3・ユーケルン(前編)

※作者より業務連絡です。♒♀( ̄▽ ̄;)

 今回は、魔獣ユーケルンが相手ゆえにややゲスい内容を含んでおります。

 設定というより余談ですので、苦手な方はここでバックしてください。m(_ _)m


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「えっ、嘘でしょ!?」


 目の前に広がる光景が信じられず、思わず声を上げる。

 ワイズ王国の第二の町とも言われる港町エリスン、その西の海に浮かぶ小さな島。恐らくリンドブロム大公宮よりも小さいその島の中央には、半球のようなこんもりとした森がある。

 ぐるりと樹々に囲まれたその中央に、小さく丸く開けた場所があった。青々とした芝生の上に赤い三角屋根の二階建ての邸宅が建っている。その広さはというと、旧フォンティーヌ邸の三分の一程度。

 石造りの邸宅に見慣れているせいか、白い壁と縦横に走る樹の木目が何だか洒落ているわ。窓も少し細長い形やまんまるの形など、部屋によって工夫がされているし。


 まぁ、貴族の別荘という感じかしらね。お庭もちゃんと整えられていて、生えている背の低い樹木も丸く綺麗に刈られているし、花壇には色とりどりの花が咲いているわ。風に揺れて、すごく綺麗。

 傍には海へと繋がる小川がさらさらと流れていて、川岸にはご丁寧にベンチまで置いてある。


 何ということでしょう、このメルヘンチックな素敵な光景……。確かにユーケルンには似合うけど(一角獣でも人型でも)、理由が分からないわ。

 そして、この青々とした芝生部分と周辺の森……そうね、せいぜい地方の野球場ぐらいかしらね。それだけが、ユーケルンの領域らしい。


 すっごく小さいわ。王獣はともかく、フェルワンドはフラル火山の地下一帯だったし、サーペンダーも湖全部だった。ランクとしてそう劣らない魔獣ユーケルンのテリトリーとしては、随分狭い。島を丸ごとテリトリーにすることぐらい、できると思うんだけど?


 それに、街に近すぎない? 魔獣って人が殆ど訪れないような奥の方に棲んでいるものと思ってたんだけど、ここだとものすごく気軽に来れそうよ。エリスンの海岸と五十メートルぐらいしか離れてないんだもの。

 小舟でも使えばすぐだし、頑張れば泳いで来れるかも。


“わたしは中には入れん”

「じゃあ、マデラのときみたいに外で話すしかないわね」

“そうだ”


 まぁ、例によって『聖女の傍を離れるな』と言われてるからだろうけど。

 でも、ユーケルンだしなあ。こう言うとアレだけど、もう処女じゃなくなったし大丈夫じゃないのかなあ。

 あ、それとも逆に危ないのかしら。嫌悪感丸出しで乱暴に扱われるとか。


『もう、いつになったらノックするのぉ?』


 そんな声が聞こえ、正面の茶色い両開きの扉が開いた。例の、男装麗人によく似た金髪碧眼の美しい人間の姿だ。


「あ、すみません。お久しぶりです、ユーケルン」

『久しぶりぃ、処女ちゃん。……あ、もう違うわね、聖女ちゃんだったわ』


 ユーケルンが「あらやだ」というように肩をすくめる。

 前ほどの熱量は感じないものの、邪険にされている感じでもない。

 とりあえず、第一関門はクリアだわ。


「はい。ご挨拶をと思い、参りました。ですがムーンもいますので、申し訳ないのですが中に入る事はできないのです」

『ええ~~?』


 明らかに残念そうに、ユーケルンの口が四角になる。どうにかならないの、とでもいうようにチロリ、とムーンを見上げた。

 ムーンが“フン”と鼻息をつく。


“魔王に言われているのでな”

『もう何もしないわよぉ。だって処女じゃないし』


 ズビシ、と私の方を指差してユーケルンがあからさまにつまらなそうな顔をした。

 や、やめて欲しい、断言するの……。ただでさえ前回ムーンに叱られたばかりだし、とんでもなく恥ずかしいわ!


“そういう問題ではない”

『ええ~~?』


 ユーケルンは不満そうだったものの、

『じゃあ、あそこで話をしましょうか』

と、小川の傍のベンチを指差した。


 本来の姿に戻ってもいいんですよ、と言うと、じゃあ遠慮なく、とユーケルンがピンクの一角獣の姿に変わった。

 濃い桃色の鬣が風で靡き、背中に生えた大きな白い翼が広げられたその姿は、神の使いとも見紛うほど美しい。


 私がベンチに座り、ムーンはその背後に控える。ユーケルンはベンチの前に佇むと、『ふう』と息をつきながらゆっくりと芝生の上に腰を下ろした。目の高さが、ちょうど私と同じぐらいになる。


「それにしても、あまりにも町に近いので驚きました」

『ふふ、いいでしょー。可愛い処女ちゃんを堪能するなら、人が多いところにいないとねぇ』

「……」

『あっ、心配しないで? ちゃーんと味見だけで我慢してるの』

「あ、味見……」

『そうね、せいぜい【ピーッ】とか【ピーッ】ぐらいかしらねぇ』

「そっ、その手のワードは使用禁止です!」

『あらっ、そう。でも意味がわかるなんて、聖女ちゃんもなかなかね』

「……」


 そこは指摘しないでほしかった……。本編では誰にもツッコまれなかったのに。


「ところで、堪能とは? 約定がありますから、人間を襲うのは駄目ですよね?」

『可愛がるだけよ。処女も奪わないし。ちょっと夢を見てもらうだけ』

「夢……」

『だーいじょうぶよー。何にも覚えていないし。それにこれは人助けよ』

「……」


 あまりの胡散臭さに、思わず半目になる。

 魔獣が助け。これほど不思議な言葉があるかしら。


 平たく言うと、可愛い処女を町から攫ってイタズラして、夢で無かったことにして帰す、ということよね。そんなことを繰り返している、と。

 ……ド変態だわ。


 それに確か、ワイズ王国では十六歳ぐらいから結婚適齢期。縛りがきついリンドブロム大公国より低年齢化が進んでいるのよね。

 そんな中で処女の味見ということは……ひょっとしたらロリコンも入っているかもしれない。

 ――ユーケルン、何て恐ろしい魔獣……!


 ピシャーン、と雷に打たれたような衝撃が身体を突き抜けた。当然、白目。

 おまわりさんこの人です、と言いたくなって唇がプルプルする。


“ケルン、聖女が固まっている”

『あらん。ムッツリ聖女ちゃんでもキビシかった?』

「む、ムッツリじゃないわよ!」


 ふう、ちょっといろいろな妄想が飛び交って頭の中が大渋滞になっちゃったわ。

 とりあえずちゃんと話を聞いてみましょう。事と次第によっては行動を改めてもらわないと。 


「人助けってどういうことなの?」

『んーと……三百年ぐらい前に遡るんだけど』



   * * *



 魔獣ユーケルンは、自由気ままに世界を駆け巡る風の魔獣。古の魔王侵攻の際に手に入れたいくつかの領域を渡り歩き、人間社会を眺めていた。

 この小さな島は、そんなユーケルンの領域の一つ。この邸宅もかつての貴族の別荘だったらしく、美しいものが好きなユーケルンはいたく気に入り、そのまま残してあったらしい。


 そして三百年ほど前、アルバード家の令嬢、レミリアに魔獣召喚された。

 一目で彼女を気に入ったユーケルンは、彼女を自分のつがいにするつもりでこの地に連れてきた。驚いたことに、彼女も魔獣ユーケルンと分かった上で彼を愛した。


 彼女を汚染しないために、ユーケルンはつねに人型になって彼女と過ごしていた。魔界へと繋がる入口も閉じ、この地を魔界の風から隔離し、浄化した。

 レミリアは聖女の血を引くアルバード家の令嬢だったし、あとは自分が魔精力の放出さえ抑えれば大丈夫だろうとユーケルンは思っていた。


 二人はとても甘く幸せな日々を過ごした。レミリアは甘えん坊で、淋しがり屋で、いつもユーケルンと一緒にいたがった。そんなレミリアをユーケルンも愛しいと思い、傍から離さなかった。

 ――それが、『聖女の素質』が無かったゆえの『歪み』だとは、まったく気づかなかった。


 どんなにユーケルンが配慮していようとも、いつも傍にいる以上、魔精力を浴びることをゼロに抑えることはできない。

 魔界由来の魔精力に耐性がないレミリアはその闇に抗えなかった。少しずつ狂っていき、いつしか正気を失っていた。


 そしてその闇は、彼女の肉体をも蝕み始めた。

 このままではユーケルンの魔精力に耐えきれず命を落とすか、仮に耐えても肉体は腐り落ち、魔物ともいえない生き物に成り果ててしまう。


 ユーケルンは選択を迫られた。

 このまま傍に置いて最後まで彼女を愛し続けるか、狂ったままでも人間として生き永らえるように元の場所へ帰すか。

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