第11幕 収監令嬢は舞台に立ち続けたい

第1話 ついに最終試験ね

 太陽が東の空のまだそう高くはない位置にある、午前9時。

 ついに、『野外探索』が始まった。

 開始の合図とともに、近衛部隊、聖女騎士団への入隊を希望する下流貴族の子息たちが「行くぞ!」「早い者勝ちだ!」と声を上げながら一斉に森へと入っていく中、私とクロエはのんびりとしたものだった。


 空気が綺麗ねー、とか何とか言いながらしばらく歩き、ふと右へと逸れて人目につかない、樹が密集している木陰に移動する。

 私達の様子を窺っていたらしいクリスがほどなく現れ、三人で地図を広げて作戦会議が始まった。

 

「私は『銀の箱』狙いでさっさと終わらせるけど、マリアンはどうするの?」

「『銀の箱』は押さえるけど、『金の箱』も狙うわ。クリスは?」

「僕は土属性しか使えないから、できることなら『金の箱』を獲りたいな……」


 三人とも魔導士のローブ代わりのボルドー色の制服の上に黒いローブを一枚羽織っている。背中にはグレーのリュックサック。黒いローブとグレーのリュックサックも学院からの支給品。森の中を一日中探索するので飲み水やお弁当などの食料の他、ナイフやロープなど探索に役立ちそうなものが一通り入っている。


「ふうん……となると、森の入口から探すのは面倒ね。飛びましょ」

「えっ?」


 クロエは制服の内ポケットに手を突っ込むと、白い布を取り出した。広げてみると二畳ほどあり、思ったより大きい。手触りといい、風呂敷みたいだけど。


「何これ? 魔法の布?」

「いえ、ただの布よ。探索に魔道具を使うのは禁止されてるじゃない」

「……そうだったわね」


 とは言いつつ、私は記録水晶を持ってるんだけど。

 前にこれを私にくれたドライに言われたのよ。

「必ず記録水晶を持っていき、念のため行動を記録しておいてください」

って。

 今日は近衛武官も付いていけないから、と。


 まぁ、森の探索や宝箱を探すのには何の役にも立たないし、いいわよね。

 それに炎魔法を使うための魔燈マチンや水を飲むための魔法瓶マジックジャーなんかはOKで、初期装備に入ってるんだし。


「ただ、魔法は使うわよ。これで空を飛ぶから」

「え、ええっ!?」

「さあ、この上に座って」


 よく分からないけど、促されるまま布の上に座る。クロエ、私、少し離れてクリスの順番。このままだと、単にピクニックしている人みたいになってるけど。


「乗ったわね。行くわよ」

「行くって……わあ!」


 クロエが風魔法の呪文を唱えると、私達三人を乗せた白い大風呂敷がふわりと浮かび上がった。五メートルぐらいの高さ……森の手前、比較的背の低い木々が並んでいる辺りは飛び越えられそうな高さ。


「クロエ、すごい!」

「風は見えないし形がない……だけど、扱い方によってはとんでもない力を発揮するの。意外に便利よ」


 はわー、と思わず大きな口を開けながら下を見下ろす。

 ロワーネの森は、手前の樹々は三メートルほど。しかし奥へ行くに従ってどんどん高く多くなり、暗くなっていく。

 『銀の箱』も『金の箱』も分かりやすいところにあるはずがないので、最初から森の奥に入って調べよう、というのだ。



 森の樹々が大風呂敷では飛び越せないぐらいの高さになってきたところで、クロエは下降させて森の中に降り立った。手分けして箱探しを始める。

 クロエの狙いは確かだったようで、この辺りまで来ると比較的すぐに『銀の箱』は見つかった。クロエはさっさと終わらせて帰りたかったようなので、『風』か『水』ならクロエ、『土』ならクリス、『炎』なら私、というように担当を決めて解錠していった。


 そうしてお昼休憩を挟み、太陽がやや西に傾き始めた頃に、クロエは『銀の箱』を3つ集め終わった。私が2つで、クリスが1つ。


「思ったより簡単だったわね」


 箱の中身は、金属でできた5㎝ほどの長さの鍵だった。一つ一つに『N3』のようにアルファベットと数字が刻印されている。これでどの宝箱を開けたか確認するんだろう。


 紐に通した3個の銀の鍵を眺めたクロエが、満足そうに頷きながらそれらを指で弾いた。チン、という軽やかな音がする。

 クロエが持っている3つの銀の鍵の取っ手部分は、2つが緑、1つが青で縁取りされていた。緑は『風の銀の鍵』、青は『水の銀の鍵』の証だ。『炎』なら赤、『土』なら黄色になっている。


「クロエのおかげでだいぶんショートカットできたもの。普通だったらこうはいかないわ」

「宝箱探しはクリアタイムも重要なの。だから私は一度外に出て、さっさと課題をクリアすることにするわ」

「なるほど、わかったわ」

「だけど、二人はどうするの? 『金の箱』を狙うならタイムは関係ないわ。一緒に外に出て、別のエリアに入り直す、という手もあるけど」

「そうね……」


 クロエの言葉に、思わず考え込んでしまう。

 一日目の探索終了まで、まだ3時間はあるのよね。森の奥まであと少しだし、きっと『金の箱』か『銀の箱』がある。

 これまでのペースなら『銀の箱』3つは今日中にクリアできるわ。保険として押さえておきたいところよね。


「うーん……」

「僕は……残りたいな。まだ1つしかないし、ギリギリまで探したい」


 そう言うと、クリスはすがるような目で私を見た。


「マリアンセイユは? できたら……一緒に探してほしい、けど」

「……そうね」


 クリスは土魔法しか使えないけど、やっぱりそれなりの経験があるのか土との相性がいいのか、草むらの中とか樹々の上の探索は上手なのよね。宝箱を見つけるのが一番早かったの、クリスだったし。

 せっかくここまで来たのだから、このエリアをくまなく探しておいた方がいいわね。クロエの申し出は有難いけど、ここはクリスと二人でこの場に残ろう。


「私も、もう少し探すことにするわ。クロエ、ありがとう」

「そう。……マリアン、ちょっと」

「え?」


 クロエがちょいちょいと右手で手招きをするので、「なになに?」と近くに寄ってみる。

 クロエはグイッと私の腕を掴むとズルズルと私を引きずるように隅の方へ連れて行き、クリスからだいぶん距離を取った。くるりと背を向け、私の肩を抱いて私にも背を向けさせる。


「クロエ、何……」

「しっ! ……本当に、二人きりで大丈夫?」

「え、大丈夫よ。クリスとは仲いいのよ。別に気まずくは無いわ」

「……男の力は侮れないわよ」

「わかってるわ。だから探索も頼れるところがあるなって」

「そうじゃなくて。身の危険を感じたらすぐに逃げるのよ」

「え、だって、そういう試験よね、これ? しかも記録水晶だってあちこちにあるんでしょ? そうだ、確か『金の箱』の傍には試験官がいて、危険なようならストップが入るって言ってたわ」

「そうだけど、そうじゃなくて。これだけ深い森なんだもの。死角はあるわ」

「……クロエが何を心配しているのかわからないわ」


 まぁ、何が起こるか分からないのが森の中だとは思うけど。

 それに、いざとなればハティとスコルを呼べばいいし……自前の魔法はOKのはずだものね。

 うーん?

 

 私が首を捻っていると、クロエは左手でするりと首にかけていたペンダントを取り出した。プチン、とペンダントトップの留め金をとり、そっと私に握らせる。


「これ。お守り代わりに持っておきなさい。後で返してね」

「何これ?」


 つるんと丸い、直径1センチぐらいの綺麗な桃色の石。ミーアの杖についてる桃水晶かしら、とも思ったけど、透き通ってなくて中は見えない。


「風魔法で解除できるから、本当に困ったときに使いなさい。クリスには内緒よ」

「だからこれ……」

「マリアンにも内緒。本当に困ったら、よ」


 クロエは私の手の平から桃色の石をひょいっと摘まむと、私の制服の胸ポケットに入れた。ポン、とその上から叩き

「本当に大きいわね。張りも凄いわ」

とエロジジイのようなことを言う。


「ちょっと、クロエ!」

「クリアしたら私も戻って来るわ。心配だし。それまであんまり歩き回らないようにしなさいね!」


 離れた場所にいるクリスにそう声をかけると、クロエはファサッと布を広げ飛び乗った。

 あっという間に空に舞い上がり、見えなくなる。


 何だったんだろう、いったい……。

 クロエって私には親切だったけど、そんなに世話を焼くタイプではなかったはずなんだけどな。

 本当に困ったときって、何?


「――マリアンセイユ!」

 

 クロエの姿が見えなくなった途端、クリスが森の奥を見て大声で叫んだ。


「な、何?」

「あっち! 何か変な気配がするんだ。ひょっとしたら『金の箱』かも?」

「え? でも……」


 クロエがしばらく待ってろ的なことを言ってたけど、と躊躇していると、クリスは

「誰かに取られたら大変だ。僕、行って見て来るよ!」

と言って森の奥へと駆けだしてしまった。


「え、ちょっと……クリス!」


 変な気配というなら本物の魔物かもしれないじゃないの。

 放っておけず、私もつられて走り出す。


 クリスの背中をひたすら追っていると、いつの間にか道らしきものはなくなり、辺り一面鬱蒼とした背の高い樹々に囲まれていた。見上げると青い空は随分と狭い範囲でしか見えなくなっている。

 確か、ロワーネの森はそのままフォンティーヌの森に繋がるほど広く大きいため、『野外探索』での探索範囲はあらかじめ決められていたはず。


「ちょっと待って、クリス! ここ、範囲外じゃないかしら! 地図を確認しましょうよ!」


 大声で叫んだけれど、クリスは一向に振り返らない。やがて、その背中は見えなくなってしまった。


 困った、こんなところで遭難なんてことになったら一大事だわ。

 とにかく地図を出そうとリュックを下ろしかけると、


「マリアンセイユ、こっちだよ」


というクリスの声が聞こえた。


 顔を上げると、五メートルほど先の木の影からひょこっと顔を出している。

 ホッと息をついてその方向へ向かう。土の斜面を登り樹々を越えると、急に全く木が生えていない、楕円形にぽっかり空いた広めの空間に出た。


「ほら、あれ」


 クリスが指差した方を見ると、そのスペースの一番奥の木の根元に金色で塗られた箱が置いてある。


「あれが『金の箱』? ……随分あからさまね」

「いや、僕が見た時は土や草木で巧妙に隠してあったよ。土魔法が使われてたから、土の『金の箱』かもしれない」

「どうするの?」

「まず、僕が土の魔法陣で解錠を試みる。マリアンセイユは少し離れてて」


 もしこれが本当に『金の箱』なら、魔物のイミテーションが現れることになる。

 私は頷いて、三メートルほど後ろに下がった。

 ギュッと、死神メイスを両手で握る。口の中で詩を詠唱……すぐに呪文が発動できるように体内の魔精力を練った。


 クリスはふうーっと大きく息をつくと、金の箱の前に大きな魔法陣を描き始めた。

 だけど、何だか見たことのない文様だわ。土魔法の最高呪文、とかなのかしら?

 図形もとても複雑だし、この周囲の謎の文字は……。


『キュン、クォン、クォォォーン!』


 私の首の後ろに張り付いていたクォンが急に鳴きだした。ひょろりと肩へと移り、涙をポロポロ溢している。


「えっ、クォン!?」

「――“出でよ、地中の支配者『土のヴァンク』”! 女を狙え!」

「えっ!?」


 ドンッとクリスが地面に杖を突いた瞬間、魔法陣からモワッと土煙が上がった。ムッと鼻をつくようなかびた臭いは腐った泥を思わせる。

 しかしその瞬間、魔法陣を描いた本人のはずのクリスが、ひどく驚いた顔をした。


「な、なぜだ!?」


 大声で叫び、妙に慌てている。

 え、どういうこと? 一体何の魔法陣を描いたの?


『ゲヒャーッ! 久しぶりだぜぇ、こーんなキレイな下界はよぉ!』


 そんな喚き声と共に魔法陣の上に現れたのは、体長5メートルはあろうかという大きな土竜モグラ

 ……多分、土竜で合ってると思う。深い青の毛並みに黒が斑になってて、私が知っている土竜とはだいぶん違うけど。


 尖った鼻の下には大きく裂けた口。左右に巨大な牙が二本、外にはみ出している。

 体から生えた両腕は短いが、先は5本の鋭い爪。下半身に行くほど体は細くなっているものの、尻尾は両腕で抱え切れないぐらい太い。


 ちょっと待って。これ、まさか……!


『あーん? お前かぁ、オレサマを呼んだのはぁ!』


 その巨大な青い土竜が臭い息をまき散らしながら喚く。

 ギロリとその小さな目で睨まれたクリスが、ビクン、と肩を跳ね上げた。

 それを見た青土竜が『あーん?』と不機嫌そうな声を上げる。


『オメーみてぇのが、よくオレサマを呼び出せたなぁ。何でだぁ?』

「な……なぜ!? 本物!? ヴァンクの“地獄穴ヘルホール”が発動するんじゃ……!」


 クリスが杖を両手で握りしめながら、歯の根をガチガチ言わせている。


『ざーんねん、オメーはしっかーく! おととい来な!』


 青土竜は『ギャハハ!』と笑いながらぶぅん、とその巨大な尻尾を振り回した。余りのスピードにクリスは避けきれず、完全に胴体を捉えられて跳ね飛ばされた。

 叫び声を上げる間もなく人形のように吹き飛ばされたクリスが大木の一つに激突する。その衝撃でバキバキバキ……と太い幹が倒れて行った。


 樹と共に地面に打ち捨てられたクリスは、ピクリとも動かない。魔精力はわずかに感じる……だから死んではいないと思うけど、ベキ、バキッみたいな嫌な音が聞こえた。多分、全身の骨が折れているに違いない。


 間違いない。

 これは――本物の魔獣『ヴァンク』。

 古の八大魔獣の一体、土のヴァンクだわ!

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