十四話 蒙昧な強欲の末路。

 シェリーが商会を畳み、そしてグレンカダム市街にある商店を自宅諸共郊外に移築して、何故かバカ騒ぎが勃発していた頃のこと。


 アップルジャック商会の会長であったイヴォンの資産を公的に手に入れたオスコション商会のハロルドは、金銭を湯水のように消費して高級酒場を貸し切り大宴会を始めていた。


 そう、を手に入れたことの祝いのために。


 そしてその高級酒場はイヴォンも良く利用していた、なお店である。


 一般的に言ってしまえば、そこはボッタクリな店なのだ。


 まぁオスコション商会の息が掛かっており、安くない上納金を払っているため、そこの店主はハロルドに頭が上がらないのもまた事実なのだが。


 その酒場は「高級」と銘打っているだけはあり、一本で大銀貨五枚くらいはする酒はもちろん、中には金貨三枚もする酒もあったりする。


 そんなお高い酒場のお高い酒を、ハロルドと愉快な仲間達は水でもあおるように飲み続け、軽く泥酔して流石に嫌な顔をされ始めた頃になってやっと、そこを後にした。支払いは、商業ギルドにあるオスコション商会の口座からの引き落としである。


 むさ苦しくもおバカな野郎どもがバカ騒ぎする宴会の描写など誰の徳にもならない上に需要がないし、なにより表現したくもないので端折はしょるとして、問題は翌日の昼過ぎに早速起きた。


 基本的にハロルドは、その体型から容易に想像出来る通り非常に怠惰である。

 そのため――というわけではないのだが、彼が目覚めるのは概ね昼過ぎだ。

 そしてそこから仕事を開始する。そこからダラダラと遅過ぎるブランチを――というか既に昼食なのだが、とにかく摂ってから夕暮れまで二度寝し、目が覚めたら夕食を摂って夜の酒宴に繰り出すのである。


 仕事? そんなもの、ハロルドがする筈もない。


 彼は別の意味で、イヴォンと同種の人物なのだから。


 有体ありていに表現するとしたら、イヴォンは「色欲」でハロルドは「怠惰」である。


 余談だが、他の七大罪にあたいする人物がいるとか期待出来そうなのだが、そういうことは一切ないので、念のため。


 そんな有様ありさまでどうやって商会を回していたのかというと、いままでは担当国法士こくほうしであったパーシー・カーゾンが仕入れや会計、更に管理業務を何故かやらされていた。


 そのパーシーもくだんの騒ぎのときに勢いに任せて解雇したため、それをこなせる者が誰一人としていなくなってしまったのに、ハロルドは一切気付いていない。


 愉快な仲間達が代わりに? 出来るわけがない。あの者達はハロルドの傍で旨い汁を吸いたいだけの無能者の集団だ。そして真面に「仕事」なるものをしたことすらない。


 誰もオスコション商会のそういった業務をやらなかった結果、当然商会として機能しなくなった。


 仕入れがされないため商店では不人気商品が山積し、会計がいないため支出入が面白いくらい完全に完全に滞ってしまう。

 それに拍車を掛けるように、商会の末路を悟った僅かばかりにいる有能な人材が揃って退職した。


 ちなみにオスコション商会に退職金制度はない。

 そのためそれらの人材達は、商店で取り扱っている寝具の中でも貴族向けに仕入れたが誰も購入ぜずに売れ残っている高級寝具を、根刮ねこそぎ持ち去ったのである。


 もっともそれは倉庫の肥やしとなってしまっていたし、そもそもハロルドが「貴族に売れる筈」と思い付きで自ら仕入れた商品であり、そのためかどうかは不明だが、領収書が紛失して収支決算書に載らない商品であった。


 よってそれを誰かが持ち去ったとしても、決算に載ることがないため誰も判らない。きっとハロルドもそれに気付かないであろうし。


 そしてそんな目紛めまぐるしい出来事が起きているのに気付か(け)ないハロルドの元へ、商業ギルドの監査官であるユーイン・アレンビーが部下五名を引き連れて訪れたのは、そのハロルドが一週間ぶっ続けで行われた祝宴で疲労困憊してしまい、まだ爆睡している朝九時過ぎだった。


 ハロルドの邸宅は市街の高級住宅地にあり、そしてその装いは良い意味で華美であるのだか、敷地内はそれに相反して悪趣味なほどに絢爛豪華けんらんごうかである。


 そう、監査官という立場上そういう場所に何度も出入りしているユーインがドン引きするほどに。


 そんな悪趣味なハロルド邸に到着し、早速取り次いで貰おうとしたのだが、門番がいないばかりか正門が開け放たれており、挙句玄関口の施錠すらされていなかった。


 更に其処彼処で酔い潰れている愉快な仲間達がぶっ倒れており、その臭気が邸宅中に充満している。

 どれだけ不摂生を重ねればこんな有様になるのだろうと、切実に思うユーイン。

 ぶっちゃけとっとと終わらせて帰りたいと、家で待っている妹を夢想して幸せそーにだらしない笑みを浮かべている。


 ユーインは重度のシスコンだった。


 そしてその妹のルシールは、兄の愛が重くてなかなか嫁にも行けずに困って――


「もう、お兄様ったら愛が重過ぎて困ったものね。仕方ないから私がお兄様の面倒を見てあげるわ♡」


 ――いなかった。妹は妹で、重度のブラコンであった。もし血の繋がりがなかったら、見た者全てが砂糖を吐くほど激甘ゲロ甘なカップルになっていたことだろう。

 まぁユーインは海妖精でルシールは森妖精であるため、傍から見れば、


「確実に兄妹じゃねーだろ! どんなプレイだよ!?」


 と、ツッコミが入るだろうが。


 そんな夢想から帰還したユーインは、部下達の白い目に曝されるがそんなものには一切屈せず、何事もなかったかのように表情を引き締めて、審判省から発行された強制捜査令状を片手に邸宅内の捜査に掛かる。


 そうこうしている内に、愉快な仲間達が徐々に目を醒まし、


「ああ? なんだテメェら! ここが天下のオスコション商会の会長ハロルドさおぶあ!?」

「ああ? なんだテメェら! ここが天下のオスコション商会の会長ハロルドさぶふあ!?」

「ああ? なんだテメェら! ここが天下のオスコション商会の会長ハロルドさべぶら!?」

「ああ? なんだテメェら! ここが天下のオスコション商会の会長ハロルドさげばべ!?」

「ああ? なんだテメ(略)」

「ああ? なん(略)」

「あ(略)」

「(略)」

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 ――という判を押したかのように同じことを言いつつ、世紀末のザコ並みに断末魔だけは妙に個性を出す愉快な仲間達を次々昏倒させながら強制捜査を続けるユーイン一行。「ヒャッハー!」させる余裕など与えない!


 因みに、誰一人として「お前は既に~」していない。指先一つでダウンさせてはいるけれど。


 そして邸宅内にいる愉快な仲間達を粗方昏倒させて帳簿や裏帳簿らしきものを押収するのだが、驚くほどその帳簿がない。

 どれだけ杜撰ずさんな経営をしているのだろうと、ユーインは呆れを通り越して感心してしまった。

 色欲に狂ってはいたけれど、しっかり必要以上に帳簿を付けていたイヴォンとは大違いである。経営に関しては素人以下だったが。


 とにかく、資料らしい資料(?)を概ね掻き集め、だがこれだけの騒ぎになっているにもかかわらず全く姿を現さないハロルドに、さすがに訝しく思ったのか捜してみた。


 すると彼は、ハロルドは、一回最奥の寝室で既に――夢の中に旅立っていた。


 まぁ「既に」ではなく「未だ」ではあるが。


 何故ハロルドの寝室が一階なのか、それには深刻な事情があった。


 自重が凄くて二階に上がるのが大変だから。


 ぶっちゃけ「知らねぇよ」と言われるであろう、本人のみが大変な事情である。


「ユーインさん、こいつどうしますか? 全っ然起きる気配がないんですが」


 直接触れるのが嫌なのか、部下の一人が警棒バトンで爆睡中のハロルドをつつきながら訊く。腹の肉がスライム並みにポヨポヨ動いて気持ち悪い。


「どうするもこうするも……」


 深い溜息を吐き、若干ひれっぽくなっている耳介をピコピコ動かしながら独白するように呟くユーイン。それをやたらと肉感的でワイルド系美人の、白虎の獣人族である別の部下のヘスター嬢が目を丸くしながら縦長に縮瞳させてガン見しつつ目で追っているのだが、動かしている本人は気付かない。

 もっとも以前同じことになって飛び付かれ、ベロベロに嘗められ撫でられ甘噛みされて、互いに新たな扉を開き掛けてしまったのは誰にも言えない秘密である。

 仮にそれが密室で、且つヘスター嬢が発情期であったのならば、きっとユーインは妹へ土下座をする羽目になっていただろう。それでは済まない気もするが。


「とにかく起こすしかないんだろうなぁ。ケネス、構うことはないからやってしまえ。どうせ腹肉でダメージ半減するだろ……て、ヘスター、なにやってんだ?」

「え、いいんスか? オレいっつもやり過ぎって言われるんスけど」

「はひ! なんでもないです! 美味しそうな耳だにゃ~なんて思ってないでしゅ!(ガチン)」


 思いっきり噛んじゃったヘスター嬢を他所に、呼ばれて手の平を帯電させるケネス。

 彼は淡水の魚人で、体内に発電器官を持っている。因みに容姿は若干ツヤツヤしているだけで、魚要素は何処にもない。そして趣味が日光浴だった。

 更に彼は、泳げないため水が苦手だ。鰓呼吸が出来るために溺れはしないが。


 そんな魚人族も、今では其処彼処にいて珍しくもない一般人である。


「お前……また俺の耳狙ってたろう?」

「そそそんなことないです美味しそうな耳なんて思ってないです前みたいに嘗めたり撫でたり甘噛みしたりしたいなんて思ってないでしゅ!(ガチン)」


 またしても噛みながら、明らかにそう思っていると思われる自白をして見詰め合うユーインとヘスター。若干ピンクな雰囲気になっているのを感じて辟易するその他の部下。


「イチャイチャするのもいいんスけど、面倒臭ぇからマジでやっちゃいますよ、と!」

「いいいイチャイチャしてないぞ! 俺にはルシールがいるんだからな!」

「わ、わたしは別に二号さんでも……(ごにょごにょ)」

「ヘスター?」


 誰が見てもイチャイチャしているようにしか見えない上司と部下を尻目に、勝手にやってくれと言わんばかりにケネスは、彼専用の水と土の魔石入り警棒を派手に帯電させてハロルドの腹をブヨンとつつく。


 その瞬間「バチッ!」っと弾ける音がして、その体型からは想像も出来ないくらいに俊敏にハロルドが跳ね起き、そしてそのままベッドの上でバウンドした。


 ケネスの警棒は、彼がそれぞれ水と土の魔力を込めると水と塩が滲み出して電気をよく通すようになっている。何故二種類かというと、水だけだと超純水が出るだけであり、電気を通さないからだ。不純物が一切入っていない水――超純水は、絶縁体であるから。


 そしてそんな超純水に塩を溶かした液体を纏わせて伝導率がうなぎ上りな警棒で突かれたハロルドは、良く弾むベッドで暫く弾んでいたが、やがてやっと覚醒したのか自分を取り囲んでいるユーイン達を見て目を丸くする。

 だがすぐに獰猛に唸った――と、多分本人は思っているのだろうが、どう見てもブヒブヒ言っているようにしか聞こえなかったりする。


「おのれお前ら! こんな早朝に勝手に入って許されると思っているのか!」


 派手に唾を吐きながら叫ぶハロルド。だがそう言ったところで、


「いや、正門はおろか玄関口まで空いてたし?」

門扉もんぴ全開とか、泥棒に入って下さい言ってるようなモンよ?」

「田舎じゃないんだし、市民としての常識があるなら施錠するだろ普通」

「それに九時過ぎって早朝か? カテゴリーとして昼前だと思うんだが?」

「どうでもいいけど脂肪だらけで不味そうです」

「いや喰っちゃダメだからなヘスター。腹壊すぞ。それはともかく、商業ギルドの監査官、ユーイン・アレンビーだ。オスコション商会が負債を返済せずにいると通報を受け、更にその額が債務超過している可能性があるため強制捜査に来た。大人しくこちらの指示に従うように」


 ハロルドの説得力皆無なわめきへ正しくツッコミをする部下達。まぁ約一名は違うのだが、それへしっかりツッコミを入れるユーイン。そして続けて流れるように捜査の定型文を言い切り令状を差し出した。

 そんな彼を見詰めるヘスター嬢の視線が熱いが気にしない。何故なら彼には、愛する妹がいるのだから!


 ――何処ぞの特級国法士な森妖精ヒュー・グッドオールといい監察官な海妖精ユーイン・アレンビーといい、森妖精から派生した種族には一部へ偏愛する傾向が強いのだろうかと、至極真っ当なことを考えてしまう部下達であった。


 ある意味それは正解かも知れない。神殿の枢機卿すうきけいである森妖精アーリン・ティム・ジンデルも聖女萌えだし。


 そんなユーインの宣言など理解出来ないハロルドは、歯噛みをすると再び唸り――じゃなくてブヒブヒ鳴くと傍にいるであろう愉快な仲間達を大声で呼んだ。まぁ、全員漏れなく昏倒しているため誰一人として現れないが。


「おのれ! こんなことをしてただで済むと思っているのか! こんな捜査なんか違法だ! 衛兵に突き出してやる!」


 そして誰も来ないことに業を煮やし、今度はそんなことを喚き始めた。


 流石にそれには唖然とするしかないユーインとその部下達。どうやらこいつは強制捜査令状の意味すら理解出来ないらしい。


「この強制捜査令状は審判省から正式に発行された令状である。よってこの捜査は違法ではなく合法なのだよ。何故それが判らない」

「うるさいうるさいうるさーい! ワシが違法だと言ったら違法なのだ! こうなったら訴えてやる!」


 ベッドの上でボヨンボヨンと弾みながら、仮に訴えたとしたら確実に敗訴することを喚き散らすハロルド。もう言っていることが子供のケンカでしかない。


 ――判っていたんだがな。


 独白し、ついでに舌打ちをしてからユーインは部下にハロルドの捕縛を命じた。


「え? イヤですよ触りたくない」

「同じく、触ったら洗っても落ちない気がするし魂まで汚れそう」

「こんなに脂でギトギトギタギタしていたら縛っても滑るでしょう? 嫌ですよきたならしい」

「こんないやらしい顔の奴に近付いて妊娠したらどうするんですか! ユーインさんが責任取ってくれるんですか!? どうせ妊娠するならユーインさんに直接して欲しいです! あ、ヘスターが二号さんだから私は三号でも良いです」

「どうでも良いけど脂肪だらけで不味そうです」


 触りたくないと捕縛を嫌がる部下達。女性陣二人はちょっと違うようだが、どちらにしてもユーインは困ってしまった。二つの意味で。


「ったく、しゃーねぇなぁ……」


 溜息を吐いて耳の裏を掻き、そしてそれを満更でもなさそうに、ピコピコ動かしながら独白するユーイン。ヘスターがそれに気付いて物凄い目を向けてお尻フリフリしている。


「帰ったらルシールと相談するか……茨の道だが判ってくれるだろう……」


 そっちかよ!


 男性陣の部下三人が、揃いも揃って総ツッコミをする。


 まぁそんなことはどうでも良い。例えどんなに嫌がっても、それが仕事である以上は捕縛しないといけないわけで、一応プロとして働いている以上は嫌でもやらなければならないのだ。


「いやー! 汚い! 厭らしい! 妊娠する―!」

「どうでも良いけど脂肪だらけで不味そうです」


 そんなことを喚きつつ捕縛しようとハロルドに縄を掛けようとしたそのとき、唐突にそのハロルドが飛び上がり、そして自由落下でベッドを真っ二つにへし折り床下へと落ちて行った。


「え?」


 そのあまりに意外過ぎる行動に、再び唖然とする一同。


 だがそれも長くは続かない。床下から機械音が響き、何かがせり上がって来た。


「ぶひゃーはっはっは! こんなこともあろうかと買っておいた機関砲ミータリエットだ! 内蔵している魔石で一秒間に……えーと百発くらい? 撃てるんだぞ!」


 そんなことを言いながら、ぐるぐる回りながら周囲に魔法弾をばらまき始めるハロルド。それによって自分の邸宅が穴だらけになる。


「うおおお!? ワシの邸宅が穴だらけに! おのれ許さんぞこのフトドキモノども!」


 完全に自分の所為だしそして説明も拙いが、兵器としての威力は絶大だ。こんな危ないものと真面に相手などしていられない。

 しかもよく見ると、その機関砲ミータリエットは兵器開発が盛んなブレアアソール帝国製の最新型である。

 使用弾丸は、魔力を充填した魔石から抽出される魔力弾。そしてその術式には、たちの悪いことに魔法無効化が組み込まれている。よって魔法で生成された障壁は用を成さず、確実に貫通して殺傷できるのだ。


「なんつう危ねぇ玩具を買ってんだよあのブタ!」

「知らねぇよ! お前がサッサと捕縛しねぇから!」

「俺の所為にするのかよ! お前らだって嫌がってただろうが……あっぶね掠った! 掠ったぞオイ!」

「なに飛ばしてんのよあのブタ! 汚らわしいわねまったく!」

「いやそれちょっと違うんじゃね?」

「どうでも良いけど脂肪だらけで不味そうです」


 一気に劣勢に立たされるユーイン達。それぞれ張った防御結界が弾丸を受けて次々と割れて行く。


 こんな状況になってしまったら出来ることはただ一つ!


「総員、撤退!」

『了解!』


 そしてうのていで逃げ出すユーイン達。だがそれを逃がすまいと、ハロルドが狂ったように魔法弾をばら撒いて行く。


「ぶひゃーはっはっは! ゴミはショードクだー!」


 意味判んねぇ! ハロルドの意味不明な言動に心中でツッコミを入れつつ、やっとの思いで正門まで逃げるユーイン達。


 ――だが。


「ぶひゃーはっはっは! にがさんぞおー! この……えーとなんだっけ? とにかく! これは歩きもできるのだ!」


 歩きじゃなくて移動って言えやボケ! とツッコミたいが、やっぱりそんな余裕などないユーイン一行。というか、あれを外に出したら大事おおごとなのでは?

 それに気付き、もしかしてこれって命懸けの戦いになるのかよ! と歯噛みしながら独白する。


「しゃーねぇ。おいお前ら! 俺が足止めするから応援呼んで来い! サブマスターがいればなんとかなる筈だ!」


 三重詠唱トゥロワ・ソールを展開して水の、それぞれ槍を飛ばして矢の雨を降らせ、そして障壁を展開しながらユーインが叫ぶ。それらはハロルドへ一直線に飛んで行き、障壁によって霧散した。


「うーわ、攻守一体型かよ! なんてモン持ってんだよあのブタは!」


 舌打ちをしながら、後ろにいる声もない部下達を見る。既にいなかった。そりゃ声もない筈である。


「ユーインさん! 貴方の尊い犠牲は無駄にしません! いずれヴァルハラで逢いましょう!」

「じゃ! そういうワケで! お疲れした―!」

「うーわヤバかったー。あんなの相手にしてられっか。あ、お疲れっす」

「ユーインさん! 貴方の意思はこの子が継いでくれるから! 頑張って強い子を産みます!」

「どうでも良いけど脂肪だらけで不味そうです」


 などと好きなことを言いながら脱兎のごとく逃げて行く部下達。


「お前ら―! 幾らなんでも決断早過ぎるだろうが! ちったぁ迷えよ莫迦野郎! つーかいつ何処で子作りしたってんだこのバカ女! 俺にはルシールがいるんだこの野ろ……うわあぶね!」


 展開する魔法障壁を難なく貫通され、ハロルド廷の庭にある意味不明な像を盾にしながら移動するユーイン。これ絶対にジリ貧だろう。そう思いながら、だが一縷の望みでサブマスターのデリックが間に合うのを祈る。無理っぽいが。


「ああ、もう一度顔を見たかったよルシール……というか! 血の繋がりないんだから手ぇ出しときゃ良かった――――――!」


 自覚はあったようだ。どうやら本当にただのプレイだったようである。


 こうなったら特攻して奴も道連れにしてやる! 覚悟を決め、〝四重詠唱カトル・ソール〟で障壁を展開しつつ特攻しようとしていると、


「なにを遊んでいるのですか?」


 傍で、涼やかな声がした。


 其方を見ると、白銀の髪と黄金の瞳の、着流しを来た龍人が呆れたように溜息を吐きつつ立っていた。迫る来る銃弾は、何故か一切当たっていない。


「ユーインさん、遊んでいないで仕事をして下さい。これだと自分は定時上がり出来ないじゃないですか。あ、これ承認印お願いします」

「あ、すまん、今は印鑑もってないんだ……じゃなくて! なんで此処にいるんだJJ!?」

「なんでと言われましても、ユーインさんの承認印がないから仕事が終わらないんです。何処に行ったのか訊いたらハロルドの邸宅に行ったって言われるし……自分も手伝いますからさっさと片付けますよ」


 袖に突っ込んでいる両手を出し、軽く解してから魔法弾が飛び来る邸宅内へと歩を進めるJJ。その呑気とも見える行動に、


「危ねぇよJJ! あれは魔法を無効化する魔法弾なんだよ! 此処は体制を整えて……」

「魔法無効化? へぇ……」


 ユーインの言葉に、凄惨に笑うJJ。


 ――そして、魔法弾がその彼へと集中する。


思考誘導蜂巣型逐次展開式積層障壁しこうゆうどうほうそうがたちくじてんかいしきせきそうしょうへき稼働」


 袖口から、正六面体の薄い板が無数に零れ落ちる。そしてそれは意思を持っているかのように、JJの正面に展開した。


「〝次元空間充填障壁ゼクスエク・ヴァント〟」


 JJの正面に正六面体の薄い板が無数に展開し、それが互いの隙間を埋めて行く。


 ハニカム構造を知っているだろうか。それは正六角形を隙間なく埋めることで強度を保つ構造である。


 そのハニカム構造がJJの全身を包み込み、そしてそれが魔法を無効化し貫く魔法弾を全て弾く。


「え……なんでそれ、壊れないんだ?」


 全ての魔法が通用しない筈の魔法弾が、JJの障壁によって弾かれる不可思議現象に困惑するユーイン。だがそれを聞いたJJは、コテンと首を倒して振り返ると、


「ああ、これ、魔法じゃないんで。我が黄金龍の一族に太古から相続されている道具なんですよ。一応これでも『盾』だそうです」


 薄氷よりも薄く、そして純水のように透明なそれを指さしながら、なんてことはないとばかりにJJが言う。

 いやそれでも、どうしてあれほど薄いのにこれほどの強度があるのだろう。やはり龍族の道具は規格外だというのだろうか。


「そんなことはどうでも良いですよ。あのブタ……おっと失礼、豚さんに悪いですね。あの脂肪ダルマを捕縛すれば良いのですね? では始めます」


 JJがそう言うと、彼を覆っている以外の正六面体がハロルドが乗っている機関砲ミータリエットごと銃座に座るハロルドを包み始めた。

 それを阻止すべく狂ったように乱射するのだが、その全てが弾かれ、更に跳弾して内部を跳ね回りハロルドの四肢を掠めて肉を抉る。


 その激痛でやっと魔法弾の斉射が止み、そしてハロルドは銃座から転げ落ち、全身を貫く痛みと止めどなく流れる出血で混乱しながら絶叫した。


「ハロルド・オスコション。超過債務隠蔽と公務執行妨害、及び殺人未遂で捕縛する」


 荒い息を整え、そしてのたうち回る気力もないハロルドへユーインは告げた。


 ――こうして、オスコション商会の会長であるハロルドは捕縛された。


 そしてその後、アップルジャック商会の会長であったを加えたことで更に増えた債務により、オスコション商会は倒産した。


 ハロルドのその後を知る者は誰もいなく、そして彼の取り巻きである愉快な仲間達も、いつの間にか何処かへと姿を消していたのである。

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