第4話 こんなお披露目になるなんて

 熊手を両手でしっかりと握り、震える身体を縮こませながらもどうにか立ち上がる。鎧姿の集団の圧に押され、後ろめたさから視線を逸らす。

 青空にはためく大きな旗を見つめているうちに、眩暈がしてきた。天を仰いだまま、ぎゅっと目を閉じる。


 どうしよう、こんな形でフォンティーヌ家以外の人の前に姿を晒すことになってしまった。ガンディス子爵は勿論、父親のエリック・フォンティーヌ公爵だって許すはずがないわ。

 永久に、あの家に閉じ込められてしまうんだろうか。それとも、大公世子ディオンの婚約者という話も無くなって、修道院送りとかになるんじゃ?


 今後の自分を想像して、目の前が真っ暗になる。

 とは言っても、いつまでもこうしている訳にはいかない。とりあえず状況をよく見て、この場をどう誤魔化すか考えないと……。


 覚悟を決めて顎を引いて正面を向き目を開けてみたけど、圧に圧倒されるだけで全然名案なんて思い浮かんでこない。


 ああ、無理ぃ! オニーサマ、めっちゃ怖い顔してるし! 仁王立ちのままピクリとも動かないし!


 ああ、どうすれば……と熊手を持つ手がぷるぷるしてきたところで、銀色の鎧集団の横に見覚えのある姿を見つけた。

 ――アイーダ女史だった。今にも泣き出しそうな顔をして、少し開いた口元をわなわなと震わせている。


 その途端、自分のことしか考えていなかったことが恥ずかしくなった。

 胸の奥底から後悔の念が沸き上がってきて、ぐうっと喉元まで押し上げてくる。鼻の奥がツーンとなって、涙が込み上げてきた。


 どうしよう。私のせいで、アイーダ女史が叱られる。

 アイーダ女史は、私の教育を一手に引き受けていた。来たるべきその日のために、素晴らしい淑女になるようにと一生懸命いろいろと教えてくれた。

 なのに、全部台無しにしてしまった。

 アイーダ女史は、きっと責任を取らされてしまう。女史は、全く悪くないのに。


 そうよ、みっともない振る舞いをしては駄目。

 私は、マリアンセイユ・フォンティーヌ。リンドブロム大公家に最も近い血筋、上流貴族八家の筆頭、唯一の公爵位をもつフォンティーヌ家の令嬢。

 そして、大公世子ディオンの婚約者。未来の大公妃になるはずの人間。


 たとえ、身につけているのがドレスじゃなくてサロペットでも。手にしているのが扇じゃなくて熊手でも。

 貴族令嬢としての振る舞いを忘れては駄目よ。

 思い出して、あの地獄の特訓を!


 ぐうっと涙をこらえ、姿勢を正す。

 銀色の鎧集団の先頭、ガンディス子爵の顔をじっと見据えた。

 胸を反らし、顔をしっかりと上げ、膝を曲げずにつま先から地面につくように、ゆっくりと歩く。

 そうして皆さんの目の前に辿り着いたら、あくまで優雅に上品に、お兄様に頭を下げて。


「お兄様、お久しぶりです」

「……うむ」


 ガンディス子爵の眼光は鋭い。パルシアンで眠り続けているというマリアンセイユが急にギルマン領に現れたのだ。こんな形で騎士団の面々に披露することになるとは思わなかったはず。

 お兄様のためにも、ここはきちんとやりとげなくては。


 そう思い、背後に控える騎士団の人達にも、柔らかい笑みを浮かべながら視線を送る。

 騎士団の人達は、今だにぽかーんと口を開けて私を見つめていた。

 それもそうね。マリアンセイユはパルシアンでずっと眠ったままだと聞かされていたはずだから。


「驚かせてしまい、誠に申し訳ありません」

「いや、それよりあの狼は……」

「わたくしと共にいた灰色の二匹の狼は、魔物でも魔獣でもありません。フォンティーヌの森の護り神です」

「護り神、だと?」

「はい。、このギルマン領アルキス山のふもとに危険が迫っていると教えてくれたのです」

「……!」


 どよめく騎士団の面々。一方、私の言い回しに何かを感じたらしい、ガンディス子爵の右の眉がピクリと上がった。  

 大丈夫よ。お兄様が、いえ『フォンティーヌ家』がついていた嘘を、バラしたりはしないわ。 


「目覚めたわたくしは、彼らに連れられてこの地に参りました。とにかく無我夢中でなりふり構わずでしたが……そのためにこんな格好で皆様の前に姿を現すことになってしまい、大変申し訳ありません」

「このギルマンの危機に、永い眠りから醒めた――と」

「はい」


 私は再び、ゆっくりと頭を下げた。


「フォンティーヌ家の名に似つかわしくない勝手な振る舞いをしてしまったこと、心よりお詫び申し上げます。しかしそれは、わたくしに付き従ってくれている者たちには何の落ち度もないこと。お咎めは、わたくし一人に」


 両手を組んでゆっくりと腰をかがめ、最敬礼をする。


「どうか……」


 視界の端で、アイーダ女史がハラハラしている様子なのは伝わってきた。私の視界は涙で滲んでいて、ちゃんと表情までは見えない。

 ホロリと、下まつ毛のギリギリのところで止まっていた雫が頬を伝わった。


 涙は余計だった。泣き落としをしたい訳じゃないのよ。

 だけど申し訳なさとか不甲斐なさとか、この場をどうにかしなきゃいけないっていう緊張感で正直テンパっていて、どうしても抑えられなかった。

 大丈夫? 私、公爵令嬢らしい振る舞いができてる?



「――まさしく『蘇りの聖女』、だな」


 頭上から降ってきた野太い声。ガンディス子爵のものだった。


「蘇りの……聖女?」

「ああ」


 思わず顔を上げる。ガンディス子爵は私と目が合うと、ニヤリと笑った。

 どうやら怒ってはいないらしい。……けれど。


お前は知るまい。大公殿下の夢見を」

「夢見……」


 いえ、ずっと起きてたけど知らないわよ。何それ?


 意味がわからず戸惑っていると、アイーダ女史がやや慌てたようにガンディス子爵を見ているのが目に入った。

 え、それ言っちゃうんですか?みたいな顔。

 ちょっと待って、女史は知っていたことなの? 知ってて、黙ってたの?


「“遠くない未来、魔王が目覚める。しかしわれら人間の元には若き聖なる者が舞い降りるだろう”」

「え……」

「いつどこに、誰が、などは分かっておらぬ。しかし、わがフォンティーヌ公爵家は、自信を持って言える」

「あの……」

「マリアンセイユこそが、『リンドブロムの聖女』だと!」


 ガンディス子爵が右腕を高々と上げ、勝ち誇ったように叫ぶ。

 そしてくるりと振り返り、騎士団の面々を見渡した。


「お前たちも、見たな!」

「「「はい!」」」

「「「間違いありません!」」」

「「「マリアンセイユ様こそ、予言の『蘇りの聖女』です!」」」


 え、騎士団の皆さん、急にどうしました?

 何、この『マリアンセイユ応援団』みたいな雰囲気。

 そしてオニーサマ、どういう方向に話を持っていこうとしているの!?


「魔物討伐は騎士団の小部隊でもなかなか成し遂げられない偉業!」

「それを、たった一人でやり遂げられるとは!」

「ましてやフォンティーヌの護り神の化身である尊き狼を従えて!」

「聖女でなければ考えられません!」

「さすがはフォンティーヌ公爵令嬢、さすがは未来の大公妃だ!」

「何とお美しく、気高き魂! やっぱり、尊き血筋だ!」

「『蘇りの聖女』、万歳!」


 バンザーイ、バンザーイ!という戦の勝鬨みたいな声があちこちで上がる。

 そのあとはワーワーと物凄い歓声になって、次々と雄叫びみたいなものが飛び交っていた。

 旗を持っていた騎士が、興奮したようにブンブン振り回している。


 な、何が起こったの? どういうこと?

 

 よく分からなくて、騎士団の皆さんとアイーダ女史、続けてガンディス子爵を見つめる。


 アイーダ女史はこの展開が相当予想外だったようで、かなり慌てふためいていた。私と目が合うと眉間に皺を寄せて目を閉じ、ふるふると首を横に振る。

 多分、これ以上余計なことは言うな、というサインだと思う。この展開はアイーダ女史の望むところではなさそうだけど、女史の立場ではガンディス子爵の意向に逆らうことなんてできない。今はこの流れに乗るしかないのだ。


 そしてガンディス子爵はというと、ちらりと私の方に振り返ると右手を口元に当て“よくやった”と騎士たちに見えないように口パクで言葉を伝えてきた。


 よくやった、は何を指すのかしら。魔物討伐? それとも眠り続けていた、という嘘を真実にしたこと?

 ん? ん? あと、予言って何? この様子じゃ、リンドブロムの人間ならみんな知っていること、みたいよ?


 そして、『リンドブロムの聖女』というワード。私が前世で聞いたことがある、ゲームのタイトル。

 よく分からないうちにここまで来たけれど、いよいよ物語もクライマックスなのかしら?

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