魔国での日々 夏



「海水浴に行きたい!」


「え?」



 え?じゃないよお父様。季節は夏!!ここは島国、ベイラー王国と違って海がある!!ならば海水浴するしかあるまいて。山でもいいが今日は海の気分!

 皆に日本では流行ってたよ~と言うが、どうにもピンと来ていないご様子。



「泳ぐ…つまり鍛錬か?ならばお供しましょう!」


 ルーデン、違う。そういう本格的なのじゃなくて、プカプカ浮かぶだけでもいいの。


「スイカ、割り?割ったら食べづらいでしょう、私が切って差し上げます。」


 ガイラード、違う。食べやすさなんざどうでもいいの。


「この絵は…水着というのですか?泳ぐための服…?海の魔物に襲われた時どうするのですか?我々はともかく、人間には装備として不適格なのでは。」


 アンリエッタ、日本…地球に魔物なんぞいないから。サメやらクラゲは要注意だけどさ。そもそも魔物って、魔族には絶対服従だよね。襲われることなんてナイナイ。

 でも私が描いた水着のデザイン自体は否定されないんだな。まあこの世界も、普通に足くらいは出してるしね。ドレスは大体長いけど。確か寄宿学校の制服は膝丈スカートだったかな。


「いや下着より布面積少なくない!?誰にでも見せちゃ駄目だからね!!?」


 お父様…うん、まあそうよね。でも身内がオッケーならいいのです。


「……楽しそうですね。」


 ドロシー!!分かってくれるのは貴女だけか、うんうん!






「という訳でドロシーと子供だけで行ってきます。」


「「「「駄目です!!!」」」」



 おとなはわかってくれない…。










 ……というやりとりをしたのがなんと2年前。現在アシュリィ11歳でっせ。結局この時は海に行けず…なぜ今年許可されたのかって?


 ふふ…凝り性でお洒落好きのアンリエッタが、「完璧な水着が出来るまで駄目です!!」なんて言うからだよ!!

 水着のデザインはともかく、原材料なんて私が知るか!!ナイロンだとかポリエステルだとか、合成繊維なんて分かるかバーカ!!!そんでも「速乾性とか耐久性も必要だけど…一番大事なのは伸縮性だね」って言ったらそれに当てはまる素材探しから始めよった!!

 最終的に…ファイバスパイダー(蜘蛛の魔物)の糸が最適だという結論に達し、蜘蛛狩りが始まって…地獄絵図でした。殺してはいない、ただ大量に糸を出させているだけで…。さながら強制労働所の如く蜘蛛さんたちが日夜働いております。


 ただしそんな苦労の甲斐あって、素晴らしいものが出来ました!!男性陣は普通にトランクスタイプ、女性陣はアンリエッタ以外はワンピースです。アンリエッタのダイナマイトボディでワンピースタイプは似合わねえ…無難にビキニにした。でもハイレグとかモノキニとか似合いそう。

 ただ…パリスは水が嫌みたいなので見学。残念、ケモミミに似合いそうな水着考えたのにい。いつもお風呂もぱぱっとシャワーで済ませてるみたいだしね、無理強いはせん。







 そんなこんなで最早お約束になりつつあるメンバー、私・お父様・四天王・従者トリオ。水着よーし、パラソル(作った)よーし、お弁当よーし、水分よーし、サングラスよーし!さあ、海にしゅっぱーつ!!




「おい、私を忘れるな!!」


 

 …おおう。ウッキウキで城を出た私達の前に立ちはだかったこの少年、名をディーデリック。成人前の54歳、彼も赤い目を持つ魔族だ。




 ディーデリックとの出会いは、私が魔国に来た日まで遡る。元老院召集になぜかくっついて来た。彼の父親が議会のメンバーだかららしいが…私を見るや否や


「陛下の奥方は人間だったはず、貴様は何者だ!」


 から始まり、


「魔族と人間の混血…?信じられるものか!」

「正体を現せ、その顔も魔法で誤魔化しているのだろう!」

「この私の目を欺けると思ったか!!」


 とか言うもんだから。


「ごちゃごちゃうるせーーー!!!」


「ぐぎゃっっ!!」


 すんごいイラッとしたから渾身のラリアットを喰らわせてやった。綺麗に吹っ飛んでいったぞ、やっぱり魔族相手には手加減が必要無くていいね!


 それ以来大人しくなり、私はなんか彼の父親に感謝された。息子が頑固で傲慢に育ちつつあって、アレでほぐれたらしい、と。

 そのまま父親は私の味方になってくれたのでした。




 その後反省したのかディーデリックは私に謝罪し、年が近くて同じ高位魔族ということで友人になったのだった。

 そんで海水浴のことも話したら一緒に行くと言っていたんだけど…。


「いや、忘れてないけど。家まで迎えに行く予定だったでしょうが。」


「………そうだった…。」


 アホの子かお前は。彼は少しせっかちなのである。まあ手間が省けたからいいか。


 いやあ、懐かしいなあ。大学の頃…3人で海水浴行ったなあ。…聖地巡礼で。バナナボートに3人で乗って全員振り落とされて…なんで?あれって振り落とされるようなもんだったけ?

 





 到着したのは、魔国の中でも南に位置する海岸だ。でも海水浴の習慣は無いから…誰もいない。貸し切り状態だがちと寂しいな。…いつか、皆を招待したいなあ。

 周辺地域を治める家に挨拶に行き、そのまま部屋を借りて着替える。うーん、我ながら凹凸の少ないボディですこと…くそう、リリーは今頃育ってんだろーなー!!スク水プレゼントしてやるんだから!!ゼッケン付きのやつ!!





「お待たせー。」



 海岸に行くと、男性陣はすでに揃っていた。やっぱ早いね、と思っていたら、アイルがむっちゃ怒ってた。


「アシュリィ様、騙したなー!!なんで俺だけフリル付いてんですか!!陛下もディーデリック様もルーデンさんもガイラードさんも付いてないじゃないかー!!?」


「ええー。自信作だったのにい。大体ねえ、フリルは女性と違って男性は大人になったら着れないんだよ。今だけよ、今だけ。」


 くっそ似合ってるわ。彼だけフリフリにしてやった。顔真っ赤にして地団駄踏む姿がまた可愛いやっちゃ。

 それにこの世界に水着の文化は無いんだから、私が常識だ。私が少年はフリルが標準装備だって言ったらそうなの!

 その隣では、ディーデリックも別の理由で顔を真っ赤にしていた。


「な…な…!!話には聞いていたが、布面積が少なすぎるだろう!そそそんなあられもない姿を!!」


 真面目か。…アシュレイも似たような反応しそうだな、なんか仲良くなれそう。

 まあそんな彼は放っておいて、まずは準備体操!!これを怠るんじゃねえぞ!!


「「イエッサー!!!」」


「イエッサ?」


 従者トリオにはいろいろ仕込んであるのさ!面白いから。さーて、身体もほぐれたところで…。


「突撃ーーー!!」


「「「おーーー!!!」」」



 パリスとドロシーを残して全員突撃じゃーい!!ドロシーは日焼けすると真っ赤になるそうなので、日が出ているうちは泳がないらしい。パリスと仲良く留守番よろしく!!




「アシュリィ様ー、わたし泳げません!」


「俺も。」


「私もだ。」


 …まあ、予想通りだよね。大人4人は軍人として鍛錬したようで、ものすっごい泳いでる。なんか勝負始めてるし…。

 私は泳げるけど、3人に同時に教えるのはなあ。とりあえず見込みのありそうなディーデリックから教えよう。彼の手を取り引いてみる。


「私が引っ張るから、バタ足…こう、してみ。」


「う、うむ…。」


 まだほんのりお顔が赤い。初よな~。だが彼はすぐにコツを掴み、少しなら泳げるようになった。




「おい、あの2人は人間だろう。あまり私達から離れすぎると、魔物に襲われてしまうのではないか?」


「大丈夫、魔物除けのピアスしてるから。あれを感知すれば大体の魔物は逃げるし、知性のある魔物は魔族の客人だって理解出来るんだって。」


 ほんと便利よね。おかげでアイル達も魔国で自由にできんのよ。

 その後私がララに、ディーデリックがアイルに泳ぎを教える。時間はかかったが…大分上達したぞ。折角なので競争しよう!と話していたら…何か、歌声が聴こえる…?



「ああ、この声はセイレーンだな。惑わすものではなく、純粋にただの歌のようだ。」


 へえ…。ディーデリックの言葉が本当なら害は無い。いつの間にか…皆聴き入ってしまっていた…。少しうとうとしてきたので、海から出てパラソルの所に戻った。まるで子守唄のようで心地良いな…。








 気付けば日も傾いてきたので、そろそろ今日お世話になる屋敷に戻ることにした。だが…


「お父様達、帰ってこないね。」


 あのメンツなら心配要らないだろうけど…どこまで泳ぎに行っちゃったんだ…?あれから何時間経つと思っているんだ。


「大丈夫ですよ、行きましょう。」


 とドロシーも言うので、とりあえず帰った。

 でもやっぱり海水浴は楽しかったあ!他の皆も同意してくれたので、また来ようね、と約束したのであった。



 その後夕食の時間になっても就寝時間になっても4人は帰って来なかった。「遅くても1ヶ月以内には帰ってきますよ」とはドロシーの談。いやまあ、彼女がそう言うなら…いいの…かな?



 だがその日の夜中。トイレからの帰り、廊下を歩いていたら…


「ふああぁ~……ん?」



 廊下の向こうから…何かぴちゃん…ぴちゃん…ひた…ひた…と聞こえてくる…。しかも、複数…!

 

 何事かと目を凝らすと…向こう側から…全身ずぶ濡れで…髪の長い女が歩いて来るじゃないか…!しかも、後ろには同じくずぶ濡れの男3人…!!

(この時寝ぼけていた私は、完全にお父様達のことを忘れていた)

 



「アシュリィ様ぁ…?起こして…しまいましたか…?」


 彼らはそのまま接近し、私に手を伸ばし…!


「ごめんねぇ…遅くなっちゃって…さあ…!」






「ぎ…ぎいやあああああああああ!!!!!」



「「「「ええええええ!!!?」」」」



 パニックになった私は、廊下を全力疾走した。だというのに、後ろから追いかけて来るうううう!!


「ぎゃあ!ぎゃあ!!ぎゃあああ!!!?」



「ま、待ってー!僕だよ、お父様だよ!?」




 どんだけ走っても追っかけてくるううう!!?そのうち1人がすっ転んで、廊下にあった花瓶を落っことした(多分ガイラード)。



 ガッシャアアン!!「ぐああああ!!!」




「な、なんだ今の音!?」


「あ"あ"あ"ーーー!!ディーデリックゥー!!」


「何……ぎゃーーー!!!幽霊いいい!!?」(寝ぼけている)



 合流したディーデリックと共に屋敷中を駆け回る。いずれ他の人をどんどん巻き込んだ追いかけっこは、ドロシーの鉄拳制裁によって終息を迎えた…








 もう二度とこの4人とは海に行かねえ!!!



 

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