第56話 陰摩羅鬼たちの言い分

 寺の一体どこにいるのか。そもそも、夜のお寺っていうだけで怖いんだけど。鈴音はそう思いながらキョロキョロとする。

 ざわざわとざわめく木々。向こう側に見える墓地。本堂の暗い様子。ああ、どこを取っても何か出そう。

「ふん。相手が陰摩羅鬼と解っているのならば、出て来させる方法は簡単だ」

 が、そんなことはお構いなしの健星。スーツの内ポケットから何か取り出した。

「それは?」

般若心経はんにゃしんぎょうの書かれた教本だ」

「へ?」

 確かに妖怪を相手にしているけど、いきなり般若心経って。鈴音は読むのかと思っていたら

「ふん」

「ええっ!?」

 健星がその教本を思い切り地面に投げ捨てたのだからビックリしてしまう。だが

「不信心な者がおるぞ~」

 という不気味な声が響いてそっちにもビックリ。

「なんか来る」

 鈴音は健星の腕とユキの腕を捕まえ、怖いと目を瞑った。しかし、健星から頭を叩かれる。

「しゃきっとしろ。陰摩羅鬼が近くにいるだけだ」

「いや、でも」

 怖い妖怪は嫌なんだけど。鈴音は健星を諦めてユキにしがみつく。

「はふっ」

 ユキからは不思議な声がしたが、それは無視した。頼りになるのは今、この子しかいないんだから。

「おい、照れてる場合じゃないぞ、御前狐。王が来たという先触れを出せ」

 健星はそんなユキにしっかり指示。一方、鈴音は今度は何をするのとますますユキにしがみつく。

「す、鈴音様」

 それにユキはますます照れて、もう顔が真っ赤だ。ああ、そんな、そんなに触れては困ります~状態。

「ったく、どうしようもねえ主従だな」

 それに健星は呆れていたら

「あのぅ。ひょっとして皆さまは冥界の方ですか?」

 と陰摩羅鬼から訊いてきた。何だか漫才でも見せられているような気分にでもなったのだろう。

「そうだ。次期王たる安倍鈴音の高校に通う者を惑わせたのは貴様らか」

 健星、よく通る声でそう呼びかけた。すると、バサバサと羽音がし始める。

「確かに我らがいたしたぞ」

「しかし、あれはあの若人わこうどが悪いぞ」

「そうだそうだ。学校なんてなくなればいいなんて言いよって。教えを請う立場だということが解っておらん」

「ええっと」

 あちこちから聞こえる声に、鈴音もようやく冷静になった。そしてユキから離れて辺りを見回す。

「うわっ、大きな鳥」

 そして、自分たちの前に大きな黒い鳥が五羽いることに気づいた。目が蝋燭の炎のように光っていて、普通の鳥ではないことが解る。大きさは白サギくらいか。

「ああ、あなたが次の王であられるな」

「別に我ら、あなたに対しては反対する気はない。ただ、どういう人なのか、我らもこの目で確かめたかったのだ」

「そうそう。安倍晴明に睨まれては怖いからなあ。俺の娘に手を出すんじゃないぞって言ってたし」

「いや、あの人の娘では」

 遠縁ではあるらしいけどと、鈴音はいつの間にか晴明も関わっていたのかと頭が痛くなる。

「で、お前らは鈴音を見に学校に行ったんだな。そこで不良どもに会ったってか」

 健星は余計なことをする陰陽頭だと舌打ちしてから、そう確認。

「そうそう。困った連中ですぞ」

「自ら学ぶ姿勢のないものは、いつの時代も困ったもんじゃ」

「それが格好悪いと気づいておらんからなあ」

 五羽いる陰摩羅鬼たちは口々に学校は真面目に通わなきゃ駄目だと力説する。

「ええっと、この人たちって根本的にはいい人なのかな」

 それに、鈴音は生活指導の先生みたいだけどと健星に訊いてしまう。

「ま、不信心な者を戒める存在だからな。どうやら今回は、単純なトラブルだったらしい」

 健星もやれやれと首を横に振るのだった。

 

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