■ゲーム本編[10]・密猟事件の顛末

「エドウィン伯爵。申し訳ありませんが、身柄を確保させていただきます」


 『野外探索』初日、午後2時過ぎ。

 3時からの会議に出席するために大公宮に訪れたエドウィン伯爵を、リンドブロム近衛部隊『司法部』の面々が取り囲んだ。


「……どういうことでしょう?」


 下流貴族のシェルダン男爵家から伯爵家に婿入りし、ルイス・エドウィン伯爵となった彼は、伯爵家の中でも穏健派で、非常に落ち着いた理知的な人物である。

 自分を取り囲む物々しい近衛部隊を見ても、眉一つ動かさなかった。


 老齢のヌール部隊長のやや後ろに立っていたアインス副部隊長は、スッと一歩前に歩み出で、エドウィン伯爵の目の前に布切れを突き付けた。


「ワイズ王国の山中でホワイトウルフの密猟をしていた人間が持っていたものです」

「それが?」

「エドウィン・ロンバスのダークウルフ仕様。その辺の密猟犯ごときが手に入れられるような代物ではありません」

「エドウィン・ロンバスは貴族の方々に広く愛用して頂いております。わが伯爵家から出た物とは限らないのでは?」


 エドウィン伯爵の切り返しに、ヌールがわずかに口角を上げる。


「往生際が悪いですな。あなたが確かに指示していたという、密告もありました」


 ヌールがそう言い放った途端、エドウィン伯爵の眉間に深い皺が刻まれる。

 そんなことをする人間と言えば、レグナンド男爵以外に考えられなかった。


 あの男、あれだけ下請けとして儲けさせてやったのに。あのボンクラがまさか気づくとは思わなかった。

 そして大公家に恨みを持つあの男が、まさか大公家に義理立てして裏切るとは。

 こうなったら……――。


 エドウィン伯爵の表情を見たアインスが、すかさず部下に目配せする。

 取り囲んでいた近衛部隊の二人の隊員が素早くエドウィン伯爵に詰め寄り、すかさず両腕を掴んで拘束した。顔を上に向かせ、アインスが伯爵の口の中に柔らかいボールのような物を突っ込む。舌を噛み切って自害するのを防ぐためだ。


「ご子息は『野外探索』中でしたな。早速、確保いたします」

うぃすはあんへーあいクリスは関係ない!」

「そんなはずはありません。フォンティーヌ隊が、山中でホワイトウルフを捕獲するために使ったと思われる落とし穴を調べました」

「……っ!」


 フォンティーヌ、という言葉にエリック伯爵が敏感に反応する。


 そもそもは、マリアンセイユ・フォンティーヌが巨大ホワイトウルフを倒したところから伯爵の計画は狂い始めた。

 事件は明るみになり、証拠隠滅する前にアルキス山には捜査の手が入り、撤退を余儀なくされた。

 また、マリアンセイユがホワイトウルフの群れを殲滅してしまったためにその数は激減。ワイズ王国領のさらに奥まで手を広げたものの、「灰色の狼に邪魔されてしまった」という報告が何回かあった。


 この灰色の狼というのは、あのフォンティーヌの森の護り神とやらだろう、とエドウィン伯爵は歯を軋ませた。


 忌々しい。何が上流貴族だ。何が高貴な血筋だ。

 魔物を殺し過ぎると魔王が降臨する? ああ、してもらおうじゃないか。

 混沌の世になれば、血筋なぞ関係ない。力の強い者が勝つ。

 大公にお告げがもたらされるほど、世界は荒廃している。

 魔王が蘇る日も、そう遠くはあるまい。

 来たる日のために入念に準備をしておこう。そして力に優れたシャルル様を担ぎ上げるのだ。

 幸いシャルル様も、その野心を隠そうともしていない大バカ者だ。ちょっと持ち上げればこちらの都合の良いように踊ってくれるだろう。


 エドウィン伯爵が裏で動いていた密猟は、既存の貴族システムを崩壊させ、シャルルを王として奉り自らが裏で牛耳るという、国家転覆までも睨んだものだったのだ。


「かなり複雑な土魔法の痕跡が見つかりました。魔物を捕えるためのものですから、生半可な仕掛けでは騙されてはくれないでしょうな。一つ一つはそう難しいものではないですが、複数の魔法を組み合わせて構築するというのはその辺の魔導士にできることではありません。恐らく密猟グループに入れ知恵をした者がいたのでしょう」


 口に入れられたボールのせいで涎をダラダラ零しながら苦渋の表情を浮かべるエドウィン伯爵を、ヌール部隊長がじっと見下ろす。


「正規の魔法教育を受けた――そう、ご子息ほどの魔導士が」



   * * *



 エドウィン伯爵確保の報せを受けたディオンは、まだクリス・エドウィン関与の明確な証拠が無いことを理由に、

「極秘にクリス・エドウィンを確保するように」

と近衛部隊に命じた。

 聖女騎士団エドウィン隊は『外政部』が確保に向かっているが、まだ完了の連絡は受けていない。そのためエドウィン伯爵を捕まえたことも公にはなっていないのだ。


 それに、『聖なる者』の選定はリンドブロム大公国の威信をかけた一大イベントだった。ましてや聖女騎士団や近衛部隊の選抜もかかっている『野外探索』を中止にする訳にはいかなかった。


 近衛部隊が森にいた試験官の情報を頼りにクリスの居場所を突き止めたときには、不気味な魔精力は完全に消え失せていた。しかしそこには直径5メートルもの大きな穴が開いており、盛り上がった土の軌道が森の奥へずっと続いているのが、ひどく薄気味悪い。

 すぐ傍の木の根元には、叩きつけられて全身を骨折しているクリスが虫の息で横たわっており、マリアンセイユの姿はどこにもなかった。


 その場所は『野外探索』の指定エリアからは完全に外れており、いったい何が起こったのかは誰にも解らなかった。

 指定エリアには魔物除けの魔道具が施されており、彼らはそれを外れたために魔物に襲われてしまったのだろう、というのが大方の見方だった。


 ディオンは『野外探索』を中止にしない代わりに

「夜は不測の事態が起こりやすいため、参加者は一度森の外へ出ること」

という通達を出すことを決めた。



   * * *



 ミーア達四人が森の外に出てくると、探索本部の周りでは近衛部隊が慌ただしく行き来していた。明らかに何かが起こったと考えられるが、その中心にいるはずのディオンの姿が見当たらない。

 シャルルが『自分の領域マジカルスコープ』で注意深く調べると、聖者学院の建物の影に不自然なシールドが作られていた。


「……兄上だな」

「分かるのですか?」

「魔法じゃない、魔道具のシールドだからな。……ちょっと待ってろ、声だけ拾う」


 シャルルが気づかれないよう注意深く魔精力を練り、口の中で呪文を唱える。

 すっと上げた右手の指先から糸のようなものが伸びてゆき、シールドに絡みつく。


“あの子が魔物に食べられたですって!? あり得ないわ!”


 その瞬間に飛び込んできたのは、若い女性の叫ぶような声。クロエ・アルバードだった。

 ディオンとクロエは同い年のいとこ同士ということで幼い頃から面識があり、親交があった。しかしクロエがこのように我を忘れて声を荒げるのは、非常に珍しい。

 四人は思わず顔を見合わせ目配せをすると、シャルルの糸から聞こえてくる声に耳をそばだてた。



   * * *



 ディオンの目の前にいるクロエは、珍しく激高していた。細い眉を吊り上げ、切れ長の瞳が一点を凝視している。

 

 クリスがマリアンセイユに話しかける時の目が気になっていた。純粋に慕っているというよりは、何か下心があるように思えてならない。

 公爵令嬢でしかも大公世子の婚約者に手を出すとは思えないが、安全な男と思わせておいて上手いこと誑し込むつもりかもしれない。

 マリアン、気を付けて――そう思い、アルバード家に伝わるお守りを託したのに。


 なぜ魔物が? クリスは何をしていたのかしら!

 やはり二人きりにするべきではなかった、という後悔もあり、クロエはその憤りをディオンにぶつけた。 


「あの子が魔物に食べられたですって!? あり得ないわ!」

「彼女はどこにもいなかったのですからその可能性もあります、と言っただけです。もしくは、彼女の魔法がクリスを痛めつけたか」

「それこそあり得ないわよ!」

「わたしもそう思います。彼女にはクリスを襲う理由がありません」

「何を冷静に言っているの!? 仮にも婚約者でしょう!?」

「……っ」


 一瞬、ディオンが言葉を詰まらせた。やや苦し気な表情を見せたディオンは、しかし次の瞬間には元の能面のような顔に戻っていた。


「……わたしが咽び泣けば彼女が見つかるというならどれだけでもそうしますが、そうではないでしょう」

「何をいけしゃあしゃあと!」

「彼女の痕跡が何もない以上、何らかの理由で身を隠しているのでは、とわたしは考えています」


 ディオンはどうやら、マリアンセイユを見捨てた訳ではないらしい。冷静に状況を踏まえた上で言っているのだとわかり、クロエの頭が少しだけ冷える。


「あの子が……自主的に?」

「ええ」

「それなら『野外探索』を中止して徹底的に捜索を……」

「それはできません。中止すれば、『聖なる者』の選定自体を取りやめなければいけなくなります」

「だけど、」

「それは――彼女の意志とも反します」

「……」


 ディオンのその言葉には、クロエも同意せざるを得なかった。

 脳裏に、マリアンセイユの生き生きした笑顔が思い浮かぶ。

 真の魔導士になりたい、本気で『聖なる者』を目指していると言っていた。


 一方ディオンも、学院長室で会ったときのマリアンセイユの姿を思い出していた。

 一貫して訴えていたのは、『聖なる者』になるために学院に来た、ということ。ディオンのことは二の次三の次というその態度が、憎らしくもあったのだが。

 熱意だけは、ひしひしと伝わってきた。

 現在の生きがいと言ってもいいその目的を失ってしまったら、彼女はどう思うだろうか。


 ディオンは既に、婚約者であるマリアンセイユを差し置いてミーアを愛してしまうという裏切りを犯している。

 それならせめて、この『聖なる者』に関してだけは、真摯に対応しようと。彼女の望み――彼女の挑戦を見届け、あくまで公平に選定をしようと。

 この点に関してだけは彼女に誠実でいようと、ディオンは決めていたのだった。


「とにかく、魔物の痕跡があるのですからまずは調査が先です。クロエ嬢、もうよろしいでしょうか。わたしにはわたしの役目があります」

「……じゃあ、私はもう一度森に戻るわ。空から探します」

「いけません。それはこちらの仕事です」

「でも……!」

「あなたはもうクリア申請をしましたよね? 再度森に入ることは認められません。例外は、ありません」



   * * *



「えっ」


 糸から聞こえてきた言葉に、ミーアは思わず声を上げた。

 確かシャルルが

「銀の鍵でクリア申請をしたあと、『金の箱』を探すために探索延長すればいい」

と言っていたはずなのに、と。

 ディオンの今の口ぶりだと、クリア申請すると二度と森には入れない。『金の箱』を探すことはできなくなる。


 アンディが何か言いたげにシャルルの方を見たが、シャルルは悪びれるでもなく

「何だよ、出まかせじゃねぇぞ?」

と少し慌てたように他の三人を見回した。


「事前の話し合いではそういう可能性も考えられる、という話が出ていた。何か不測の事態があって、急遽そういうことに決まったんだろう」


 魔物の痕跡とか言っていたからそれだろうな、と言いながら、シャルルは鼻を鳴らした。俺は悪くないぞ、とでも言わんばかりに。


「いずれにしても、このままクリアするかタイムを捨てて『金の箱』を探しに行くか決めないといけませんね」


 すでに銀の鍵を三つ揃えているアンディが、同じく鍵を揃え終えているミーアに視線を投げかける。


「俺はどうせまだ揃ってないし、このまま戻るが。ミーアはどうする?」


 『金の箱』を狙うためミーアに『銀の箱』を譲ったベンが口を挟んだ。

 アンディとベンは、ミーアはこのままクリア申請をすればいいのに、と内心思っていた。しかしミーアは


「それより……マリアンセイユ様の身に、何かあったんじゃないでしょうか?」


と二人の思いとは全く見当違いのことを言い始める。

 ディオンとクロエのやり取りの一部始終をしっかりと聞いていたミーアは、かなり不安げな顔をしていた。


 それは純粋にマリアンセイユの身を案じているのか、それともどこか彼女との繋がりを感じさせるディオンの言葉が気になっているのか。

 漠然とミーアの気持ちに気づいているシャルルにも、分かりようがなかった。


「ディオン様にお話を聞いてみませんか?」

「だけど、クリア申請したら終わりだぞ」

「クリア申請はせずに、ディオン様にお話だけ伺うことはできないでしょうか?」


 鍵は隠していれば分かりませんよね、とミーアが三人に提案する。

 シールドが解除される前に、いったん四人はその場を離れた。

 そして、クロエがディオンから悔しそうな顔をしながら離れたのを見計らい、四人はまるで一度休憩しに外に出てきたふりをして、ディオンに近づいた。


「よっ、兄上」

「何ですか? シャルル」

「こんなところで何をしてるのかと思ってさ」

「特に、何も。……後ろの三人は? クリア申請ですか?」


 シャルルの言葉を軽く流し、ディオンがその後ろにいたベン、ミーア、アンディに視線を向ける。


「いえっ!」

「ただ、一度出てきただけです」

「……そういうことです」


 真っ先に否定したベンに続きクリアする気が無いことを意思表示したミーアに合わせ、アンディも不承不承同意する。

 アンディはミーアのことを諦めていたし、彼らにこれ以上付き合う必要性も感じてはいなかった。

 しかし確かにこの『野外探索』で何らかの事件が起こっているし、そんな中ミーアを放っておくことはできなかったのだ。


「あと2時間で今日の探索は終了となります。希望者は夜間も森にいてよいと言っていましたが、その話は無くなりました。また中に入るのは構いませんが、必ず5時になったら探索を終え、森の外へ出るようにしてください」

「わかりました」


 ミーアが静かに会釈する。それに続き、アンディとベンも頭を下げる。

 ミーアはすがるような視線をディオンに向けた。そんなミーアに、ディオンも視線を寄越した。

 黙って2秒ほどだけ見つめ合ったあと、二人は何も言わずに同時に背中を向けた。


 その2秒にどんな意味があるかを考えたシャルルは、気分がひどく暗くもたれていくのを感じた。

 そして自分のことで精一杯だったベンも、初めてディオンに男としての影を感じ取ったのだった。


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