第65話
そして現在。侯爵に禁術を使われてしまったが…まだ勝算はある!ただし…恐らく侯爵は助からない。
彼はずっと…禁書を手に入れてからずーっと使い続けていた魔法がある。魅了だ。
魅了の魔法は、僅かでもいいから対象を愛おしいと思う感情が必要だ。その対象は、もちろんレイチェル様…ターゲットは屋敷の人間。…その理由はまたあとで。
それより、今この状況をどうするか…。
「ああ、シルビアさんと僕の子供かあ~!可愛い、可愛いい~。
シルビアさんたら、僕のこと置いて行っちゃうんだから…。「貴方の前でしわしわのお婆ちゃんになりたくない!」っていなくなっちゃったんだよ~。…今、どうしてる?」
「お母さんは…亡くなりました。2年前…。」
「そっか…これからは、一緒にいようね。」
魔王…もといお父様はさっきから私を離してくれない…。抱き締めたあと、めっちゃ頬擦りしてくる…。今それどころじゃないんだけど!
「だー、もう!お父様!今そこの屋敷で…」
「お父様!?僕お父様…!!みんな、今日は宴会だよー!」
「「「「はい!!」」」」
「宴をお前らの葬式にしてやろーか!!?」
全然人の話聞いちゃいねえ!もういいわ、1人で行く!そう思い屋敷に向かおうとしたら…
「僕の息子は勇ましいな~。そういえば名前は?」
なん、ですと…?今、なんと?
私はお父様に背中を向け、右腕を取り…投げた。一本背負投げである!本で読んだ。
「私は女じゃーい!!!
母より授かりし名はアシュリィ!父は魔王リャクル=ノイシット=ウラオノス、母は人間シルビア!正真正銘、魔族と人間の混血である!!」
そうして地面に向かって吹っ飛んでいったお父様に対して見栄を切った。4人組は「お見事です!」と言いながら拍手している。やーどーもどーも。
だがお父様は、光の速さで戻ってきて磁石のように私にくっついた…。
「娘!?娘かー!!アシュリィね、お父さんですよー!!」
ちくしょー!!全然効いてねえ…この人こんな感じで私のこと甘やかしまくるんだよ!!だから
次は関節技を決めようか…と考えている私を救ったのはアンリエッタとドロシーである。
「陛下!娘であれば話は別。あまり年頃の女の子にベタベタしてはいけませんよ!」
「嫌われてもよいのですか?」
今度はアンリエッタの胸に捕まった。これは…ほうほう。うむ、悪くない!ショックを受けるお父様は放っといて、私がその柔らかさを堪能しているとガイラードが声をあげる。
「陛下!何者かが屋敷から出て来ます!あれは…女性のようですが。」
あれは…レイチェル様…!!玄関から堂々と姿を現した彼女は妖艶に微笑む。その手には…侯爵の、首…。
侯爵が使った魔法は…死者蘇生。ただしそんな魔法は…存在しないんだよ。死者は蘇らない、たとえ神であろうとも不可能だ。
その正体は、リンベルドの復活。禁書には恐らく死体、もしくは別人の身体に死者の魂を定着させる…的なことが書かれているんだろう。
ただしそれは嘘っぱちだ。死者とはリンベルドのこと。リンベルドの封印を解き、肉体を提供する魔法にすぎない。それを死者蘇生などと記してあるのだ。
つまり侯爵は、自分の命と引き換えに妻の肉体をリンベルドに奪われる。それを知らずに蘇生と信じている彼は、レイチェル様の身体が再び熱を持ち動き出したことで感涙に咽び泣くのだが…うん。
あれは美女の皮を被ったおっさんだ。侯爵、本当にそれでいいのか!!?外見が美女だったらなんでもいいのか!!見知らぬおっさんに自身の命と最愛の女性を奪われたんだぞ!!危うくおっさん×おっさんになるところだった、私は見たくないぞ。凛々は嗜んでいたが…私は管轄外なので!!
結局侯爵はその場でリンベルドに殺されるが…その表情は晴れやかで、幸せそうに微笑んでいるんだ…。
きっと侯爵は幸せなまま逝ったのだろう。何も知らないままで…なんか逃げられた気分だが…お前のせいで、お父様は…!!
過去幾度となく、お父様と四天王(仮称)はあのレイチェル様…いや、リンベルドと対峙した。彼女…彼?…彼は強力な力を有してはいるが、所詮か弱い女性の身。この5人相手には手も足も出ない。と言うより、自身の力に肉体が耐えられない。それこそが、彼の狙いであるが。
レイチェル様という器を破壊された彼は、その場で最も強大な力を持つお父様に狙いを定める。だから、このままレイチェル様のままで消滅させる!
…ところで。過去の調べによると、侯爵が禁書を手に入れたのはレイチェル様の死後半年が経った頃。この国では土葬が一般的で、本来ならとっくに埋葬されて腐敗が始まっていると思うんだけど…?
綺麗なままで死体が残っているってことは…ね?やっぱ侯爵は最初からそういう趣味があったとしか…言いようが……ね?
「うーん、あれは人間じゃないね。見覚えの無い顔だしどうやら敵意剥き出しだし、破壊してしまおうか。」
…お父様って人間には優しいけど、その他には割とあっさりというか、冷酷というか…。そんなお父様の言葉に全員構える。だからそれが駄目だっつーの!!
「待った!あれはリンベルド、魔族であれば名を聞けば分かるでしょう!今あの身を裂けば彼を自由にするだけだ!!」
私の言葉に、お父様達に緊張が走った。多分彼らはこの屋敷から溢れる強大な魔力を感知して、魔族が暴れていると思って来たのだろう。そして魔族であればリスティリアス様とリンベルドのことは知っているはずだ。迂闊に攻撃出来ないことも、月光の雫のことも。
…ん?来んの早くない?魔国ってここから遠く離れてるよね?いつも多数の犠牲が出てから魔国に話が伝わって、お父様出動!って感じだったけど…。
「ああ、それはね。この国に丁度ガイラードがいたから。彼が魔族と名乗る少女がこの国の貴族に喧嘩を売ったっていう情報を得てね、来ちゃった。僕達さっきまで王宮にいたんだ。」
来ちゃった♡じゃねーよ、それ今日の話ですけど!?しかも王宮て…今何時だとお思いですか!!?後で陛下に謝罪しよう…。
「…どうする?何か策があるんですか、アシュリィ様?」
ルーデンが発言し、視線が私に集まる。そうだな、まず…
「……小娘。何故俺がリンベルドだと知っている…?」
その前に、リンベルドが話しかけてきた。俗に言う鈴を転がすような声、だろうか。美しい声と容姿に合わない言葉で私達を威圧する。
「答える義理はない。…かつて、リスティリアス様は貴方を封印した。貴方が改心することを願って…だが、それはありえない。貴様は何千年経とうと変わらない、人類の敵。」
リンベルドは醜悪に顔を歪ませた。正解、か。
改心なんて、するはずがない。だって彼は最初からそうだったのだから。弱い人間共なんて精々奴隷、家畜ほどの価値しかない。我々高貴なる魔族が手を取り合うなど笑止千万…でしょう?…他人の価値観を変えることなんて、出来る訳がない。この後自由になってしまった彼は人間社会を蹂躙する気だろう。
それは…リスティリアス様だって分かっていたはずだ。
「かの魔王陛下は貴様を殺したくなかった。目の前に死体が晒されるのだって耐えられなかったのだろう。
だから封印という手段をとった。…私が、私達が後始末をしよう。」
彼女の行動は、無責任だ。そんなつもりは無かった、と言うだろう。それでも結果が全てだ。だから…!!
「構えなさい、リンベルド=カインド=ウラオノス!!
リスティリアス=ノイシド=ウラオノス魔王陛下に代わり、我々が引導を渡してやろう!!」
私は、大好きなお嬢様やアシュレイがいる世界を壊させない。彼らが笑える明日を守るため、たとえ同族であろうと容赦しない!絶対に、ここで止めてみせる!!
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