑った。目が怒ってますが、大丈夫でしょうか。

「私は誰とも結婚などするつもりはなかったんだ。それをお前が」

 えええ?

 結婚に興味が持てない? そう言えば、浮いた話の一つもないっておかしくねえ? こんなに見た目だけはイケメンなのに。性格に難があるのかもしれないが、黙っていればモテモテだろ。

 ってことは、女の子に興味がない?

 俺は芽生えてしまった純粋な疑問を持て余し、つい訊いてしまった。

「あ、あの、まさかとは思いますが女性に興味のない人種ですか? まさか男性に」

「殺すぞ」

 目の前でイケメンに凄まれて、俺は両手を挙げて降参の意を示した。


「まあ、その辺にしておいてやってくれい」

 ダミアノじいさんがひいひい言いながら助け舟を出してくれる。目尻に涙が浮かんでいるのはこの際無視をしよう。

「以前から見合いの話は学園長から出ていたじゃろ? いい虫よけになる。婚約した、という嘘をついておけばよい。それより、わしはこっちの方が気になるぞい」

 と、じいさんは短剣を指先でつつく。

 しかし、俺以外の人間が触れるのを嫌がるように、触れた瞬間に火花が散った。痛みがあったのか、じいさんが「おうっ」と言いながら手を引いた。

「幽霊ってあれじゃろ? 昔からここに出る子じゃ。どうも、遥か昔に死んだ生徒の霊とかいう」

「ああ、たまに夜の散歩を見かけますね」

 リカルド先生はだんだん落ち着いてきたのか、ソファに座って疲れたように背もたれに身体を預ける。「学園長曰く、魔道具狂いの問題児だったそうですよ。色々この学園内に、その遺物を隠してるとか」

「え、これだけじゃないんですか? というか、彼女、ものすごく殊勝なことを言っていた気がするんですが。病気で亡くなったとか……妹が、とか」

 俺が困惑しつつそう訊くと、リカルド先生は眉を顰めて不思議そうに俺を見た。

「妹? それは知らんが、性格悪い幽霊だという噂が聞こえてきているがどうかな? 何はともあれ、気に入った相手には、その相手が欲しがりそうなものを授けてくれるとかで、その噂を聞いて彼女と接触を試みる人間もいる。まあ、お前は運がよかったんだろう。ラウール殿下に目をつけられたのは不運だったがな」

「ううう」

「魔蟲狩りにはよさそうじゃの」

 じいさんは目をキラキラさせつつ、短剣を見つめている。「しかし、自我を持つアイテムなんぞを見たのは神具以外ではこれが初めてじゃの。このアイテムも随分と気が強そうじゃ。何しろ、神具のお主を見つけ、お主を喰ってさらに力を得ようとするなんぞ、面白い。しかし、逆にお主にやられたということは、所詮は神具になれん程度のものだったということじゃろか」


 びりびり、と短剣がテーブルの上で震えている。どうやら怒っているようだ。


「しかし、本当にお主はわしの予想の上をいくのう」

 やがて、じいさんは俺を見すえて続けた。「神具が武器を使うなんてこと、今まで聞いたことがないのじゃよ。神具自体が武器じゃからの。お主は一体、何を目指しておるんじゃ?」

「それはわたしが訊きたいです」

 俺は神妙にそう言った。

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