第74話 他の準備も着々と

 戦の準備が進むのに平行して、即位式の準備も進むのだから、鈴音は大忙しだ。が、今日の忙しさは何かが違う。

「こちらがよろしいですわ」

「いやいや、こっちでしょう」

「冠はこれかしら」

「男装もアリですわよ」

 後宮の一角、凝花舎ぎょうかしゃにて女房装束を纏う人たちから次々に衣装を渡され、鈴音は困惑しながら一つ一つ試着していく。そう、今日行われているのは、即位式の衣装決めだ。

「あらあら、みんな張り切っちゃって」

 そこにこの凝花舎をメインに使っている紅葉がやって来て、賑やかねえと華やかに笑った。するとみんな揃って平伏。そう、彼女たちは紅葉の部下であり化け狐でもあるのだ。

「凄い数にビックリしてるんだけど」

 鈴音は救いの手が来たと、煌びやかな中華風衣装を纏いつつも、これっていいのと訊ねてしまう。

「みんなが気合いを入れて揃えたものだからね。即位式では一着しか着れないけど、他は別の式典で着ればいいわ」

 紅葉は遠慮なんていらないのよと、ほほっと笑ってくれる。が、真面目な公務員の父に育てられた鈴音としては、いいのかなあと気になるところだ。倹約の二文字が頭の中にちらつく。

「それにみんなの王様なんですもの。美しく着飾って欲しいと思うのは当然よ」

「そ、そうかな」

「ええ。特に式典は皆さまに見て頂く場なんだから、ちょっとくらい華美でいいの。結婚式だってそうでしょ」

「いや、それとこれは違うような」

 そんな理論で衣装を用意されてもと、鈴音は困惑しつつも、でも、綺麗な衣装は素直に嬉しかった。

「中華風なのは、ううん。どうなんだろう」

 鈴音はこの衣装も嫌いじゃないけど、ここの雰囲気に合わないようなと首を傾げる。

「雰囲気なんて無視して大丈夫よ。お母さんとしてはドレスを着て欲しいわ」

「いや、それはどうなの?」

「でも、この袿も綺麗よねえ」

「おおい」

「御台所様、こちらはどうでしょう」

「いいわね。そうなると、これと組み合わせて」

「ちょっと」

 こうして二時間は着せ替え人形と化す鈴音だった。





「疲れた」

「ご苦労」

 ようやく解放されて清涼殿に戻ると、淡々と健星に迎えられた。ううむ、さっきまで華やかにちやほやされたものだから、この普通の対応にびっくりしてしまう。今も書類から顔を上げることなく、鈴音を見ようとすらしない。

「健星っていつもいつでも変わらないわね」

「褒め言葉として受け取っておこう」

 嫌味も通じなかった。まったくもうと溜め息が出てしまう。

 その健星は現世で仕事をしてきた直後だからスーツ姿だ。しかし、この姿も鈴音の即位が終わると見納めなのだろうか。

「刑事、辞めちゃうのよね」

「まあな。とはいえ、あと五年は続けることになりそうだ」

「あっ、そうなんだ」

「出世が確定してな。今トンズラできなくなった。まったく、警察とはいえお役所だ。キャリア組にいるとそこが面倒だよな」

「ああ、そう」

 ビックリな理由だった。鈴音はどこまで優秀なのよと呆れてしまう。しかし、それってもっと忙しくなるってことじゃないのか。

「な、何か手伝おうか」

 というわけで、仕事しますと鈴音は健星の横に座る。

「当たり前だ。こっちから順番に印を押してくれ」

「はあい。あっ、ユキ、コーヒー入れて」

「ただいま」

 印鑑を手に取りつつ、しっかり傍にいるユキにコーヒーを頼んじゃう鈴音に

「お前も凄いよ。王と望まれるだけのことはある」

 健星は自分の凄さには気づかないんだなと呆れていた。

 

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