最終話 即位式

 それから一か月後。

 鈴音が夏休みに入ったタイミングで、即位式が盛大に執り行われることになった。

「はあ、この衣装、おかしくない?」

「お似合いでございます」

 結局はドレスに定まった即位式の服を身に纏い、鈴音はユキの前でくるくると回ってみせる。すると、ユキは顔を真っ赤にしてパチパチと拍手を送っている。

「ううっ、花嫁にやるみたいだ」

 そこの横で、今日は特別にと紅葉に結界を張ってもらってやって来た父の泰章が、ハンカチで涙を拭いている。

「う、ウエディングドレスとはちょっと違うでしょ!」

 そんな泰章に、こんな真っ赤なドレスの結婚式はありませんときっぱり。しかも裾には綺麗な花の刺繍、頭には王冠と、もうこれ、どこのヨーロッパの王女様という感じで仕立てられているのに。

「ほう、女房装束よりは似合ってるな」

 そこに束帯姿の健星がやって来て、一応褒めてくれた。って、そんなに着物は似合っていなかったのか。複雑だ。

「素直にお褒めなさいよ」

 そこにくすくすと笑いながら紅葉もやって来た。その紅葉もいつもどおりに女房装束だ。

「な、なんで二人は着物のまま」

「いいじゃないの」

「そうだ。異国からやって来た王という感じで解りやすい」

 鈴音は二人も洋服を着てよと訴えたが、あっさり却下されてしまった。

「まあまあ。我らは洋服ですわ」

「そうですわ」

 そこに右近を筆頭とした女官たちが現われ、彼女たちは淡いピンクや水色のドレスを纏っていた。ううむ、まあ、これも演出ってことか。

「さあ、行くぞ。半妖の姫君」

 がっくりしている鈴音に向けて、健星は初めの頃と変わらぬ軽口で言ってくれる。

「行きますよ」

 それに鈴音もつっけんどんに返したが、そこでくすっと笑ってしまう。まったく、王様になっても変わらないって、健星らしくて面白い。

「鈴音様。今日は牛車ではなく馬車でございますよ」

 ユキはこんな男は無視してとばかりに割って入ってきて、そう教えてくれる。

「馬車か。まさかとは思うけど、屋根がないタイプ?」

「当然だ。お披露目だぞ」

 健星は何をバカなことを訊いているんだと鼻で笑ってくれる。本当に、こんなお目出度い日でもいつもどおりだな。

「ですよね~」

 鈴音はこっそりべえっと舌を出し、ああ、こうやって大勢の人に見られることにも慣れなきゃいけないのかと苦笑してしまう。

 本当に、王様って色々と大変だ。

 そう思っていると、外からファンファーレが聞こえてくる。って、どんだけ和洋折衷で行くんだ。

「行くぞ」

「行きましょう」

 健星とユキに促され、鈴音は王としての第一歩を踏み出す。ユキは馬に乗り、馬車を先導する役だ。健星が御者を務め、馬車を挟んで右近たち女官が後ろから付いてくる。

「よき治世を」

 泰章がなんとも公務員らしい声援を送ってくれる。それにしっかりと頷いて、鈴音は馬車へと乗り込んだ。

 鈴音が二頭立ての馬車に乗り込んで大通りに出ると、沢山の妖怪たちが拍手で迎えてくれる。その中にはあの酒呑童子の姿もあった。

「よき治世を、か」

 そんな人たちに手を振り返しながら、鈴音は泰章から贈られた言葉を噛み締める。そうだ、ここが良くなるためには自分が努力しなければならない。

「相応しい王様に、なってやるんだから」

 鈴音が決意するように呟くと、健星が振り返って親指を立てた。それがこれからなすことだ。

 こうして半妖の姫として、妖怪たちの王としての生活が、華やかに幕を開けたのだった。

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半妖姫は冥界の玉座を目指す 渋川宙 @sora-sibukawa

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