第26話



「それで、どうなんだい?あの2人。」



 場所はベンガルド邸当主執務室。時は深夜。主のリチャード、その妻アリーナ。そして執事長ハロルドと侍女頭ヴァニラがいる。

 そして椅子に腰掛けながら言葉を発したのはリチャードだ。



「はい。予定通りでしたらあと3日で全ての課程は終了致します。

 しかしまだ幼いながらに…優秀な2人です。正直な所申しますと、中途脱落すると思っていましたので。

 あの小さい子供にはとても耐えられないと決めつけてしまっていたようです。それがこちらの期待以上の結果を出しました。」


「そうか。はあ…そんなに優秀ならウチで欲しかったなあ…。」


「そうよね~。それにとっても可愛いし!何度か見に行ったのだけれど、ちっちゃい2人がちょこちょこ動いてるの小動物みたいで可愛かったわ~!」



 ハロルドの答えに大満足な夫妻。

 リチャードは、サラティナの兄・チェイズの息子である。叔母の話は父や祖父母より聞いており、数度会った事がある。

 それほどサラティナと親しい訳ではないのだが、今回の発端はサラティナがチェイズに宛てて出した手紙から始まる。






 それは要約すると、自分がシスターを務めている教会の孤児院で、侍従を目指したい子供が2人いる。

 名前はアシュリィという女の子とアシュレイという男の子。共に8歳。

 当然まだ働くには早いし、少年の方は本当は執事を目指したいとの事。だが恐らく少女の方も執事になれるなら目指すだろうと。

 その理由はアミエル侯爵家の末娘リリーナラリスにある。彼女の噂は伯爵家にも伝わっているが、本来の彼女はとても優しく優秀な子だという。だが家族や使用人から不当な扱いを受けているらしい。

 そこでアシュリィ達は、大人達はアテにならないと、自分達でリリーナラリス嬢を護ると決めた。

 だが孤児を雇ってもらえるとは思えず、更に教育も不足。そこでサラティナがベンガルド伯爵家に頼ってみると提案したらしいのだ。




 そして最後にはこう書かれていた。



「それとアシュリィは赤い目をしています。珍しいので普段は前髪で隠していますが…侯爵家の侍女ともなれば、外見にも気を使う必要がありましょう。

 彼女の母は青い目だったそうなので、恐らく父方の遺伝でしょうが…私も赤い目を持つ人など見た事もありませんし聞いた事もありません。

 伯爵家の方で、どこの国の特徴なのか調べていただけないでしょうか。もしかしたら、大陸の外の可能性もありますし。


 とても良い子達なので、教育よろしくお願い致します。





 追伸

 アシュリィは「殺人タックラー」、アシュレイには「ヘタレ大将」という異名があるんですよ~。

 本来優しい子ですけど、アシュリィは怒らせないように気を付けてくださいね。八つ裂きにされたくなければ。」






「父から頼まれたら断るわけにもいかないしなあ。特に私達に損害がある訳でもなし。

 しかしタックルで八つ裂きにされるのか…?衝撃波か?」


「そ、それはどうでしょう…。ヴァニラ、君から何か報告は?」


 ヴァニラは先程から発言していない。元々業務以外では口数が少ない方ではあるのだが、ハロルドに指名され口を開く。





「…可愛い、です。」


「「「……。」」」




「あの2人っ!も~~~…はあー!!!最初の頃なんて…」





~回想~


『アシュレイ。部屋の隅に埃が残っています。やり直し。アシュリィ。壺に貴女の手形が残っています。やり直し。』


『『はい…。』』


『(あああしょんぼりしてるぅ!)……こちらの窓はピカピカですね。お見事です。シーツのシワも綺麗に伸ばされています。素晴らしい。』


『『はいっありがとうございます!』』


『(あ"あ"あ"~可愛いいいい!!!)…頑張りなさい。』




『ヴァニラさーん!洗濯綺麗にできました!』


『ヴァニラさん!お茶の種類全部覚えました!』


『見てください、メイドさんの髪型!ボクがやったんですよ!』


『聞いてください!私背がちょっと伸びたんですよ!』


『一緒に休憩しませんか?ボク達でお菓子作ってみたんですよ。』


『ほとんど私がやったけどね!お茶淹れますから、座ってください。』


『『ヴァニラさーん…!』』




~回想終わり~





「事あるごとに私に報告してくるし…叱られてしょんぼりしている姿も褒められて喜んでる姿も愛おしい…。

 と言うか心を鬼にして厳しく接しているというのに全然私を恐れないで慕ってくれるし…。

 それに背の高いハロルドさんと並んでるとアシュシュの小ささが際立ってもう小動物だし…。もうカルガモの親子にしか見えない。

 ちっさい子が剣を振り回してたり大きい本を読んでる姿とかもう…もう…!

 しかも超優秀。特にアシュリィの吸収力は素晴らしい…こちらの説明を全て理解して覚えてます。

 アシュレイはその場では覚えられなくても、きちんとメモをとって復習して、次には出来る様になってます。」




 ヴァニラは、子供や小動物が大好きなのだ。

 表面ではクールを装っているが、脳内ではアシュリィ以上にフィーバーしている。

 彼女のこんな姿を知るのはここにいる3人だけ…ではない。彼女は隠しているつもりだが、屋敷中の全ての人が知っている。

 現在伯爵邸の使用人達皆に可愛がられている2人だが、一番可愛がりたいのはヴァニラなのだ。

 だが侍女頭という立場や普段の自分のイメージが邪魔をして、精々お菓子を与えるくらいしか出来ていない。


 ちなみにアシュシュとは、2人まとめて呼ぶときの通称である。主にメイドが使用している。




 顔を両手に当てて天を仰ぎ、フィーバーモードに突入してしまったヴァニラは放っといてハロルドが報告を続ける。





「…ヴァニラも言っておりますが、非常に優秀な2人です。それと旦那様、アシュリィに上級魔導書の閲覧許可をいただけませんか?既に中級は読み終えてしまっています。」


「え、嘘。確かに上級は私が保管しているが…読めるのか?」



「…以前アシュレイが、アシュリィの知力は8600あるらしい、と言っていました。

 大袈裟に言っているだろうけど、桁外れに高いのは間違いない。との事です。」


「8600…うん、多分860の間違いだろう。だがまあ、それだけあれば上級も読めるだろうな。しかし危険ではないだろうか…。」


「中級の医療魔法では、古傷を消す事が出来ないそうです。アシュリィはアシュレイの傷跡を全て綺麗にしたいと言っていました。」


「明日の朝持って行こう。」


「…ありがとうございます。」



 アシュレイの傷については、皆が気に掛けていた事だ。執事として良くないというのもあるのだが…見る度に皆心を痛めていた。

 


「でもアシュリィのステータスって本当に凄いのねえ。他人のステータスを無理矢理暴くのは御法度だけど、興味あるわ。

 でも知力が860って、今の年齢じゃあ初期値だろうし…これからどれだけ上がるのかしらねえ。」



 幸運以外のステータスは、初期値が高ければ高いほど伸び代も高い。なのでここにいる大人達は彼女の成長は計り知れないな、と考えている。

 実際は8600なのだが。それについてはまた、いつかね。





「ですが問題は…旦那様の紹介状があっても侯爵家に執事として雇ってもらえるかどうか。侍従、侍女なら問題は無いでしょうが。」


「あれほど小さい子達ですからね。

 上級使用人ともなれば使用人の中でも高い権力を与えられる。屋敷の中でも虐げられているというお嬢様の為に、上級使用人を2人もつけるかどうか…。」




 ハロルドと、いつの間にやら復活したヴァニラの言葉はもっともだ。どうしたものかとリチャードは思案する。



「そうだな、結局は侯爵の判断で…ん?あの2人は執事として認めて良い、という事か?」


 その言葉を聞いたハロルドとヴァニラは、顔を見合わせ微笑んだ。


「正確には、2人で一人前ですが。」


「もっと正確に言ってしまえば、執事見習い、ですね。」


「そうか…。」



 この2人がそこまで言うのであればそうなのだろう。ますます欲しいなあ…とリチャードは思う。





「もういっそ、リリーナラリス様がウチに養子に来てくれれば良いのにね~。そうしたら、可愛い娘と優秀な執事が家族になるんでしょう?

 それに、アリーナとリリーナラリスって名前親子っぽくない?ふふっ!」


 

 アリーナの発言は、皆一度は考えた事だ。

 現在この伯爵家に子供はいない。アリーナが子供の出来ない身体だったのだ。

 それでもいい、君を愛してる…と情熱的にアタックし続けたリチャードに押され結婚したのだが…子供はいずれ養子をもらう予定だった。

 

 だが相手は侯爵家。伯爵家から「娘くれ」とは言えない。いくら不当な扱いを受けていようが、だ。


 向こうが捨てるというならば話は別だが…。




「まあ…それは置いておこう。

 侯爵家で雇って貰えるかどうかは私もなんとかしてみよう。」


「養子で思い出しましたが旦那様、親戚筋から養子に迎えられそうなお子様のリストが出来ましたのでご確認ください。」



「ふむ…ケイト・パッカー、リック・フラント、あと…ランス・カーティーか…。」






 大人達の夜は更けていく…。

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